第1182話 くぎゅー
アレク君が勇者の素質を持つ故に奴隷となったのだが、その根拠がシャーロットの勘によるものだった。
一応、『勇者は二つの性を持つ者に現れる』なんて予言もあるようだが、それだって元々は彼女からの発信だ。
ご両親からすれば、どこまで信用していいのか、全く分からないだろう。
それでもアレク君が、シャーロットの事を全面的に信用しているのを見て覚悟を決めたらしく、最後は「息子をよろしくお願いします」と言ってくれた。
ふぅ、これでどうにか「娘さんをください」イベントは終了かな?
大事な一人息子を奴隷に落としてしまった以上、いつかは挨拶と説明とお詫びに来なければならないと思っていただけに、ようやく肩の荷を下ろせたようだ。
まぁ挨拶はともかく、説明とお詫びはシャーロットに丸投げしてたけどな。
それでもご主人様という罪悪感の重しは、俺の肩には重すぎるんだよ。
「きゅー」
肩の荷が下りた解放感からか、俺のお腹の虫が鳴いてしまう。
会話が途切れたタイミングだったせいか、やたらとはっきり聞こえてしまい、尚の事恥ずかしい。
あまりの気恥ずかしさに、思わず駆け出し森の中に逃げ出したくなる。
「ぐー」
毛皮から腰を浮かしかけた俺を止めたのは、隣から聞こえた腹の虫の音だった。
しかしその腹の虫の主は、気恥ずかしさで居たたまれなくなるなんて殊勝な精神回路をしていない。
平然とした様子で「そろそろ昼時か……」などとつぶやくと、あろう事かアレク君に昼飯を作るよう指示しやがったのだ。
説得を終え一定の理解を得られたとはいえ、最愛の息子が奴隷にされているのだ。
きっと混乱し傷心しているであろうご両親の目の前で、それこそ奴隷か小間使いの様に指示を出すとはまさに鬼畜、いや魔王の所業。
アレク君よ……今は奴隷の首輪も着いていないんだし、こんな奴の言う事なんか聞く必要無いんだぞ?
ところがアレク君は俺の思いとは裏腹に、嬉々としてキッチンに立つとテキパキとモグ肉の下拵えを始めてしまう。
くっ、これでは折角回復したはずのご両親の俺達への好感度が、ジェットコースターのように一気に下がってしまう。
キッチンに立つアレク君を見て、今のところご両親に目立つ変化は見られないが、内心までは分からない。
特に狩人であるアランさんは、敷かれている巨大な毛皮の持ち主をも仕留めたほどの実力者なのだ。
眼光鋭くこちらを見ている彼がブチ切れでもしたら、俺が毛皮の代わりに敷かれてしまうかもしれん。
もしくは鉄郎ママのように、ハンティングトロフィーとして壁に飾られてしまうか。
どちらの未来もノーサンキューなので、何とかアランさんの怒りを回避しないと。
とりあえずアレク君の手伝いをして、彼にだけ負担を強いてる訳では無いですよーアピールでもしておくか。
そう考え立ち上がろうとしたのに、どうにも立つことが出来ない。
まさか、ここはどっしりと構えてご主人様アピールをしよう……なんて思いが、立ち上がるのを阻んているのか?
否、俺の肩を隣に座っている奴が抑えているからだ。
しかもその目は「黙って見ていろ」と言わんばかりに俺を睨みつけている。
コイツ、まさか俺が敷物かハンティングトロフィーになる事を期待してやがるのか?
違った。
俺がどうにか立ち上がろうとするよりも早く、アルマさんが立ち上がりアレク君の手伝いを買って出たのだ。
チラリと見えた彼女の横顔は、久しぶりに息子と一緒のキッチンに立てる喜びにあふれていた。
そうか……アレク君にとって、この村での料理の先生はキャスカさんらしいが、一番初めに教わったのは母であるアルマさんからだろう。
それに料理の練習をするのに、自身の家のキッチンでもやっていただろうし、その際にはアルマさんも教えていたはずだ。
つまり、これも家族の団欒の一つなのだ。
ならば部外者の俺が邪魔してはいけないよな。
そう納得し、俺は料理が出来上がるのを待つ……アランさんの睨みつける眼光に、終始怯えながら。
アレク君、なるはやでお願いします!




