↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
100/129

蛇髪の少女と失われた光③

翌日の放課後。

図書棟で本を読んでいると、廊下の向こうから慌ただしい声が響いてきた。


「誰か、保健室の先生を呼んで!!」


「しっかりして……!」


何事かと本を閉じ、急いで廊下へ出る。


そこには、小柄な下級生の女の子が横たわっていた。

周囲には数人の生徒が集まり、心配そうに彼女を覗き込んでいる。


女の子は薄く目を開けているものの、意識は朦朧としているようだった。


「何があったの?」


声をかけると、傍らに膝をついていた下級生が振り返った。


「セレナ先輩……さっきの実技演習が終わった後、教室に戻る途中で急にふらついて、そのまま倒れたんです」


しゃがみ込み、倒れている女の子の手に触れる。


「……冷たい」


ひどく冷えていた。

魔力をうまく循環できず、身体の活力が失われていくときに見られる症状だ。


「……魔力枯渇の兆候ね」


「でも、魔力枯渇って、普通は徐々に弱っていくものですよね? こんなに急に倒れることなんて……」


下級生の声が震える。

そのとき、倒れていた女の子の唇がかすかに動いた。


「……す……われ……」


「え?」


「……吸われた……みたい……で……」


聞き取れたのは、そこまでだった。

次の瞬間、女の子の瞼が静かに閉じた。


「まずい! 意識を失ったわ!」


咄嗟に声を上げると、周囲の生徒たちが慌てて道を空けた。

ほどなくして保健室の教師が駆けつけ、女の子は担架に乗せられて運ばれていく。

その姿を見送りながら、さっきの言葉が頭から離れなかった。


(……吸われた?)


いったい、何に――?


「セレナ?」


聞き慣れた声に振り返ると、ティナが心配そうな顔で駆け寄ってきた。

私と、運ばれていく女の子を見比べて眉を寄せる。


「誰か倒れたの? ねぇ、大丈夫……?」


「……魔力の問題よ。詳しいことは、まだわからないわ」


「そっか……怖いね」


ティナは不安そうに、私の袖をそっとつまんだ。

その小さな仕草が胸に刺さる。

ティナが隣にいても、先程倒れた後輩の、閉じていく瞼の光景が何度も脳裏に蘇った。


◇ ◇ ◇


その日を境に、学院では妙な噂が広がり始めた。


「また倒れた生徒が出たらしい」


「でも、一晩で目を覚ましたって聞いたよ」


「原因不明の魔力低下……?」


噂は曖昧で、内容も食い違っている。

教師たちなら何か知っているのかもしれないけれど、詳しい情報は出てこなかった。


(……でも、確かに増えている)


図書館では、また一人、力なく座り込んでいる生徒を見かけた。

魔力測定器室でも、半数ほどの生徒が普段より低い数値を示していた。


そして極めつけは――


魔術理論室の魔道具が、突然「ゼロ」を示したことだった。


「なんで? さっきまでちゃんと動いてたのに」


「壊れた? いや……この機器、壊れたことなんて……」


生徒たちがざわつく中、頭に浮かんだのは、あのとき聞いた言葉だった。


(……“吸われた”)


倒れた後輩の震える声が、耳の奥に蘇る。

いったい何に、魔力を吸われたというの。

考えても答えは出ず、胸の奥に冷たいものが広がっていった。


そんな中――


「セレナー! 今日お昼、一緒に行こ!」


「……ええ」


いつもと変わらない笑顔。

けれど――昼休みの中庭で食事をしているとき、ふと気づいた。


ティナの手が、わずかに震えている。


「ティナ」


「ん? なぁに?」


蛇髪たちも気づいたのか、ティナの方へ揃って顔を向ける。


「……体調、悪いんじゃない?」


「あはは、平気だよ~。ちょっと寝不足なだけ!」


ティナはいつもの調子で笑ってみせた。

けれど、その笑顔にはどこか力がなかった。


「本当に?」


「ホントホント。ほら、わたし支援魔法得意だし、魔力の扱いは慎重だから!」


そのときだった。

ティナが紙コップを取ろうと手を伸ばした瞬間、指先からほんのわずかに光が漏れた。


「……え?」


ティナ自身も目を丸くする。

支援魔法を暴発させるような子じゃない。

それだけに、今のかすかな光が妙に引っかかった。


「ティナ。今の……」


「たまたまだよ! ねっ?」


無理に笑おうとするティナの声が、わずかに震えていた。


(……まさか、ティナにも何か?)


この学院で起きている異常が、ゆっくり、確実に私たちに近づいている気がしてならなかった。

そのとき、廊下の方がにわかにざわついた。


「え、何? 先生たちだらけじゃない?」


「魔術理論室……閉鎖?」


私とティナが振り返ると、複数の教師が険しい表情で学院内を行き交い、各教室や廊下で生徒たちに声をかけていた。


「魔力測定器の使用は、本日は中止とします。理由は後日説明します」


「魔術理論室には近づかないように。いいですね?」


「何があったんですか?」


「……心配する必要はありません。今は指示に従ってください」


そう告げる教師たちの表情は硬い。

何かを知っているのは間違いなさそうなのに、それ以上を話す様子はなかった。


学院全体が、ざわめきに包まれていく。

その後ティナと別れ、一人で中庭へ足を向けた。


見上げた夕空は、昨日と同じはずなのに、どこか薄暗く感じられた。


(……どうして、こんなに嫌な予感がするの?)


風に当たっても、不安は消えてくれない。

むしろ夕闇が深まるほど、その不安も少しずつ濃くなっていくようだった。


◇ ◇ ◇


実技演習の開始を告げる鐘が鳴ると、演習場に張りつめた空気が満ちていった。

ここ数日、学院で続いている異常のせいか、誰もがどこか落ち着かない様子で周囲を見渡している。


私とティナは、いつものようにペアを組んだ。

連携魔法――攻撃魔法と支援魔法を同時に発動させる、二人の相性の良さが最も出る演習だ。


「セレナ、今日もよろしくね!」


ティナはいつもの明るい笑顔を向けてきた。

けれど、その表情にはわずかに疲れが滲んでいる。


(……なんで、そんなに無理して笑うのよ)


昨日からの不安は、まだ消えていなかった。


「じゃあ……始めましょう」


私が炎属性の魔法を詠唱し、ティナは胸の前に両手を掲げ、支援魔法の構えを取る。


支援魔法の発動は、自らの魔力を外へと開く技。

そこへティナの力が重なれば、私の魔法はさらに鋭さを増す。


やがて二人の魔力が絡まり、共鳴し始めた。


そのとき――


ティナの肩が、びくりと揺れた。


「……あれ?」


ほんの小さな異変だった。

けれど、昨日のことが頭をよぎる。


「ティナ?」


「う、うん……大丈夫。少し、胸が……熱い……?」


「熱い……?」


あのとき倒れた後輩の手は、ひどく冷えていた。

正反対の症状にも思える。

それでも、胸の奥に引っかかるものがあった。


ティナの指先から、支援魔法の光が生まれた。

けれど、その光はいつものように安定せず、かすかに揺らいでいる。


(……やめたほうがいい)


胸騒ぎが、はっきりとした危機感に変わった。


「ティナ、待って――」


――空気が揺らいだ。

演習場の空間そのものが、一瞬だけ歪んだように見えた。


風が止まり、周囲の音がふっと遠ざかる。

まるで、そこだけ世界から切り離されたかのように――。


「……っ!?」


ティナの胸元が突然、淡い光を帯びた。

魔力が外へと流れ出す、支援魔法の“流路”が開ききっている。


(何よ、これ……?)


そして、その光がふっと吸い上げられるように揺らいだ。


「セレナ……? なん、か……変……」


ティナが胸元を押さえ、膝を折りかける。


「魔力を止めなさい! 流路を閉じるのよ!」


「と、止まらない……ねぇ……魔力が……逆に……抜けて……」


ティナの言葉に、背筋が冷たくなった。

支援魔法なら、自分の意思で魔力を送り出しているはずだ。


なのに今は違う。

ティナの胸元から伸びた光が細い糸のように揺れ、その先へと吸い込まれていく。


「ティナッ!!」


私は彼女の身体を支えようと、慌てて駆け寄った。

崩れかけた身体を抱きとめる。

けれど、腕の中のティナからは、みるみる体温が失われていった。


「……セレナ……こわ……い……よ……」


「大丈夫よ! 私がいるから!」


そう言いながらも、どうすればいいのかわからない。

ティナの声は震え、瞳から少しずつ焦点が失われていく。


「ティナ! しっかりしなさい!」


身体を抱きしめながら、必死に呼びかける。

けれど、ティナはもう言葉を返さなかった。


胸元から伸びていた最後の光が吸い上げられ、彼女の身体から力が抜けていく。

支援魔法の光は完全に途切れ、魔力の気配が――消えた。


「……嘘でしょ……ティナ……?」


耳元で呼びかけても、返ってくるのはかすかな息だけだった。


彼女の目は閉じ、意識は深い闇に沈んでいった。

誰かが駆け寄ってくる足音が、遠くに聞こえる。


教師たちの焦った声。

周囲の生徒たちの悲鳴。

けれど、私の目には腕の中のティナしか映っていなかった。


(……魔力枯渇?)


そんな言葉が脳裏をよぎる。


けれど、そんなはずはない。

演習はいつも通りの内容だった。

無茶な魔法を使ったわけでも、魔力を使い果たすほど長く続けたわけでもない。


それなのに、どうして――。


ティナの手は冷たく、感じ取れる魔力も、いつもよりずっと弱くなっていた。


さっきまで燻っていた嫌な予感が、ただの思い過ごしではなかったことを突きつけられた。


「お願いよ、ティナ……起きてよ……」


呼びかける声は、自分でもわかるほど震えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。