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英雄強化計画①

俺の名はカケル。

魔王アビス様の、ほんの出来心――いや、好奇心によって、俺は現代世界からこの異世界へ召喚された。


元の世界に帰るため、俺は魔物娘たちと旅を重ねてきた。

数々の町を巡り、時に人の闇と向き合い、時に魔の力に呑まれそうになりながらも、仲間たちと共に歩んできたんだ。


そしてついに、諸悪の根源である先代魔王ヴァルギルスを打ち倒した。

だが、俺が選んだのは元の世界へ帰る道ではなく、この世界で仲間たちと共に生きる未来だった。


戦いは終わった――けれど、旅は終わらない。

一つの場所に腰を落ち着ければ、穏やかな日々が待っているのかもしれない。

けど俺は……まだ見ぬ世界を、この目で確かめたくて仕方がないんだ。


ありがたいことに、そんな俺のわがままにも、仲間たちは笑ってついてきてくれる。


新しい旅路は、まだまだ続く。


そして今、そんな俺には新たな試練が待ち受けていた。

それは命懸けでもなければ、世界の命運を左右するような戦いでもない。

だが俺にとっては、ある意味それ以上に厳しいものだった。


「うぐっ!」


木剣の一撃を受け止めきれず、砂地に背中から転がった。

追い打ちをかけるように振り下ろされた木剣を、辛うじて受け止める。


「どうしたカケル! しっかりしろ!」


鋭い声が飛ぶ。

目の前には、長い尻尾を後方へ伸ばし、木剣を構えるライアの姿があった。

そう――俺は今、街の訓練場を借りて、ライアと剣の稽古をしていた。


「あれ、剣ってこんなに重かったっけ……?」


思わず情けない声が漏れる。

握りしめた木剣を支えるだけでも、腕が悲鳴を上げそうだった。


「動きが鈍いぞ! そんなので私の相手が務まるか!」


ライアの叱咤が飛ぶ。

繰り出される木剣の一撃は重く、正確で、容赦がない。


「仕方ないだろ? もう俺はただの人間なんだから……」


苦笑交じりに返した。


かつての俺には、ヴァルギルスの闇の力が宿っていた。

肉体強化、驚異的な再生能力、そして瞬間的な転移……数々の能力が俺を支えていたんだ。


だが、ヴァルギルスを倒した今、その力は跡形もなく消滅している。

つまり、今の俺は闇の力に頼れない、ただの人間になったというわけだ。


「甘ったれるな! 私はそんな軟弱な男についてきたわけじゃないぞ!」


ライアは息一つ乱さず、木剣を俺の胸元へ突きつけた。

その切れ長の目には、真剣勝負さながらの鋭さが宿っている。

厳しい叱責に、返す言葉もなかった。


「わかってるって……でも、どうすればいいんだろうな」


ライアは木剣を下ろすと、腕を組んで少し考え込んだ。


「剣筋や相手の動きを読む力は悪くない。それは闇の力に頼ったものではなく、お前自身が経験を積んで得た力だ。だが今のお前は、剣に身体がついてきていないんだ」


その言葉は痛いほど正しかった。

闇の力を失った今、頭では動きを理解していても、身体が思うようについてこない。


「ん~……じゃあ、どうすれば……」


俺がため息交じりに漏らすと――


「お~、お二人さん! 精が出てるじゃねぇか!」


突然、背後から豪快な声が響いた。

振り返ると、肩で息をするトーラが立っていた。

額には汗が浮かんでいるものの、獣脚で地面を鳴らすその姿は、どこか元気に満ちあふれていた。


「トーラ、どこ行ってたんだ?」


「軽く走ってきたんだよ! あー、いい汗かいた!」


軽く? その汗と息遣いで?

どう考えても軽く走ってきたようには見えないんだが。


「それで、こっちはどんな塩梅よ?」


トーラがにやりと笑って問いかける。


「全然だ。相手にもならない」


ライアは腕を組み直し、あっさりと言い放った。


「うっ……そんな率直に言わなくても」


肩を落とし、情けなく空を見上げる。


「はっはっは! まぁ、今まで闇の力に頼りすぎてたってことだろ!」


トーラは楽しそうに笑い飛ばす。

悪意がない分、余計に心に刺さる。


「それで、カケルをどう鍛え直すべきか考えていたところだ」


「そんなもん、まずは身体作りからだろ」


思案するライアに対し、トーラは迷うことなく答えた。


「……ん?」


何だか嫌な予感がする。


「なるほど。確かに今のカケルには筋力が足りないな」


「カケルってひょろいもんな~」


ライアが顎に手を当てて頷く一方で、トーラは愉快そうに歯を見せた。


「トーラ、じゃあこうしよう」


ライアがトーラに歩み寄り、耳元で何やら囁いた。

声は小さく、俺には内容が聞き取れない。


「おっ、それはいいな! 楽しくなりそうだぜ!」


トーラが嬉しそうに声を上げると、二人は拳を軽く打ち合わせた。

その口元には、企みめいた笑みが浮かんでいる。


「お、おい。お二人さん? まさか……」


思わず一歩後ずさると、二人の視線が同時に俺へ向けられた。


◇ ◇ ◇


「まずは素振り千回だ!」


ライアが当然のように言い放った。


「せ、千回!?」


千回って、それはもう修行じゃなくて拷問だろ!?


「何を驚いている。剣士にとって素振りは基本中の基本だ」


ライアは涼しい顔で言い切った。


「まずは、その鈍った身体を鍛え直すぞ!」


「それはわかるけど、いきなり千回って……」


「口を動かす暇があるなら、剣を振れ!」


「うぐっ……わかったよ!」


覚悟を決め、木剣を構えた。

一度、二度と振り下ろす。

ライアの厳しい視線を受けながら、黙々と素振りを続けた。


――百回目。腕が重い。

――三百回目。足が震える。

――五百回目。もはや木剣が丸太にしか感じられない。


「死ぬぅぅ……!」


「おい、数えてるだろうな?」


ライアの尻尾が地面を一度叩いた。

その音に、疲れ切った身体がびくりと跳ねた。


「ひぃぃ……!」


――そして夕暮れ。


「千回……終わった……」


木剣を杖のように地面につき、どうにか身体を支えるも、息をするたびに肺が焼けるようだった。


◇ ◇ ◇


翌朝。

昨日の素振りが祟ったのか、全身がひどい筋肉痛に襲われていた。


「ぐっ……身体中が痛ぇ……」


そんな状態で迎えた二日目の特訓。


「おっし、今日はアタイの番だな! さぁカケル、これを担げ!」


トーラが威勢よく声を上げ、目の前に太い丸太を置いた。


「ま、丸太……?」


昨日の素振りで身体中が痛むというのに、今度はこれか。


「ほらほら、ぐずぐずすんな! 筋肉は裏切らねぇんだ! 担いで走れぇぇ!」


「う、うわぁぁぁぁっ……!」


必死に丸太を持ち上げると、肩にずしりと重みがのしかかり、膝が震えた。


「背筋を伸ばせ! 足を止めるな! そうだ、その調子だ!」


「はぁっ、はぁっ……無理だぁぁ……!」


そんな俺をよそに、トーラは獣脚で力強く地面を蹴りながら、こちらを振り返った


「ほら、いい顔してんじゃねぇか! その苦しみが成長に繋がるんだよ!」


「ぐっ……くそぉぉ……!」


歯を食いしばり、どうにか一歩ずつ前へと進んだ。

荒い呼吸を繰り返すうちに、視界が揺らぎ始める。

それでも、不思議と心は折れなかった。


「やれる……俺はやれる……!」


「その調子だカケル! 限界はいつだって、自分が決めてるもんだ! ぶち壊せ!」


トーラの声に背中を押され、重い足を動かし続けた。


――そして、ようやくゴール。


「はっはっは! よくやったなカケル!」


トーラの豪快な笑い声が響く。

肩から丸太を下ろした途端、彼女の大きな手が背中をバシバシと叩いてきた。


「ぐほっ!?」


鉄槌のような衝撃に、肺の奥に残っていた空気が押し出され、喉から情けない声が漏れた。


「も、もう無理……」


膝から崩れ落ち、そのまま地面に突っ伏した。

砂と汗が混じった匂いが鼻を刺す。

全身が鉛のように重く、腕も足も自分のものではないように震えていた。


「まぁ……何か面白そうなことをしてると思ったら」


聞き慣れた声に顔を上げると、そこにはリリアが立っていた。

陽射しを背に、長い髪をなびかせながら、腕を組んで俺を見下ろしている。

その口元には、俺の疲れ果てた姿を楽しむような笑みが浮かんでいた。


「アンタたち、いったい何やってるのよ」


続けて現れたセレナは、腰に手を当てながら俺をじろりと見つめた。

その表情には呆れが滲んでいたが、髪の蛇たちはどこか心配そうにこちらを覗き込んでいた。


「特訓だ。カケルを強くするためのな」


ライアが堂々と胸を張って答えた。


「強くなる前に死にそうになってない?」


「大丈夫さ、この程度じゃ死なないぜ。なぁカケル!」


セレナの言葉に、トーラが豪快に笑いながら返す。

その声がやけに遠く聞こえた。


「うぅ……」


返事をする余裕もなく、呻き声を漏らすのが精いっぱいだった。


「はぁ……まったく、これだから熱血バカは」


セレナは肩をすくめ、やれやれと首を横に振った。


「カケルさん、大丈夫ですか?」


エリシアが駆け寄ってきて、俺の傍らに膝をついた。

その澄んだ瞳が、心配そうに俺を見つめている。


「……エリシア。だい……じょうぶだ」


喉からどうにか声を絞り出すと、エリシアは安堵したように微笑み、胸に手を当てた。


そのとき、背後から誰かが近づいてくる気配がした。

顔を向けると、大きな一つ目を潤ませたエルザが立っていた。

彼女はどこかぎこちない足取りで、俺の傍らへと歩み寄ってきた。


「……がんばって、えらいえらい」


その不器用な優しさに、胸の奥がじんわりと温かくなる。

疲れ切った身体も、ほんの少しだけ軽くなった気がした。


「自分磨きか。うむ、よい心がけだな」


最後に歩み寄ってきたのはヴァネッサだった。

陽射しを受けて銀の髪を輝かせながら、優雅な足取りで俺の傍らに立つ。

その眼差しは、まるで愉快な余興でも眺めているかのようだった。


「お前らもカケルを特訓してみるか?」


トーラが皆を見回し、にかっと笑った。


「なんでそうなるのよ。私たちは肉体派じゃないのよ?」


セレナがすかさず反論する。


「なにも身体を鍛えるだけが特訓じゃねぇ。各々得意なことを教えればいいのさ!」


トーラはそう言って、得意げに胸を張った。

仲間たちの視線が次々と俺に向けられる。


……おいおい、まさか本気でやるつもりじゃないだろうな?

地面に突っ伏したまま、成り行きを見守ることしかできなかった。

――どうやら、特訓はまだ始まったばかりらしい。

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