あの日の想いと、まだ見ぬ明日②
「人間、だと?」
「やっぱり驚いた?」
「いや、そうではない。ただ、まだ人間と魔物娘の婚姻は珍しいからな」
「そう、よね」
「だが、君が選んだ相手なのだろう? ならば反対する理由などない」
「ベロニカ……」
二人の声を聞きながら、私の脳裏には一人の人間の姿が浮かんでいた。
私が愛した、たった一人の人間。
あの頃は、魔物と人間が共に生きることなんて考えもしなかった。
ましてや、こうして皆に祝福されながら結ばれる日が来るなんて。
「近年、人間と魔物娘が共に暮らす例は増えている。婚姻についても増加傾向にあり――」
「もう、モルガナ! 今はそういう話じゃないってば!」
「ふむ、しかしながら外交を務める君が婚姻したとなれば、我々魔物娘と人間の相互関係はより良好となり――」
「だから!」
三人が何かを話している。
けれど、その言葉はもう、ほとんど耳に入ってこなかった。
本当に、時代も変わったものね。
もし、あの頃もこんな時代だったなら――。
「リリア?」
「あら、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたの」
クラリーチェに声をかけられ、私は我に返った。
「もう。ちゃんと聞いててよね」
「ふふっ、ごめんなさい。それで、その人とはどうやって知り合ったの?」
「えっと、それはね……」
クラリーチェは頬を赤らめると、背中の黒い翼で自分の身体を包み込んだ。
あらあら。いつもはあんなに積極的なのに、こんな一面もあるのね。
「最初に会ったのは仕事の時ね。人間の外交官が魔王城に来た時に、その護衛をしていたの」
「ほう、騎士か」
ベロニカが興味深そうに頷く。
「ええ。最初はお互い意識なんてしてなかったわ。でも、何度か顔を合わせているうちに話すようになったの」
そう話すクラリーチェの顔は、どこか嬉しそうだった。
きっと、その頃のことを思い出しているのね。
「ふむ、馴れ初めとしては王道だね」
モルガナは納得したように頷いている。
王道かどうかはともかく、何度も顔を合わせて、言葉を交わして、その人のことを知っていく。
そうやって誰かを好きになっていくのは、きっと自然なことなのよね。
「それで? どっちから想いを伝えたの?」
「それは……向こうからよ」
クラリーチェは少し照れくさそうに答えた。
「では、どのような言葉で求婚されたのだ?」
「いつ頃から互いに好意を抱いていたのかね?」
ベロニカとモルガナから次々に質問が飛ぶ。
もちろん、私だって人のことは言えない。
友人のこんな話を聞ける機会なんて、そうあるものじゃないもの。
それからも私たちは、クラリーチェにあれこれ質問を重ねた。
最初こそ恥ずかしそうにしていた彼女も、話しているうちにすっかり調子が戻ったのか、一つ一つ楽しそうに答えてくれた。
「……まぁ、アタシから話したかったことはこんなところかな」
クラリーチェがそう言って話を締めると、ベロニカが大きく頷いた。
「うむ。改めておめでとう、クラリーチェ。君のこれからに祝福あらんことを」
「式を挙げるならば、ぜひ呼んでくれたまえよ。それまでにドレスの一着でも見繕わないといけないからね」
「あら、モルガナにしては珍しいわね」
思わずそう口にすると、モルガナは心外だとでも言いたげに眉を上げた。
「これでも最近は身なりを整えようとしているのだよ」
「どういう風の吹き回しだ?」
確かに、いつも研究や書物に夢中なモルガナが、自分から身なりの話をするなんて珍しい。
「もしかして、モルガナにもお相手ができたとか!?」
クラリーチェが期待に満ちた顔で身を乗り出す。
「何を言っているのだね? アビス様に言われて仕方なく、だよ」
「なーんだ。モルガナにもそういった話があるんじゃないかって期待しちゃった」
「君と違って、魔王城の外に出ることもほとんどないからね。それに、アンデッドはあまり受けが良くないと聞く」
そう言うと、モルガナの顔がふっと透け、白い頭蓋骨が浮かび上がった。
「まぁ、そんなこと気にしてたの?」
「さて、どうだろうね」
モルガナはいつもの顔に戻ると、何事もなかったようにお茶を口にした。
まあ、この反応を見る限り、本当にそういう相手はいないみたいね。
「じゃあ、ベロニカはどうなの? 誰か気になる人とかいないの? 城下町にもいろんな種族がいるじゃない?」
「じ、自分はそんな浮ついた話など!」
勢いよく身を乗り出した拍子に、ベロニカの首がぐらりと傾いた。
「お、おっと……!」
彼女は慌てて両手で頭を押さえ、元の位置へ戻す。
そんなに慌てなくてもいいのに。
「ふふっ。二人とも、仕事ばかりじゃなくて、たまには男性と交流してみたら?」
そんな二人をからかっていると、今度はクラリーチェの視線が私へ向けられた。
「そういうリリアはどうなのよ?」




