⑲ 二人で撤退
そこで初めて、後方に控えていた成雪……の姿のセト神が、動きを見せた。
何と彼は、その場で両腕を高く上げたのだ。
『何だ、ニンゲン?それは降参の意思表示なのかな?』
訝しげに尋ねる、ベルゼブブ。
「うん、或る意味、その通りかな。」
ニコニコ笑いながらも、成雪は否定しなかった。
すると見る見るうちに、原子レベルまで粉々にされてたカグヤだった粒子が、彼の目の前に集まり出し、やがてすっかり、カグヤの原型を取り戻してしまったのだ!
ただ彼女はぐったりとして、意識は戻らないようだった。そのカグヤの裸身を、すかさず成雪が小脇に抱えた。
『貴様、ニンゲンのクセに、面白い手品を使うのだな?』
ベルゼブブは、感心したようだった。
「ボクが、ただのニンゲンにしか見えないのだとしたら、キミの目も、随分と曇ってしまったんだねえ?どうやら、火星での長い封印生活のせいで、色々と不具合が出ているようだ。」
ニヤリと笑う成雪。そして……「あ~あ。今ここに、スカラベ君が居ないのが、とても残念だよ。」と言ったのだ。
『何!?』
初めてベルゼブブの顔に、焦りの色が浮かんだ……ような気がした。
「何しろ彼は、キミの唯一の、天敵なのだからねえ。あの頃は楽しかったよねえ。やれやれ……こんな大変な時に、一体全体、彼はどこに居るのやら?いや、案外近くに居たりしてね?」
『貴様……何者だ?』
「やだなあ……セト神だよ。忘れちゃったのかい?例え姿が違っても、気配で分かりそうなものだけどねえ?そんな事も分からないとは、実に残念だよ。」
『何……だと?』
「まあ、とにかく、僕も慣れないチカラの使い方をして疲れたし、彼女もこの通りグロッキーだから、今日のところは潔く、撤退させてもらうよ?」
成雪はそう言うと、来た時と同様に、一瞬で姿を消してしまった。それは鮮やかな去り際だった。
『……セト神だと?』
後には、辺りに漂う宇宙船の残骸の中に、ただ途方に暮れたように見えるベルゼブブと、その部下たちが残されるのみだった。
亜空間レストランに戻って来た成雪は、カグヤを抱いたまま、もう一歩も動けなかった。
「すいません、僕はもう……すっかり疲れてしまって。伯爵、カグヤの事をお願い……します。」
彼はやっとの事でそれだけ言うと、床に倒れこんで、気を失ってしまった。
暫くたって回復した彼は、皆に、ベルゼブブのフィジカル的な強さについて語った。
「カグヤさんの、全力の雷撃を受けても、ノーダメージでしたか……それは、中々のツワモノですね。」
伯爵が、そんな感想を呟いた。




