第8話 繰り返される引っ越しと誕生する冷めた少年
前話の最後で記しましたが。
小学2年に上がるタイミングで、私たち家族は寒川町の“倉見”という場所に引っ越しました。
見上げると目に入る新幹線の高架。
見渡す限りの田んぼに、キリンビバレッジの大きな工場。
駅最寄りにはフジスーパーがあったっけ。
そんな中。
私は確か、“旭が丘小学校”という学校に通い始めました。
今思い出すと。
そこまで太っていなかった2年生の私。
もちろんかなり体格は良い方でしたが…
記憶にある小6の時のまるでダルマのような私。
多分ストレスでしょうね。
うん。
そういう事にしておこう(笑)
コホン。
何はともあれ、さっそく発動する承認欲求。
転校2日目。
私は新聞社勤めの父がたまに持ち帰る、真っ白な大きな紙(記憶の中だと印刷時のはぶき?らしい。真実は知らんです)に、双六を作成。
クラスの皆に発表していました。
そして幾人かの友達を得て。
新しい生活、ワクワクしていたことを思い出します。
でもね…
※※※※※
少年らしい生活。
田んぼでザリガニを取り、メンコにベーゴマ。
あまりに獲れすぎて、大きな衣装ケースに水をため、百に届こうかというザリガニ地獄(笑)
当然死んでいくザリガニたち。
――メチャクチャ怒られたよね。
死んでしまうと途端に腐り、悪臭を放つザリガニ。
家から直線距離でおよそ20メートル。
実はそこは田んぼだった。
面倒くさかった私は。
そこめがけ死骸を遠投(笑)
当然だが届くわけもなく。
隣のおじさん、怒鳴り込んできました。
……マジでしばらく“顔の感覚”なかったよね。
うん。
※※※※※
何はともあれ。
友達もでき、意外と田舎で自然あふれる倉見。
好きでした。
だけどさらに発動する父の悪癖。
わずか9か月。
その年の終わり、大みそか間近。
私たち一家は。
茅ヶ崎の新しい家での生活が始まっていました。
ワクワクよりも。
大きな喪失感。
まだ子供だった私はあの時言語化できなかった。
ああ。
そうか。
今わかったよ?
あの時の何とも言えない絶望と虚無感。
友を作っても家が引っ越せば関係のない事実。
そっか。
そうだったんだ。
父さん。
…きつかった
もちろん都合もあったのだろう。
でもね?
子供だって…居場所、すごく大切なんだ。
“父”となった私。
今になって私は思ってしまう。
8歳だったあの時の私の心は。
――ご想像にお任せします。




