血戦の果てに顕つ闇③
翌日。朝日が高く昇る頃、俺たちはライガに呼ばれ、集会場へと足を運んだ。
広場の奥に建つ丸太造りの建物は、普段は祭りや行事に使われているらしい。
今日はそこに、集落中の大人たちが顔をそろえていた。
木の壁に囲まれた広間は熱気を帯び、集まった者たちの表情には不安と緊張が浮かんでいる。
ざわめきの中、正面にはライガが立っていた。
背筋をまっすぐ伸ばし、狼の耳をぴんと立てている。
昨夜とは違う、集落を束ねるリーダーとしての威圧感を纏っていた。
「……皆、よく集まってくれた」
低く響く声に、広間がすっと静まる。
「ここ最近、奴ら――人間どもによる襲撃は増えている。昨日も子供が狙われた」
その言葉に、集まった獣人たちの間から怒りと嘆きが入り混じった声が漏れた。
拳を握る者、牙を噛み鳴らす者。彼らにとって、人間は大切な家族を奪う脅威そのものなのだ。
ライガは周囲をぐるりと見渡し、息を吐いた。
「……俺たちはこれまで防ぐことしかしてこなかった。守るために必死に戦い、何とか追い払ってきた」
その声は低く重く、室内に響き渡る。
他の獣人たちがうなずいていた。
「だがな……守るだけじゃ、もう限界がある!」
その声に、獣人たちの間からざわめきが広がった。
「奴らは執拗だ。今日を凌いでも、明日また襲ってくる。子供や女たちを何度も怯えさせるだけだ。……そんな未来を俺は絶対に許せない!」
その眼差しは怒りに燃えていたが、ただの激情ではなかった。
家族を、仲間を、そしてこの島の未来を守ろうとする若きリーダーの決意が込められていた。
その姿に、誰もが言葉を失い、息を呑んでライガを見つめていた。
「……だからこそ、俺たちは変わらなきゃならない。守り続けるだけじゃ、いずれ押し潰される。犠牲が出るのをただ待つだけなんて、俺はごめんだ!」
拳を胸に当て、ライガは言い放つ。
「攻めに転じるべきだ。奴らの拠点を突き止め、こちらから打って出る。恐怖に怯えて暮らす日々を終わらせるんだ!」
「無茶だ! 守るだけでも精一杯なのに!」
「でも、ライガの言うことも一理ある! このままじゃいつか潰される!」
「いや、攻めれば余計に人間たちを刺激するだけだ!」
集まった獣人たちの声は賛否に割れ、広間の空気は一気に熱を帯びていく。
そんな騒めきを切り裂くように、ライガは振り返り、まっすぐに俺を見据える。
「……カケル。お前は旅をしてきた。人間とも、魔物娘とも、色んな現実を見てきたんだろう」
その視線は重く、迷いを許さない。
「だからこそ聞きたい。――お前なら、どうする?」
場の視線が一斉に俺へ注がれる。
俺は一度息を整え、口を開いた。
「……ライガの言う通りだ。守るだけじゃ、いつか限界がくる。だから、攻めに出ることには賛成する」
「カケル……いいの?」
リリアがこちらを見上げる。
その眼差しは、俺の本心を確かめようとしているようだった。
その眼差しを受け止め、もう一度自分の気持ちを確かめる。
「ああ、彼らは俺たちを信用してくれた。俺たちもそれに応えないと」
リリアは俺の答えを聞くと、小さく微笑んだ。
「……本当に大変なことになるかもしれないけど。やるしかないわね」
セレナは肩をすくめながらも、その表情に迷いはなかった。
「正々堂々と立ち向かう。それが戦士の務めだろう」
ライアの表情にも迷いはなかった。
二人の言葉に呼応するように、他の仲間たちも無言でうなずいた。
仲間たちの決意を確かめ、集まった獣人たちへと向き直る。
「……ただし、無闇に暴れるんじゃない。どう攻めるか、被害を最小限に抑える策を考えなきゃならない。それに……俺は殺しはしない。たとえ相手がどんな人間でもだ」
獣人たちの間から、驚きと戸惑いの声が上がる。
だが、それもやがて静まっていった。
「奪うためじゃなく、守るために戦う。そのことだけは、絶対に曲げない」
朝の光が背を押すように俺を照らす。
自分自身にも言い聞かせるように放った言葉が、静まり返った広間に響いた。
ライガは腕を組み直し、しばらく俺を見据えていた。
その表情から、先ほどまでの険しさが和らぐ。
「……守るために、か。面白い考えだな」
その声には皮肉ではなく、わずかな感嘆が混じっていた。
「皆、聞け! 今こそ人間どもの拠点を叩く時だ! 俺たちだけじゃない――カケルたちも力を貸してくれる! この戦力で一気に決着をつけるぞ!」
ライガが力強く声を張り上げる。
その言葉に、室内が一気に沸き立った。
「おおっ!」
「やってやる!」
血気盛んな声が次々と上がり、集会場は戦の熱に包まれていく。
だが――その昂ぶりの中、リリアが一歩前へ出た。
「……けれど、本当に全員で向かってしまっていいのかしら?」
熱気を裂くような冷静な声音に、ざわめきが一瞬だけ止まった。
リリアは真剣な表情でライガを見つめている。
だが、ライガは迷うことなく答えた。
「心配はいらない! 集落にはまだ戦える仲間を残していく。それに半端に戦力を割くより、ここに全力を注いだ方が勝機は大きい!」
その言葉に、獣人たちから声が上がる。
「ライガの言う通りだ!」
「全力で叩き潰せ!」
再び士気を高めていく獣人たちを、黙って見つめていた。
けれど、胸の奥には拭いきれないざわつきが残っていた。
(……本当に大丈夫なのか? 集落に残す戦力だけで、もし人間たちが襲ってきても防ぎきれるのか?)
けれど、ライガは集落にも戦力を残すと言っている。
それ以上の根拠もないまま不安を口にすれば、まとまりかけた皆を迷わせるだけかもしれない。
拳を握り締めたまま、その不安を胸の奥へ押し込んだ。
◇ ◇ ◇
集落の広場は、戦いに向けて慌ただしさを増していた。
獣人の戦士たちは武具を整え、仲間同士で肩を叩き合いながら声を張り上げている。
先ほどの集会で高まった士気が、そのまま広場へと持ち込まれているようだった。
そんな中、場違いなほど小さな声が俺の耳に届いた。
「……ねぇ、お兄ちゃん」
振り向くと、ルミナが俺の袖をぎゅっと握って立っていた。
桜色の瞳が潤み、不安を隠しきれない様子だった。
その後ろには、同じくらいの年頃の子供たちが数人、不安そうに顔を見合わせている。
「みんな……なんで、こんなに騒がしいの?」
その問いかけに、一瞬だけ言葉を失った。
これから人間たちの拠点へ戦いに行くのだと、正直に告げるわけにはいかない。
「……ルミナ」
しゃがみ込み、彼女と目線を合わせる。
不安げな眼差しを受け止めると、胸が少し痛んだ。
「大丈夫だ。ちょっと出かけてくるだけさ」
「……ほんとに?」
「ああ。ルミナは心配しなくていい。俺がちゃんと守るから」
自然と手を伸ばし、彼女の髪を優しく撫でる。
柔らかな髪が指先に触れると、ルミナが少し目を細めた。
「……お兄ちゃん、嘘ついてない?」
「ああ。ちゃんと帰ってくるよ。俺は、ルミナを守りたいから」
そう答えると、ルミナの顔にようやく小さな笑みが戻った。
その姿に、俺もほんの少し救われた気がした。
「うん……! じゃあ、待ってるね!」
元気を取り戻したように笑うルミナ。
その肩にリリアがそっと手を置き、「大丈夫。すぐ戻るから」と囁いた。
優しい声に、周りの子供たちも少し安心した表情を見せる。
子供たちを背に、俺たちは進軍の列へと加わった。
獣人たちの雄叫びが昼下がりの空に響き、戦の始まりを告げていた。
◇ ◇ ◇
森を抜ける道は、本来なら静寂に包まれているのだろう。
だが今は、武器を携えた獣人たちの足音と、押し殺した息遣いが絶えず響いている。
湿った土を踏みしめながら進むうちに、鳥の鳴き声さえ遠ざかっていくように感じられた。
木々の隙間から差し込む昼下がりの光が、戦士たちの顔に斑模様の影を落とす。
誰もが口を閉ざし、前だけを見据えていた。
槍や斧の柄を握る手には、きしむほどの力が込められている。
「……ずいぶん気合が入ってるな」
隣を歩くライアが低く言った。
その声音は冷静さを保っていたが、目は鋭く前を見据えている。
「血気盛ん、というやつね」
セレナの視線は、周囲の獣人たちへと向けられていた。
そのやり取りを聞きながら、ふと背後を振り返る。
脳裏には、ついさっき「待ってる」と笑ったルミナの顔が浮かんでいた。
胸の奥にじわりと熱が広がる。
――あの約束を、裏切るわけにはいかない。
「カケル……気を張りすぎないで。あなたの力は、使い方次第で皆を守れる。焦らなければ、きっと大丈夫」
耳元にリリアの声が落ちる。
振り返ると、彼女の真紅の瞳がまっすぐ俺を見つめていた。
その言葉が、不思議と胸に染みた。
「……ああ」
短く答えると、リリアはほんの一瞬だけ柔らかく微笑み、再び前を向いた。
やがて木々が途切れ、視界が開ける。
先頭を歩いていたライガが足を止め、周囲の匂いを探るように鼻を鳴らした。
「……近いぞ」
低く響いたその声に、一行の空気が一段と引き締まる。
獣人戦士たちは声を押し殺したまま武器を構え、互いに目を合わせた。
張り詰めた空気の中、俺も拳を握り締める。
戦は、もう目前だ。




