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闇の誘い、過去が紡ぐ絆④

白龍が告げた瞬間、広間の空気が震えた。


円卓に並ぶ椅子のうち、ひとつだけ空いていた席――そこに闇の波動が渦を巻き始める。

黒い霧が立ち昇り、燭台の灯火を覆い隠すように広がった。


やがて、その闇の中から二つの影が現れる。


ひとりは、漆黒のドレスを纏い、無邪気な笑みを浮かべた少女。

もうひとりは、白銀の髪をなびかせ、鋭いレイピアを腰に佩いた守り人。


あの横顔を、俺は知っている。

夕暮れの街で、ほんの一瞬視線を交わし、『その力……何者?』と呟いた女だ。


間違いない。

あの時、群衆に紛れて姿を消したのも、この女――黒龍の守り人だったのか。


嫌な胸騒ぎを覚える。

彼女の瞳が再び俺に注がれている気がして、思わず視線を逸らした。


そして黒龍そのものに目を向ける。


年若く見える少女は、夜そのものを編んだような黒衣のドレスをまとっていた。

漆黒の髪は肩先で揺れ、光を吸い込むかのように艶めいている。

その額には優美な曲線を描く黒い角が伸び、腰のあたりから覗く黒い尻尾がしなやかに揺れていた。


顔立ちは幼さを残しているはずなのに、微笑む唇の曲線には年齢を超えた妖艶さがちらついていた。

背にはうっすらと影のような翼が広がり、白い肌との対比が不気味なほど美しい。


深紅の瞳と視線が重なっただけで、心の奥まで覗かれているような錯覚に陥る。


――まるで、無垢な少女と魔性の女を一つの器に閉じ込めたかのよう。


無邪気な笑みを見ているだけなのに、言いようのない不快感が胸の奥に広がっていく。

黒い靄が染み込んでくるようで、嫌な寒気が全身を這い上がった。


広間が一瞬にしてざわついた。


「まさか……本当に姿を現すとは」


青龍が呟き、その蒼の瞳が鋭さを増す。


「気まぐれにも程がある……何を企んでいる」


黄龍は顔をしかめ、低く吐き捨てる。

緑龍は眉を寄せ、何も言わず黒龍を見つめていた。

赤龍は立ち上がり、声を張り上げる。


「黒龍! テメェが会合に顔を出すなんて、何百年ぶりだ!」


龍たちの声が交錯し、荘厳だった広間は一気に騒然とした空気に変わる。

だが当の黒龍は、椅子の肘掛けに頬杖をつき、無邪気な笑みを浮かべている。


「……相変わらずですね、黒龍」


白龍の澄んだ声が、騒然とした広間に響く。

黒龍はちらりと白龍に目を向け、口角を上げた。


「ふふ、白龍。あなたも相変わらず“つまらない”わね」


広間のざわめきが、一瞬だけ収まった。

そして――紅の瞳が、真っ直ぐに俺を射抜いた。

視線が重なった瞬間、心臓が大きく跳ねる。


「……ふふ。貴方が“力”を持つ人間ね?」


「俺を……知っているのか?」


ぞわりと背筋に冷たいものが走る。


「ええ。私の守り人の目を通して――はっきりと、ね」


黒龍は唇を歪め、隣の白銀の守り人へと視線を流した。


その言葉を聞いた瞬間、夕暮れの光景が甦る。

やはり、あれは偶然ではなかったんだ。


「ねぇカケル……あなた、私の守り人になりなさい」


黒龍の甘い声が広間に響き、周囲が一斉にざわめいた。


「……なんだって?」


……何を言ってるんだ、彼女は。


ここにいるのは彼女を弱らせ、封印するため。

白龍に頼まれて、それを承知でこの場に立っている。

なのに――よりにもよって当の本人に守り人として誘われるなんて。


「黒龍……自分が何を言っているかおわかりですか?」


白龍の瞳が鋭く光り、冷然と問いただす。

だが黒龍は椅子の肘掛けに頬杖をついたまま、無邪気に笑った。


「あなたこそ、わかってないのね? 私はこの子を――勧誘してるの~」


「勧誘だと……!? なぜこんな人間を! 理由を言え!」


赤龍が身を乗り出し、炎のような気迫で声を荒げる。


「も~、みんな鈍いのね」


黒龍は肩をすくめ、わざと一語ずつ区切るように続けた。


「この子に流れている――チ・カ・ラ」


その瞳に見つめられ、全身に冷たい汗が滲む。


「“力”を持った彼が、私の守り人になったら……素敵じゃない?」


黒龍は椅子に身を預け、指先で頬をつつきながら笑う。


「黒龍様! それでは、私との契約はどうなるのですか!?」


白銀の守り人が声を張り上げる。

その顔は蒼白で、縋るような眼差しを黒龍へ向けていた。


「え~? それはもちろんなくなるでしょうね~」


黒龍は悪びれる様子もなく、歌うように答える。


「そ、そんな……! なぜですか!?」


声が震え、守り人の手が腰のレイピアを握りしめる。


「だって~。貴女より、あの子の方が――ぜーったい強いもん」


「そんなはずありません! どうかお考え直してください! お願いですから!」


「あ~あ、もうめんどくさいわねぇアンナロッテ」


黒龍は手を振り、退屈そうに肩をすくめる。


「だったらこの場で戦ったらいいじゃない! あの子に勝てたら、守り人を続けていいから」


広間の空気が一瞬で凍りついた。


「待て、黒龍! ここは六龍の会合の場だぞ! 人間を巻き込むなど――!」


赤龍が席を蹴って立ち上がり、声を張り上げた。


「……赤龍、静まりなさい」


白龍の冷ややかな声が割って入り、場のざわめきを鎮めていく。


「……黒龍がこの場でそう言うのならば、私から否を唱える理由はありません」


白龍は黒龍を正面から見据える。

黄金と紅、二つの瞳が真っ向からぶつかった。


「守り人としての在り方を示すのは、契約を結んだ者の責務。この場で証明できるのなら、それもまた理に適うでしょう」


白龍はそう告げると、視線を俺に移した。

その眼差しに無言で頷き、前へ進み出た。


右手をかざすと、闇が渦巻き、馴染んだ感触が掌に集まっていく。

やがて黒い刃が形を成し、闇の剣が俺の手に収まった。


対するアンナロッテも、鋭い眼光で俺を睨み据える。

腰のレイピアを、鋼の音を立てて抜き放った。


そして俺と向かい合い、レイピアの切っ先をこちらへ向ける。


「黒龍様……! 必ず証明してみせます!」


そう言い放つと、アンナロッテは俺を睨み据え、腰を落とした。


「はぁぁっ!」


アンナロッテが床を蹴り、矢のように間合いを詰めてくる。

レイピアの切っ先が閃光となって迫った。


「っ――!」


とっさに闇の剣で受ける。

だが、アンナロッテの攻撃は想像以上に速い。


鋭い連撃が畳みかけるように押し寄せ、刃が頬をかすめる。

熱い痛みが走り、血の匂いが鼻に広がった。


さらに二撃、三撃と切っ先が迫る。

身を捻ってかわすが、肩や腕に浅い傷が刻まれていく。


「ちっ……速いな。――けど」


焦燥の中で脳裏に浮かんだのは、ライアとの剣戟だった。


ライアの重い剣を何度も受け、軌道を見てきた。

速さは違っても――剣なら、読める。


「死ねええええええ!」


アンナロッテが渾身の突きを繰り出す。

紙一重でかわし、そのまま懐へ潜り込んだ。


(……力を抑えなくちゃ)


拳に闇が集まっていく感覚に、胸がざわつく。

一瞬でも気を抜けば、この力が暴走しかねない。


「はぁっ!」


闇を纏った拳を、アンナロッテの腹部へ叩き込んだ。


「うぐっ……!」


鈍い衝撃と共に彼女の身体が吹き飛び、床を転がる。

腹を押さえ、嗚咽を漏らしながら、それでも必死に立ち上がろうと震える姿に、息を呑んだ。


「きったなぁ~い。貴女、私の顔に泥を塗る気なの~?」


黒龍がくすくすと笑う。

その声音は楽しげでありながら、アンナロッテを突き放す冷たさしか宿していなかった。


床に倒れ込み、苦痛に顔を歪めながらも、アンナロッテは腹を押さえたまま震える腕で地を突いた。


「……まだよ!」


吐き出す声は苦痛に濁りながらも、そこには狂おしいほどの熱が混じっていた。

血に濡れた唇を吊り上げ、よろめきながらも立ち上がる。


その瞳が俺ではなく――黒龍をまっすぐに捉えている。


「黒龍様の隣に立てるのは……この私だけ……」


呟きは祈りというよりも、執着に塗れた宣告。


「誰にも渡さない……決して、奪わせはしない……!」


震える腕でレイピアを再び構え、その切っ先を俺に向ける。

その視線から感じるのは、俺への憎悪というより――黒龍との繋がりを失うことへの執着だった。


その時、アンナロッテの全身を黒い瘴気が包み始めた。

ぞわり、と背筋を這い上がる悪寒。

瘴気は剣にまとわりつき、刃の輪郭を揺らめかせる。


(……来る!)


間合いを詰めて斬り込んでくる――そう思った。

だが、彼女はその場に立ったまま、レイピアを突き出した。


「――っ!」


咄嗟に身を捻って回避した……はずだった。

直後、鋭い衝撃が右肩を貫く。


「ぐっ……!」


焼けつくような痛みが走り、思わず膝をつきかけた。

視線を走らせると、俺と彼女の間には確かに距離がある。


剣先は届くはずもないのに、何故貫かれた?


その答えは、剣から迸る黒い瘴気にあった。

それは闇の光線となって空間を裂き、俺の肩へと突き刺さっていた。


しかも、俺が避けた方向と逆に、光線が曲がって伸びている。

軌道そのものが瘴気によって歪められ、どこへ飛んでくるのか直前まで読めない。


「……くそっ、これじゃ!」


理不尽なほどの追尾に、歯を食いしばる。


「殺す! 殺すッ!」


アンナロッテが絶叫し、黒い瘴気を纏ったレイピアを振るう。

光線の雨が空間を裂き、逃げ場を削り取る。


「ぐっ――!」


肩、脚、脇腹……次々と突き刺さる痛みに、息が詰まった。

致命傷だけは必死に防いでいるが、このままでは削り殺される。


(……賭けるしかない!)


痛む身体に鞭を打ち、意識を闇へと沈める。

次の瞬間、俺の姿は霧のように掻き消えた。


「――なっ!?」


アンナロッテの瞳が驚愕に見開かれる。

彼女がこちらを捉えた時には、すでに懐へ踏み込んでいた。


「これで……終わりだッ!」


闇を纏わせた拳をみぞおちに叩き込む。


「――ぐっ……黒龍、さま……っ」


彼女は嗚咽を漏らし、大きく仰け反ると、そのまま力なく崩れ落ちた。

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