あの日の想いと、まだ見ぬ明日③
「私?」
「そうよ。さっきからアタシたちのことばっかり言ってるけど、リリアはどうなの?」
「どうって言われてもねぇ……」
「誰か気になる相手くらいいないの?」
「今はいないわよ」
「じゃあ、今まで好きになった人は?」
「今まで……?」
そう聞かれて、思い浮かぶ人なんて一人しかいない。
クラリーチェの結婚話を聞いていた時にも思い出した、あの人だ。
「そういえば、自分もリリアからその手の話を聞いた覚えがないな」
「言われてみれば、わたくしもないね」
気がつけば、三人の視線が揃って私へ向けられていた。
「そうね。昔、一人だけいたわ」
「えっ!? やっぱりいたんじゃない!」
途端にクラリーチェが声を上げる。
「それで、どんな人だったの?」
「そうねぇ……」
あの人と過ごした時間は、決して長くはなかった。
それでも、あの人が私にくれたものは、今もこの胸に残っている。
「私のことを、ちゃんと見てくれる人だったわ」
「リリアのことを?」
「ええ。私がサキュバスだからとか、魔族だからとか……そういうことじゃなくてね」
あの人と出会うまで、そんなふうに誰かから見てもらえるなんて思ってもいなかった。
「……なんか、いいわね。そういうの。だって、ちゃんとリリア自身を見てくれてたってことでしょ?」
「そうね。だから嬉しかったのかもしれないわね」
あの人と過ごす時間は、不思議と気負わずにいられた。
何気ない会話を交わすだけでも、いつしか心が安らぐようになっていた。
「なるほど。それで君はその者に惹かれたのか」
ベロニカが納得したように頷く。
「ふむ。君がそう語るくらいだ。よほど大切な相手だったのだろうね」
「……ええ。とても大切な人だったわ」
口にしてから、ほんの少しだけ胸の奥が揺れた。
あの人が大切だったことは、今も変わらない。
「……だったって、今は?」
クラリーチェの声が、先ほどまでより少しだけ静かになる。
「……もう、いないのよ」
それまでの賑やかさが嘘のように、誰も何も言わなかった。
「……ごめん、リリア。アタシ……」
「謝らなくていいのよ。もうずっと昔のことだもの。それに、こうしてあの人のことを話せるのは、嫌じゃないわ」
あの人を失った悲しみが、消えたわけではない。
きっとこれからも、忘れることなんてない。
それでも今は、悲しかったことだけじゃなくて、あの人と出会えたことも大切にしたいと思える。
「だから、そんな顔しないで。ね?」
「……うん」
まだ気にしているみたいだけど、クラリーチェの表情は幾分和らいだ。
「しかし、少し意外だったな」
「何がかしら?」
「リリアがそういう話をしてくれることが、だ。自分は今まで一度も聞いたことがなかったからな」
「ふむ。それはわたくしも同感だね。君は人の話にはよく首を突っ込むというのに、自分のこととなると案外話さない」
「あら。そんなことないわよ?」
「いや、あるだろう」
ずいぶんきっぱり言ってくれるわね。
「じゃあ、今日は特別ということにしておこうかしら」
「でも、リリアならきっとまた素敵な人に出会えるわよ」
「まあ。ずいぶん簡単に言ってくれるのね」
「いいじゃない。これから先、どんな出会いがあるかなんて誰にもわからないんだから」
「ふむ。それについては、わたくしも否定はできないね」
「リリアならば、きっと良き縁にも恵まれるだろう」
まったく、三人とも。私のことなのに、ずいぶんと親身になってくれるのね。
「そうね。いつか、そんな人に出会えたらいいわね」
◇ ◇ ◇
お茶会を終え、アビス様の待つ玉座の間へと戻った。
扉をくぐると、玉座に腰掛けたアビス様が、手元の書簡から顔を上げられた。
「戻ったか、リリア」
「はい、アビス様。ただいま戻りました」
玉座の前まで歩み寄り、一礼する。
傍らの卓上には、各地から届けられたのであろう書簡が何通も積まれていた。
「留守の間、何かございましたか?」
「各地からの報告に目を通していたところだ。相変わらず、問題は山積みだな」
「……お疲れ様です、アビス様」
「何、これも魔王の務めだ。そう簡単に片づくものでもあるまい」
アビス様はそうおっしゃると、手元の書簡を卓上へ置かれた。
「ところで、今日のお茶会はどうだった?」
「ええ。いつもどおり賑やかでしたよ。それに、今日は嬉しい報告もありまして」
「ほう?」
「実は、クラリーチェが結婚するそうなんです」
「何? それはめでたい話ではないか」
「ええ。私も驚きました」
「それで、相手はどのような者なのだ?」
「人間の騎士だそうですよ」
その答えに、アビス様は嬉しそうに微笑まれた。
「そうか。それはなおさら喜ばしいことだな」
「アビス様なら、そうおっしゃると思っていました」
「当然だろう。人と魔が種族の違いを越えて結ばれる……我が望んできたことの一つだからな」
アビス様は玉座の背もたれに身を預けられた。
「我が魔物たちを変えたのも、人と魔が歩み寄れる世界を望んだからだ。争い続けるばかりでは、何も生まれぬからな」
「……ええ。ですが、まだ人と魔の間には隔たりがあります」
「うむ。我の力で敵意を和らげることはできても、互いを理解し、信じ合うところまでは叶えられぬ」
「……そうですね。最後は当人たちの意思に委ねられるのでしょう」
「ああ。だからこそ、クラリーチェたちのような者が現れたことを嬉しく思うのだ」
アビス様の言葉に、先ほどのお茶会で見せたクラリーチェの笑顔が浮かんだ。
「……ええ。私も、あの子には幸せになってほしいと思います」
「そうだな。ところで、式の日取りは決まっているのか?」
「そこまでは聞いておりませんが、決まれば知らせてくれると思いますよ」
「ふむ。ならば、祝いの品も考えておかねばならんな」
「あら、アビス様も贈られるのですか?」
「当然だ。大切な側近の一人なのだからな」
「ふふっ。きっとクラリーチェも喜びますよ」
「そうだとよいがな。何を贈ればよいものか……」
今度は結婚祝いに頭を悩ませていらっしゃる。
そんなアビス様のお姿が、なんだか微笑ましかった。
「でしたら、今度のお茶会でそれとなく好みを聞いておきましょうか?」
「ほう。それは助かる。頼んだぞ、リリア」
「はい、お任せください」
そう答えると、アビス様は満足そうに頷かれた。
アビス様に仕え、仲間たちと笑い合い、こうして日々を過ごしている。
いつの間にか、そんな時間が私にとって大切なものになっていた。
あの人がいない寂しさは、今も胸のどこかに残っている。
けれど、これから先も、きっといろいろな出来事が待っているのだろう。
そして、また誰かと出会うこともあるのかもしれない。
そんなことを思いながら、アビス様の傍らで、いつもの仕事へと戻った。
これにて、仲間たちの過去編はすべて完結となります。
それぞれが歩んできた道、そしてカケルと出会うまでの物語を、最後までお読みいただきありがとうございました。
彼女たちの旅は、これからも続いていきます。
今後とも『Re:Feather』をよろしくお願いいたします!




