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第1179話 (元)魔王、赤子をさらう

「この湯剥きってのが良く分からないんだよ」

「あぁ、これはですね。トマトの皮を剥くのに、お湯につけると剥きやすいんですよ」

「おーい」

「なるほどねぇ。面倒だから皮は潰した後、ザルで漉してたよ。そっちの方が口当たりが滑らかになるしね」

「あ、ザルで漉すのもいいですね。ボクも今度やってみます」

「おーーい」

「後はレシピにあった香辛料関係だね。コレとコレ、あとコイツは村じゃ手に入りにくいから、別のをつかったよ」

「あ、そうでした。すみません」

「おーーーい」

「なに、その辺は村の味ってヤツになるからね。いいってことよ」

「はい、ボクももっと美味しくなるように頑張ります」

おー() ーー() ーー(Em) ーい(Am)

「あー、そろそろ反応してやった方がいいんじゃないか?」

「え? あれ? ショータさん!? いつの間に?!」


 いや、割と前から居たよ?

 しかも、結構アピールしてたからね?

 あまりに気付かれないんで、最後の方はコードを付けて呼んでみたりもしてたし。


 十代から二十代の誰もが一度は通るであろうバンド活動。

 その例に漏れず、俺もちょろっとだけやっていた時期があった。

 町の楽器店に行ってアンプや楽譜を買い、コードというモノを覚えたっけ。


 ま、結局そのアンプとキーボードは実家のタンスの上の方で、埃をかぶったままだけど。

 だが、そのおかげで主任さんに気付いてもらえたのだから、あの時の数万円は無駄ではなかったようだ。

 ありがとう、昔の俺。

 でも、あの金をとっとけば、引っ越しの時にもっといい家具とか買えたぞ、俺。


「すみません、気付かなくて。あ、それで、お話の方は終わったのですか?」

「あぁ、俺の方はな。ただ、色々と詰める話もあるみたいなんで、もう少しかかりそうだ」


 金の話だと、俺は完全に部外者だしな。

 卸値関係はエレさんとキャスカさんでやり合って欲しい。


「そうですか。なら、もう少し居られますね」

「あー、それなんだけどな。ちょっと頼みたいことがあるんだ」

「頼みたい事……ですか? お昼のメニューならモグモルのトマト煮を考えてますけど」


 モグモルか……アレも食わないと勿体ないよな。

 ケチャップが手に入ったからナポリタンと安直に考えてたけど、そっちも美味そうだな……って、昼飯の相談に来たわけじゃ無いんだった。

 昼食も大事だけど、それよりももっと大切で大事なイベントを済ませなくては。

 アレク君に首に締められたタオル地のネクタイを見て、今一度決意を固める。


 ただ俺とアレク君だけだと、このイベントを熟すには少々心もとない。

 俺もアレク君もシャーロットからは大雑把な説明を受けただけなので、込み入った質問とかをされても答えられないからな。


 出来ればちゃんと説明できる人間を連れていきたい。

 あわよくば、その人物に矢面に立ってもらいたい。

 そんな期待を込め、シャーロットの姿を探してみるが、どこにもその姿が無い。


「そういやシャーロットはドコ行ったんだ?」

「師匠でしたら、赤ん坊をあやすと言って外へ行きましたよ」

「外か……」


 工房内でシャーロットの姿が無かったのは、「工房内に赤ん坊を入れては、他の者達の気が散ってしまうだろう」と言ってキャスカさんのお子さんの面倒を買って出ていたからだ。

 だが、俺は知っている。

 奴が赤ん坊に障りたくて触りたくて仕方なかった事を。


 赤ん坊ならマデリーネさんが生んだ双子がいるけど、アレはマジで生まれたてで首が座ってないどころか、目も開いていない状態だったからな。

 あやすどころか、触れることすら碌にできなかったのだ。


 それでも一度だけ双子の姉の方が、シャーロットが差し出した指をギュッと握りしめたことがあった。

 その時の彼女の顔と言ったらもう……「あ、堕ちたな」って分かるレベルのとろけ具合だったな。

 多分、アレをもう一度味わいたくて、赤ん坊の面倒を見ると言い出したのだろう。


 しかし、赤ん坊というのは本当に気まぐれでワガママで、すぐに泣く。

 泣くのが赤ん坊の仕事なんだから仕方ないが、本当によく泣く。

 ハッキリ言って、赤ん坊があの時ぎゅっと彼女の指を握ったのは、まさしく奇跡といえる出来事だったのだ。

 つまりはギャン泣きだった。


 キャスカさんは生まれたばかりの赤ん坊がいる身でありながらケチャップ工房を立ち上げた。

 その際、赤ん坊のクルト君の面倒は、周りのご婦人方も協力して見ていたらしい。

 なので人見知りしない赤ん坊となっていたのだが、それはあくまでのご婦人方があやし手だったから。


 ご婦人方は誰もが子育て経験豊富な方達であり、当然赤ん坊の抱き方一つとっても安定している。

 翻ってシャーロットといえば、魔王としての経験は豊富でも、母としての経験値はゼロ。

 赤ん坊を抱くにも、おっかなびっくりに抱いていたらしい。


 そんな相手に抱かれれば、誰だって不安になる。

 本能的に身の危険を感じた赤ん坊は、ビービー泣きわめいたそうだ。

 見かねた周りのご婦人方が、代わろうと言い出したくなるほどに泣いていたらしい。


 ところがシャーロットは何を思ったのか、ご婦人方に赤ん坊を預けるどころか、そのまま何処かへ行ってしまったのだ。

 幸い、ご婦人方の一人が一緒に付いて行ってくれたようだが、それが無ければ単なる誘拐犯である。


 確かに魔王といえば姫をさらったりするものだが、赤ん坊も守備範囲とは恐れ入る。

 きっと明日の三面記事には、「(元)魔王、赤子をさらう」とデカデカと掲載されることだろう。

 新聞無いけどな。

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