火曜日(2)
友人から目を逸らした恭香は、それから思い出し、鞄の中から漫画本を取りだして軽くパラパラとめくった。ざっと汚れがないことを確認してから、美晴に差し出す。
「はい、借りてた漫画返すね。ありがとう。結構面白かった」
サンドイッチとチョコエクレアを食べ終えた美晴は、恭香の感想を聞いて嬉しそうに笑った。
「でしょう? 主人公を取り合う男の子が、二人ともかっこいいのよね。タイプが真逆なんだけど」
ワンレンボディコン、ディスコに入り浸っていますみたいな外見をして、美晴は少女漫画愛好家である。しかも胸キュンものの、王道なやつ。竹を割ったような男前な性格のくせに、色恋に関してはピュアなのだ。今の彼氏とも、もう三年も付き合っている。
恭香は他人の趣味嗜好を否定するような人でなしではないが、率直な感想を述べる。
「でもどうして少女漫画の主人公って、地味でおバカでちょっと鈍くさいのに、男にもてるのかしらね? 私みたいな、成績優秀で人格者で美人で運動神経も良くてグラマラスで裕福で人気もあって才色兼備の目立つタイプって、大体敵役よね」
「……成績が良くてグラマラスで裕福っていう以外は同意しかねるけど、まあ、あんたが登場人物なら、間違いなくライバルキャラでしょうね。最初派手にモテまくったあげく、最後にヒロインに男をかっさらわれるタイプ。大体あんた、いじめるでしょう? ドジで鈍くさいくせにモテる女の子」
――いじめるかもしれない。
恭香は昨日の妨害工作を思い出し、反論を引っ込めた。なるほどいじめっ子の美女といえば、おとぎ話の昔から敵役と決まっている。
あのとき反町が管野を呼び出したというのは方便なので、体育準備室に顔を出した管野は、反町に追い返されたはずだ。ゆえに恭香の嘘にも、すぐに気がついたに違いない。しかし今日も管野は、恭香に何も言ってこなかった。嘘をついた理由を問い詰める気配もないし、工作の意図に気づいている様子もない。責められなかったので良かったのだが、それはそれで、恭香には何だか寂しかった。
「あ~あ。私のような、完璧に才能にも美貌にも恵まれた女の子に、勝ち目はないのかなあ」
大きく一つ伸びをしてから、ぼやく。
「だから、完璧だと思っているのは自分だけだから。いちおう突っ込んどくけど。いっそ尊敬するわ、あんたのそのセルフイメージの高さ」
美晴は呆れたように天を仰ぐと、サンドイッチとエクレアのパッケージを丸めてゴミ箱に投げた。結構距離があるのだが、何故か上手くインする。小さくガッツポーズを決める美晴に、こちらこそ呆れる。世の中は不公平だ。なんで私がヒロインではないのだ? 少なくともこの黒髪の親友よりは、がさつでないつもりなのに。
視界の隅に、焼きそばパンをかじりながら本を読む管野の姿を捉えた。恭香は、こっそり観察する。サッカーボールを手にした男子に声をかけられ、笑って手を横に振っている。昼食後のエクササイズに誘われて、断っているようだった。
美晴の人物評どおり、付き合いが悪いくせに、何故か同性に好かれている。そんなところも、たまらなく恭香のツボだった。氷室京介には、一ミリも似ていないけど。
原因不明の恋煩い。初恋の近所のお兄さんにだって、こんな気持ちになったことはない。少し、苦しい気がする。まともな食事を要求して鳴る胃腸をなだめながら、恭香はまた、柄にもなく深い溜息をついた。




