第21話 諦めた高校3年生は田舎へ導かれる(笑)
さて。
かなり時系列ぐちゃぐちゃですが…
ここでせっかくなので“私が田舎に来た理由”を語りたいと思います。
まずはですね。
私が高校2年生の冬。
いきなり新年早々昭和天皇が崩御。
――確か1月7日だったよね。
そして始まる平成。
紙を掲げた小渕恵三さん(そのあと総理になったっけ…)
マジで懐かしい。
さらには。
世の中はまさにバブルが弾け始めたころ。
土地神話、崩壊始めちゃってましたよね。
うん。
当然、当時高校生。
関係ないけどね。
資産なんてあるわけないし(笑)
そんなわけで。
実はメチャクチャまだ景気は良く、求人はまさに売り手市場。
つまりは。
たいして勉強のできなかった私でも多くの就職内定、簡単にゲットできておりました。
まあね。
高校生の時はバイト三昧。
金ないし。
学もないし。
あの当時の私に、大学や専門学校という選択肢はありませんでした。
就活なんて正直してないよ?
私たちより5歳くらい若い人たち。
就職氷河期を経験した人たちには申し訳ないけど…
何はともあれ、声をあげれば『即採用!』
みたいな空気でした。
そして。
転機は突然訪れた。
※※※※※
『ジリジリジリジリ……』
今ではもう見ない、“黒電話”
その呼び出し音が、貧乏長屋に鳴り響く。
御本尊様にお題目を必死に唱えていた母は、おもむろに受話器を取った。
「…もしもし……えっ!?」
――思い出される、あの時の私の精神状態。
もしかしたら後述するかもですが…
親友を病気で亡くし、全てが嫌になっていたタイミング。
きっと運命。
いや、宿命(笑)
これが。
私が田舎に行くきっかけとなったのでした。
電話を切り、大きくため息をつく母。
なぜか諦めたような顔を私に向け口を開いた。
「…田舎のあんたの叔父さん…がんで亡くなったって」
「……そう、なんだ」
人なつっこい笑顔が脳裏によぎる。
私は田舎好きだったので。
小学生高学年から長期休みはひとりで電車を乗り継ぎ長野へはよく行っていた。
そんな時、車で駅まで迎えに来てくれ、一緒に遊んでいた『しんちゃんおじさん』
悲しかったよ?
けどね。
親友を無くした直後。
やっぱり私は泣くことできなかったんだ。
「…それでさ」
「うん」
「……バイト代、まだあるよね?」
「……えっと…」
「あとで返すから!!5万貸して!!」
余裕のなかった母。
香典はどうにか用意したものの。
電車賃、ありませんでした(笑)
※※※※※
今でも目に焼き付いている、黄疸で黄色くなってしまっていたおじさんの死に顔。
線香の匂いが充満する部屋で、私はそっと手を合わせた。
「…ねえ。ちょっといいかな」
「うん?どうしたのおばさん」
長野のばあちゃんの家。
そう、あの怪奇現象が頻発したあの家(笑)
うちの母は6人姉弟の長女。
2番目の、正直一番まともだった(失礼!)千葉に嫁いでいたおばさんが私に声をかけてきた。
だってねえ。
3番目と4番目の叔母さんたち。
がっつり『母の信じている宗教の信者』だったんよ(笑)
まともなお話になりませんでした。
『これはもう、私たちで送ろう』
『うん。本部に問い合わせて長野の支部長さん、呼ぼうか』
おいおい。
おじさん、信者ではないよ?
そんなわけで。
現実をよくわかっている千葉の叔母さんとその旦那さんによって、どうにか地域のお寺での葬儀を無事確保。
一息ついていた時間でした。
そして親族が集まり、何故か暗い表情の皆の視線が一斉の私に突き刺さる。
(ひいっ!?な、な、なんなの!?)
「あー。取り敢えず座りなさい」
「う、うん」
変な沈黙。
そしてちらちらと私に突き刺さる視線。
「……お前、高校3年だったよな」
「え?う、うん」
なぜか頷き合う親族たち。
そして安堵の表情を浮かべるばあちゃん。
「――農協でいいか?」
「…………は?」
人知れず。
いや。
私だけ知らずに。
なぜか田舎の農協への就職。
既に決まっていたのでした。
あのね。
私の人生!!
親友を亡くし、大好きだった叔父までがんで亡くなり。
正直思考もまとまらないそんな状況。
海千山千の千葉の叔母さんの旦那様。
私は完全に。
説き伏せられていました。




