第1186話 レンネット
「レンネットの作り方っスか?」
「あぁ、分かるか?」
疑問形で聞いてはいるが、あくまで確認のための問いかけ。
なぜならJKになり損ねた――言い方は悪いが中学生レベルの一般常識しかない――シュリが、チーズを固めるのに必要な子牛の胃液に含まれる『レンネット』などという専門用語を知っている筈が無い(偏見)。
しかし彼女は先ほど『レンネット』と口にしている。
この矛盾を解消しているのは、間違いなく『薬学大全』によるものだ。
つまり彼女の知識の中にレンネットの製法は存在し、その知識があるゆえに「レンネット」という単語が出てきたのだ。
「分かるというか、さっきエレっちも『子牛を潰す』って言ってたじゃ無いっすか」
「だから、それ以外だよ。知ってるんだろ?」
茶番はいいから、とっとと吐けや。
でないとロケットさんを揉むぞ? 揉みしだくぞ? 両の手でグニグニモミモミするぞ?
是非とも揉みしだきたいので、吐かずにそのまま黙っててください。
俺の願いが通じたのか、シュリは黙って考え込みだした。
いいぞいいぞ、そのまま考え続けて「分からないっス」と言うがいい。
その瞬間、ロケットさんは俺の手に落ちるのだ。
うーん、と眉間あたりに右手の人差し指と中指を押し付け唸るシュリ。
その仕草はまるで気を探っているかのよう。
まさかロケットさんを守ろうと、そのまま瞬間移動で逃げたりしないよな?
「うーん……それ以外だと、そうっスね……カビは発見するのが難しそうっスから、やっぱレモン汁かアザミっスかね」
「レモン汁? レモンでもチーズが出来るのか?」
「みたいっス」
みたいっス……って、いい加減すぎるだろ。
もうちょっとこう……具体例とかどんなチーズが出来るとか分からないのかね。
まぁシュリとしても『薬学大全』の検索結果を伝えているだけだしな。
レンネットの代用品を調べた結果、出てきた答えを機械的に言ってるだけで、そこに自分の判断とか現実性とかまでは加味していない。
膨大な情報からその情報をピックアップは出来ても、それをどう生かすかは俺次第って事か。
「レモン汁のチーズもどんな味になるのか分からんけど、アザミ? のチーズってどんなのだろうな」
「知るワケないっスよー。レンネットの代わりで出てきただけっスから」
まぁいいや。
とりあえずレモンかアザミを使えばチーズは出来る。
これだけでも十分な進展だろう。
「ということで、チーズの量産にはレモンかアザミが良いそうです」
「いや、アタシも一緒に聞いてたからね。ワザワザ言わなくても分かったよ」
いやいや、それだと俺からの恩にならないじゃん。
エレさんの悩みを俺が解決して、エレさんの好感度を上げる。
そうやって好感度を積み重ねていけば、いつの日か「キャー素敵抱いて!」な展開が来るはずだ。
……来るよね?
なんか俺よりシュリの方が、エレさんの好感度を上げたような気がするけど、そんなワケないよね?
エレさんが、ジト目というか呆れた感じで見てるんだけど、大丈夫だよね? 大丈夫になれ。
「まぁレモンやアザミね。あとでタナオンに伝えておくよ。ケチャップと一緒にチーズも売れれば大儲けになるだろうしな」
飛空艇を所有し、王都でも有数の商会であるフベルトゥス商会。
そんな大商会ともなれば、チーズの一つや二つ、普通に扱っている。
ケチャップと合わせてチーズを量産し、それ等を使ったピザを大々的に売り出せば、商会は更なる飛躍を遂げるだろう。
その立役者となったエレさんの株もウナギ登りとなり、後継者としての地位も盤石になるワケか。
まぁエレさんとしては、後継者云々までは考えてないっぽいけど。
単に儲かりそうな商売を見つけるのが楽しいのかもしれん。
何かと何かを組み合わせ、売れるモノを生み出す。
それがトレンドとなったら、そりゃさぞかし面白いだろう。
一大ブームの火付け役とか、なんかカッコ良さそうだ。
ある意味、飛空艇では絶対に辿り着けない境地だな。
まぁ俺は商売よりも、飛空艇に乗ってあちこち旅する方が好きだが。
あくせく稼ごうとするのは、向こうの世界だけで十分だよ。
「アンタ達、口ばっかり動かしてないで、手も動かしな。みんな待ってるよ」
「「「あ、ハイ」」っス」
おっと、そうだった。
未だピザ窯はフル回転中だったんだ。
レンネット談議に花を咲かせてたら、ピザ作りを仕切ってるご婦人に叱られてしまったぜ。
シャーロットも「サボって無いで働け」って言ってそうな目で見ている。
サッサと作業を再開しよう。




