火曜日(3)
午後イチの五限目は、国語だった。しかも、現代文。現代文の授業は嫌いだ。数学や歴史みたいに、すっきりきっぱり答えが出ないからだ。『この表現を使った、作者の意図は何か。』なんていう問題に、教師が丸だのバツだのくれるのも気に入らない。おめえが書いたんじゃねえだろうと、恭香はいつも言いたくなるのだ。
いつものように、新しく買ったばかりの新色のマニキュアに意識を飛ばしかけていた恭香は、管野を指名した国語教師の声に、魂を呼び戻した。島崎藤村の詩を読めという。「まだ上げ初めし前髪の……」で始まる、あの甘ったるい初恋の詩だ。まったく好まぬジャンルだったが、どんな作品かくらいは、恭香とて知識として知っている。
恭香の席と、へのへのもへじ二人を挟んだ右側の席で、長身の管野が立ち上がって朗読を始めた。教科書の文字を追うのではなく、明らかに暗記しているようにすらすらと。
正直に白状して、恭香はうっとりした。惚れた欲目だけではなく、管野の優しい声のトーンに酔いしれる。元々の声質自体も柔らかいのだが、独特の素朴なイントネーションが混じって、聞くものに不思議な安心感を与えるのだ。甘酸っぱい初恋の詩は、清らかで美しかった。藤村がどこまで計算したのかは知らないが、音の並びもリズムも絶妙だった。今まで倦厭してきたが、こんなに素晴らしい作品だったのだと、恭香は今頃気づいた。
読み終わって席に着く管野を、女性の国語教師が褒めた。心がこもっていてすごく良かったと、軽く手を叩いて賞賛する。恭香も一緒に手を叩いた。むしろ、スタンディングオベーションしたいくらいだった。教室中の冷たい視線が刺さる。拍手をしているのは、恭香だけだった。それはそうだ。今は授業中だ。
褒められてもどこ吹く風の管野は、そんな恭香に小さく笑った。失笑かもしれないが、恭香はそれが嬉しかった。自分に向けた言葉でもないのに、管野の声が頭の中でリピートする。
――前にさしたる花櫛の、花ある君と思ひけり。




