㉗ スカラベ
ベルゼブブは、今、自分の目の前に現れた存在が、にわかには信じられなかった。
何故ならつい先程まで、一度もそいつから、そいつ本来のチカラを、その片鱗すら、微塵も感じられなかったからだ。
さては気配を完全に消していたのか。
それも、自分のみならず、仲間の神々の気配まで、同時に、全て、完全に隠していた……。
だからこそ、どいつもこいつも、ただのニンゲンにしか見えなかったのだ。
相変わらず優れたステルス能力だな。全てはこの瞬間のためだったのか?
彼は自分の顔に、苦笑いが浮かぶのを感じた。
今更ながら、そんな事を考えている蠅の王の目の前で、仲間たちから"鷹志"と呼ばれていた"ニンゲンだったモノ"が、一番頭部に近い一対の脚で、2本の剣を、左右の上段に振りかぶっていた。
それに対してベルゼブブは、反射的に、自らの一番上の一対の腕を、防御のために振り上げたが、同時にそれが無駄な抵抗だという事を悟っていた。
こいつのチカラが込められたオリハルコンの剣は、この世のどんなモノでも切り裂く。もう、間に合わない。
蠅の王は、ソイツに振り下ろされた2本の剣で、袈裟懸けに左右対称のXの形で、一対の脚ごと腹側を切り裂かれた。
そして、ほぼ同時に、残った4本の剣で、頭と胸の間、胸と腹の間にある関節部分を、左右から水平に、まるでスライスするように、切り離されてしまったのだ。
『流石だな、"スカラベ"……吾輩の……負けだ。』
それが蠅の王の、最期の言葉だった。
やがて、ベルゼブブは、自らの体内からあふれ出る、体液のエネルギー量が臨界点を超え、高温になり着火して、まるで"仮面ライダー"に出て来る"ショッカーの怪人"のように、その場で爆発、四散したのだった。
この世を去ったベルゼブブに、"スカラベ"と呼ばれたソレは、蠅の王が塵になって消えて行く一部始終を見届けると、やっと安心したかのように、元の緑色のワーゲンビートルと、その運転席に座る杉浦鷹志の姿に戻った。
赤色のワーゲンビートルが、フォーメーションを解き、そこに近寄って来た。その運転席から由理子が飛び出すと、緑色のクルマの助手席に飛び込んで来た。
「鷹志、大丈夫!?……って、きゃああ!」彼女は悲鳴を上げた。
鷹志が一糸まとわぬ姿……つまり素っ裸だったからだ。
そして彼自身は、すっかり疲れ切って、気を失っていたのだった……。




