第22話 事の真相と18歳の決断
確か平成1年の5月。
もう私が18歳になった直後の出来事。
どうにか田舎の家での“おじさんの葬儀”を終え。
茅ヶ崎に戻ってきた私は、なぜか農協の“入職申込書”を感情の籠らない瞳で見ておりました(笑)
まあね。
あの時の精神状態。
実はかなり落ち込んでいたのだけれど。
あまりのハプニングに、実は少し“紛れていた”のは事実だったんだよね。
もちろん
「はい。じゃあ田舎で暮らします!!」
とはいかない。
当たり前でしょ?
いくら私でも即決なんてできるわけない。
なので取り敢えず持ち帰って検討する…
――そういう“玉虫色の結論”を見ていたんだよね。
(ため息しか出ねえ)
そう思っていた事、脳裏によぎったよ(笑)
※※※※※
そんなこんながあったものの。
茅ヶ崎に戻った私は相変わらずのバイトの日々。
あの日も学校を終えて近所のスーパーへと赴いていた。
「おはようございます」
「おはよー。うん?なんか元気ないよ?」
「えっ?…そんなことないっす」
「ふーん。……ねえ、制服さ、サイズ2L?」
「……は?」
「えっ?だって君、卒業後はうちだろ?就職」
「っ!?」
いやいやいやいや。
聞いてないし。
そもそもそんな話もした事ねえ。
なにより…
『ほらほら、早く発注してよ!!』
『は、はいいいい』
『まったく。社員はあんたと次長しかいないんだから!!ちゃっきりしなさい!!』
うん。
私のバイトしていたスーパー。
実に社員は少数精鋭?
お局のパートタイマーに、学生バイト集団。
癖もあり我儘で横暴(笑)
社員はまるで小間使い。
――恐ろしい。
そんな感情でいつもいましたもん!!
「おいっ!!他所でやれ他所で!!大切な話してんだ!!…コホン。――考えてくれるよね?」
「ハハハ、ハ」
うん。
絶対にヤダ。
私は愛想笑いを浮かべ、品出しに奔走しましたとさ(笑)
※※※※※
前述もしましたが。
あの当時どこでも人手はマジで貴重。
なので2年以上働いて、発注までこなせる私は既に次長の目に留まっていたのだけれど…
あとで聞いたら、確かに給料は高かったよ?
あの当時、高卒の給料は16万前後。
何気にスーパー、20万超えてたしね。
でもね。
次長に詰め寄られ、どうにかやり過ごした私をバックヤードから招く手。
このスーパー唯一の平社員、その人だった。
「……マジで就職するの?」
「えっ!?い、いえ…まだ決めてません」
「やめとけっ!!」
「うえっ!?あ、あの…」
「この世の地獄!!君だって見たろ?さっきのあの“ババア”ども!!」
ええ。
もちろん知ってますとも。
そしてコンコンと。
私は愚痴を聞かされ続けた。
――絶対に逃げます(笑)
それにしてもさ。
本人の了承を得ずに段取りする大人たち。
辞めてね?
18歳とはいえまだ学生。
そもそも世の中の空気感、普通知らないんですから!!
田舎といい、スーパーといい…
メチャクチャです(笑)
※※※※※
事の顛末。
田舎に私を行かせたかった理由。
それはある意味“優しさ”でした。
実はね。
親友が亡くなってメチャクチャ取り乱し大泣きした私。
唯一“あて”になる千葉の叔母さんに電話してたんだよね。
そしてひとしきり泣いて、普通の慰めに感動して…
一呼吸ついたところでおばさんは私に問いかけた。
『――あんた…何か、高校終わった後の目的とか志望とかあるの?』
『グスッ…え?……な、無いよ』
『ふーん。…まあ、少し深呼吸して落ち着きなさい。まったく。…相変わらず泣き虫なんだから』
『……う、うん』
そんなやり取り。
してたんだよね。
もちろん母親にも言ったよ?
そしたらね。
『辛かったね。なら供養の意味も込めてお題目あげなさい。それが真理』
……うん。
相談できないでしょ?
という訳で。
息子を亡くし、一人きりになる田舎のおばあちゃん。
悲しみに心折れかけていた私。
千葉の叔母さんなりの『究極の一手』だったんだよね。
『…いい悪いはともかく、あんたのお母さんや妹たちは…コホン。――わかるでしょ?』
――ええ。
深く承知しております(笑)
※※※※※
当然だけど。
私はそのほかに、新橋に本社のあるエレベーターの施工管理を行う企業の入社試験も受けました。
当然ながら合格。
ていうか絶対ちゃんと採点してないよね?
そのくらい“あの当時”は人を欲していたんだよね。
なので選択肢は3つ。
田舎で農協。
地元でスーパー。
大都会で営業マン。
うん。
もちろん一番高給はエレベーター会社。
何しろお金というものにかなり執着していた私は意気揚々と『会社見学会』なるものへ参加しましたよ。
そして絶望を知る。
無理。
無理無理無理無理!!
何あの悍ましい満員電車!?
もちろん運も悪かったのだろう。
身動きすらできないぎゅうぎゅう詰め。
そして目の前の背の低いおじさんの頭から漂う猛烈な悪臭。
今なら分かるよ?
きっと二日酔い、そして誤魔化すようにオーデコロンの過剰な塗り込み。
さらにはむわっとした男性特有の汗の匂い。
ほんとね。
いつも満員電車で通勤している皆さま。
マジで尊敬します!!
という訳で、受付のお姉さんに。
「あの、やっぱりやめます。無理です。さようならっ!!」
こうして営業の道は断たれたのだった(笑)
はい。
消去法、見事に機能してしまいました(笑)
残っていたのは農協の申込書と内定通知書のみ。
私はせっせと自動車教習所に通い。
平成2年の3月。
免許を取得。
田舎の暮らしが決まったのでした。




