月曜日(3)
その時、担任で生徒指導の反町が入ってきた。生徒に礼儀正しさを強要するくせに、もの凄い音を立ててドアを開け放って入ってくる。手には竹刀を持っている。漫画みたいで笑ってしまうが、体育教師で剣道部の顧問なので、部活に向かう途中なのだろう。
「磯野! また掃除サボってるのか、お前は!」
「またって何ですか、またって。ちゃんとやってますよ」
女子高生はお下げ髪という時代錯誤の価値観を持っている反町は、自分の好きなようにお洒落をしている恭香を目の敵にしている。この状況で恭香が掃除をサボっているというのなら、一緒に喋っていた美晴だってサボっていることになる。矛盾しているではないか。友達を売ることになるので、指摘はできないが。
反町は近くの壁を、竹刀でバシンと叩いた。教師にあるまじき行為だ。教育委員会に、チクってやろうか?
「磯野。校則は守れと、何度も言っているだろう? 茶髪にパーマ! スカート丈! ルーズソックス! 全部違反だろうが」
「これは、パーマじゃありません。貧ソバです」
「ビンソバ?」
「貧乏ソバージュです。 髪を洗った後三つ編みにして寝ると、ソバージュみたいになるんです。だから、校則違反じゃありません」
「……」
机を戻していた男子達が、笑う。反町はジロリとそれを睨み、なおも恭香に食ってかかる。
「とにかく、髪色とスカート丈は戻せ。ブラウスのボタンも、ちゃんと一番上まで留めろ」
「ボタン留めろって言われても、苦しいからムリです、先生。私Fカップあるから」
「だからだ。苦しくても、留めろ。変な気起こすやつがいたら、問題だぞ」
睨まれた男子のうち、お調子者の一人が戯けて笑う。
「先生、そんな奴いないから、大丈夫っす。いくら胸がでかくても、磯野は怖くてムリ」
こいつはクラス替えのとき恭香の胸をからかって、「不二子ちゃん」というあだ名をつけた男だ。もちろん、某泥棒アニメのセクシー泥棒の名前が由来だ。
教室に残っている全員が、どっと沸いた。こめかみに青筋を立てた反町が、おふざけ男子の頭を小突き、教室中に「掃除終わったら部活行くか、早く帰れ!」と恫喝する。そして部屋を出る際に、恭香に捨て台詞のように通告した。
「とにかく、今週中に直さないつもりなら、金曜日居残れ、磯野。根性たたき直してやる」
入って来たとき同様、もの凄い音を立ててドアを閉め、反町は去って行く。廊下も竹刀で叩いたようで、籠もった破裂音と、通りがかりの生徒の小さな悲鳴が聞こえた。全く、暴力教師を絵に描いたような男である。
「昭和かよ」
美晴がドアに向けて舌を出す。恭香はその横顔を睨んで、不満を述べた。
「まったく、なんで私ばっかりなのよ。パーマって言ったら、あんたこそストレートパーマかけてるじゃない」
「ごめんね~。黒髪ストレートは、昭和熱血教師の許容範囲なのよ」
美晴は笑って、シャンプーのCMのように長い髪をさらりと弾いた。幼馴染みの親友は、いざというときは盾になって庇ってくれるのだが、よほどの事がない限り助けてはくれない。恭香は不機嫌なまま、ハンカチで汚れた両手を拭く。
モップを片付けながら美晴は、「まあ、でも」と付け足した。
「反町は、気をつけた方が良いかもね。あいつ絶対、あんたに気があるよ」
ぞっとしない事を言う。好きな子に意地悪なんて、子供じゃあるまいしと笑えないところが怖い。そういえばあいつ独身だったっけと、余計な情報を思い出してしまった。恭香は三度溜息をつき、美晴の人物考察が外れてくれている事を祈った。




