㉖ 真打ち登場
「えっ!?」鷹志は我が耳を疑った。
しかし、この期に及んで、あのサン・ジェルマン伯爵が、冗談を言うはずも無かった。
しかも伯爵は、他の二人から剣を預かると、合計6本になった剣を、全て鷹志のビートルの助手席の窓から、彼に届けに来たのだ。
「鷹志君。あとの事は、キミに託しますよ。」
「えっ、ちょっ、伯爵!?」
鷹志はもう、パニックだった。
自分はごく普通のニンゲンだ。
腕は2本。剣は6本。これで一体、どうしろと言うのだ?
「今、キミに必要なのは、自分が何者なのかを、思い出す事だけなのです。」
「そんな事……急に言われても……自分にガネーシャの父親の属性が有るって事は、ついこの間知ったけど……?」
「もっともっと、以前の事ですよ。私のクルマとぶつかって、交通事故になった日の事をよく思い出すのです。あんな真昼間から、公衆の面前であんな事になるなんて……周りの人々の記憶の消すの、大変だったんですよ?」
伯爵は、言いたい事だけを彼に伝えると、離れて行ってしまった。
「伯爵のクルマと、ぶつかった時の事……?あの時ボクは、考え事をしていたのか、何だか意識がボンヤリしていて……それで……どうしてたんだっけ?」
鷹志は、すっかり途方に暮れてしまった。
『何をそこで、ゴチャゴチャやっているのだ?貴様が、最後の戦士だと言うのなら、今すぐ、決着を着けてやるぞ?これ以上、決着を先延ばしにしても、無意味な事だからな。』
ベルゼブブはそう言うと、鷹志の緑色のワーゲンビートルの前に、立ちはだかった。そして、6本の脚でクルマを掴むと、直ちにそれを、潰し始めたのだ。
「わああっ、やめろ!やめてくれえええっ!」
鷹志は、恐怖でパニックになり、泣き叫ぶ。
何だコレは?悪い夢なのか?伯爵は一体、何を考えているんだ?
どうして雪子さんも、それにジャンヌさんまで……助けに来ないんだ?
ボクが、こんなバケモノに、たった一人で、敵う訳が無いじゃないか!
彼の精神は限界を超えて、すっかり追い込まれてしまった。
すると次の瞬間、とんでもない事が起こった。
鷹志は、自分の額の中央に眼が開き、次いで自分のカラダが、光の粒子になるのを感じた。そして、今自分が乗っている、緑色のフォルクス・ワーゲン・ビートルと、融合するような感覚を覚えたのだ。
ふと気がつくと、彼は、自分が本当にビートルと一体化したのを感じた。
彼はおもむろに、空中に立ち上がった。
すると、ビートルの腹側から、4つのタイヤが姿を消し、その代わりに、6本の鋭いカギ爪のついた脚が、ニョキニョキと生えて来たのだ。
そして彼は、その6本の脚に、それぞれ6本のオリハルコンの剣を握った。
先程まで、かつてポルシェ博士が考案した、その傑作カーボディだったモノは、いつの間にか、すっかりリアルで巨大な、ターコイズブルーの甲虫の姿に、変化していたのだった。
今や彼は、言いようのない、多幸感と万能感を感じていた。
そして、どこか懐かしいような充実感。
そうだ。これこそが、本来の自分の有るべき姿だ。
今や彼は、そう確信していた。
そして、とても大事な記憶を、とうとう思い出したのだ!
(そうだ、ボクの本当の名は……!)




