蛇髪の少女と失われた光②
翌朝。
学院の門前で、蛇の尾を整えていた。
そこへ、聞き覚えのある声が飛んできた。
「セレナー! 今日もおはよー!」
ティナが金髪を弾ませながら、勢いよく駆けてくる。
蛇髪たちも一斉にそちらを向いた。
「そんなに急いで走ると――」
言い終わるより先に、嫌な予感が的中した。
「きゃっ!? うそ、段差!?」
石畳の段差につまずき、ティナの身体が前へ傾く。
その瞬間、咄嗟にティナと目を合わせた。
「――止まって!」
魔眼が発動し、ティナの身体がぴたりと動きを止める。
その隙に身体を滑り込ませ、動けなくなったティナをそっと受け止めた。
「……ふぅ。危なかった」
ほどなくして魔眼の効果が解けると、ティナがほっと息を吐いた。
「び、びっくりしたぁ……」
「ほら言ったでしょう。走るなって」
「でも、今のすごかったよ! セレナ!」
「え?」
「目が合った瞬間、身体が動かなくなったもん! おかげで転ばずに済んだし。セレナの魔眼ってすごいんだね!」
あまりにも素直に褒められて、言葉に詰まった。
魔眼を怖がられたことなら、何度もある。
けれど、こんなふうに誰かを助けられるなんて――思ってもみなかった。
ティナは私に受け止められたまま、ふふんと胸を張る。
「ね、今日も一緒に行こう? セレナと並んで歩くの好きなんだ」
その言葉に、蛇髪たちが一斉に嬉しそうに揺れた。
「……勝手に喜ばないの。もう」
そう呟くと、ティナは笑った。
◇ ◇ ◇
昼休み。
教室を出て食堂へ向かうと、中は大勢の生徒でごった返していた。
その光景を前に、小さくため息をついた。
(……今日もあそこに行くの? ちょっと気が重いわ)
この身体では椅子に座りにくいし、周囲の視線も気になる。
できれば避けたい場所だった。
「セレナー! こっちこっち!」
声のした方を見ると、食堂の入口でトレーを手にしたティナが手を振っていた。
その姿に、蛇髪たちがぴくっと反応した。
「ねぇ、今日さ。食堂じゃなくて外にしない?」
「……外?」
「うん、中庭! ひなたぼっこしながら食べたい気分なの!」
ティナは迷いなく私の手を引き、中庭へ続く扉を押し開けた。
外へ出ると、心地よい風が頬を撫でる。
陽の光が芝生に降り注ぎ、木陰にはいくつかのベンチが並んでいた。
「ほら、ここなら広いでしょ? セレナも尾を好きに伸ばせるし!」
周囲を確かめてから、そっと尾を丸く広げる。
こちらを見る人も、ほとんどいない。
(……思ったより悪くない場所ね)
ティナはパンをちぎって一口かじると、なぜか蛇髪の一本をじっと見つめ始めた。
「ねぇ、セレナ。この子たち……パン食べる?」
「は? 食べないわよ」
「でも、なんか……ほら、興味津々じゃない?」
言われてみれば、一本の蛇髪がパンの匂いにつられるように、ふにふにと揺れている。
「ダメよ。人の食べ物なんて――」
「はい、あーん!」
嘘でしょ。
言い終わるより先に、ティナがパンを蛇髪の前へ差し出した。
そして――
ぱくっ。
蛇髪は差し出されたパンに食いつくと、嬉しそうにもぐもぐと噛み始めた。
「ちょ、ちょっと!? 本当に食べた!?」
「かわいい~~~~!!」
その声に釣られたのか、他の蛇髪たちまでティナの方へ寄っていく。
思わず頭を抱えた。
「ちょっと、あんたたち! 勝手に人の食べ物を食べないで! 太るでしょ!」
「えっ、蛇って太るの?」
「知らないけど!!」
ティナは楽しそうに笑い、蛇髪たちはもっとパンをもらおうと彼女の周りに集まっていく。
「ほら、あんたたち。私の意思を優先しなさい!」
「無理無理。だって可愛いもん!」
「そういう問題じゃないわよ!」
呆れながら蛇髪たちをたしなめる私を、ティナは楽しそうに見ていた。
「セレナ、今日は一緒に食べられて嬉しかったよ」
「……べ、別に。あんたが勝手に連れてきただけよ」
「はいはい、ツンデレ~♪」
「違う!!」
蛇髪たちまで「図星だよね?」と言わんばかりに揺れている。
「……あんたたちまで何なのよ」
思わずそう零すと、ティナが楽しそうに笑った。
その笑顔につられて、結局私も――ほんの少しだけ笑ってしまった。
◇ ◇ ◇
放課後の中庭は、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。
傾き始めた夕陽が、石畳を茜色に染めている。
「セレナ、今日はこっち行こうよ」
ティナは慣れた様子で私の尾を避けながら、ベンチに腰を下ろした。
その隣に座り、長い尾をくるりと丸める。
しばらく沈みゆく夕陽を眺めていると、ティナがふいに口を開いた。
「ねぇセレナ。私たちさ、相性いいんだって!」
唐突な言葉に、思わず目を瞬いた。
「魔法のこと?」
「そうそう!」
聞けば、私の攻撃魔法は一直線で鋭く、ティナの支援魔法はその“芯”にうまく力を乗せられるのだという。
「相性がいいって言われたの。なんか嬉しくてさ」
そう話すティナの声は、どこまでも素直だった。
「……そうね。あんたの支援は変に甘やかしたりしないから、やりやすいわ」
「えへへ、褒められた~!」
ティナが嬉しそうに笑うと、蛇髪たちまでゆらゆらと揺れ始める。
(……本当に単純なんだから)
呆れながらも、口元は自然と緩んでいた。
しばらく二人で夕陽を眺めていると、ティナがぽつりと呟いた。
「ねぇセレナ。私ね、いつか“誰かの力になれる魔法使い”になりたいんだ」
「誰かの……?」
「うん。困ってる人がいたら助けて、泣いてる人がいたら支えて……そういう存在って、素敵じゃない?」
あまりにもまっすぐな言葉が、少しだけ眩しかった。
「セレナは? どんな将来がいいと思う?」
突然問いかけられ、言葉に詰まる。
(将来なんて……考えたこと、なかった)
村で浮いていた私に、未来を夢見る余裕なんてなかった。
この学院に来て、ようやく息ができるようになったばかりだ。
それでも――
「……そうね。強くなりたいわ。誰にも怯えず……自分の居場所を、自分で守れるくらいには」
「うん、セレナなら絶対なれるよ。だって、こんなに努力してるもん」
「別に努力なんて……」
「はいはい、照れてる照れてる」
蛇髪たちがびくっと動き、ティナがくすくすと笑った。
夕陽が沈み、空が薄紫に染まっていく。
その色を眺めていると、胸の奥にほんの少し温かさが灯った。
「明日も一緒に頑張ろうね、セレナ」
「……ええ。仕方ないから付き合ってあげるわ」
「ふふっ。素直じゃないなぁ」
「うるさいわね」
こんな何気ない時間が、明日も、その先も続いていく。
このときは、そう思っていた。




