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一つ目鍛冶師の秘めたる強さ⑤

北へ向かう道は、荒れていた。

乾いた土がひび割れ、風が砂を巻き上げていた。

足跡も道標もなく、ただ広がる灰色の大地。


それでも、歩みは止まらなかった。

ただ、ずっと同じ言葉が離れなかった。


――もう、いなくならないで。


誰にも聞こえない、小さな願い。


やがて、荒野の中心で人影が揺れた。

最初は蜃気楼のようだった。

けれど、近づくほど輪郭がはっきりしていった。


逆光に照らされた鱗。

伸びた尻尾。握られた剣。


息が詰まった。

やっと見つけたのに、その背中はあまりにも遠く思えた。


声もうまく出なかった。

それでも絞り出すように呼んだ。


「……ライア」


その瞬間、影がわずかに動き、ゆっくりと振り返った。


そして、その目が見えた。

鋭い。荒んでいる。

迷いも温度もなく、ただ前だけを睨む戦士の目。


かつて訓練場で見せていた無邪気な光は、どこにもなかった。


胸が痛んだ。

まるで、自分の知らない誰かを見ているみたいだった。


でも――確かに、ライアだった。

唇が震えた。言葉が追いつかなかった。

そのとき、ライアがかすかに目を細め、呟いた。


「……エルザ?」


名前を呼ばれた。

それだけで、膝が崩れそうになった。


会いたかった。伝えたかった。追いつきたかった。


だけど返ってきた声に、再会を喜ぶ響きはなかった。

警戒と苛立ちの混じった、低い声音だった。


「……なんで、ここにいる」


「……会いたかったから、来た」


ただ、思ったままを口にした。


「ふざけるな」


吐き捨てるような声音には、相手を遠ざけるための棘があった。

それでも視線をそらさず、言葉を返した。


「ふざけてない……真剣」


その瞬間、ライアの目が鋭く細められた。

昔感じたものとは桁違いの圧が、こちらへ向けられた。


「私は会いたくなかった……誰とも」


その言葉は、刃より痛かった。

それでも、聞かずにはいられなかった。


「どうして……いなくなったの?」


沈黙が落ちた。

風と砂と夕陽だけが時間を進めていた。

やがてライアは、感情を押し殺した声で答えた。


「……強くなるためだ」


その言葉は短く、驚くほど冷たかった。


「私が……手伝う」


その申し出に、ライアの眉がぐっと歪み、噛みつくように言い放った。


「いらない。私は、一人で戦えるんだ」


その口調には自信があった。

だけど、その自信はどこか空洞を抱えているように思えた。

その違和感が確信に変わり、小さく首を振った。


「……嘘」


ライアの目がぎらりと光を帯びた。


「嘘じゃない。私は強くなったんだ」


「……違う」


「何が違うっていうんだ」


「ライアは……強さを間違えてる」


「お前に……何がわかる。私がどれだけ戦ってきたか。どれだけ倒してきたか」


「でも……満たされてない」


「黙れ!」


乾いた風が砂を巻き上げた。


「これ以上踏み込むなら……お前でも容赦はしない」


ライアの手が、剣の柄にかかった。


(……怖い)


一度も“戦い”をしたことがない。

鍛冶場で槌を振り続けてきただけの、鍛冶師の娘。


でも――逃げられない。

逃げたら、一生追いつけない。


大槌を握り直し、息を吸い込んだ。


「……うん。いいよ」


夕陽が二人の影を重ね、その境界線を曖昧にした。

ライアが目を細めて睨みつけた。


「本気か? 鍛冶師のひよっこに何ができる」


「――ライアを止められる」


次の瞬間、ライアが地を蹴った。

その動きは迷いがなく、流れるようで、綺麗だった。


同時に、息が詰まりそうなほど速かった。

剣が振り下ろされ、反射的に大槌を構えた。


ガンッ!!


衝撃が腕から肩、背中まで一気に突き抜けた。

足が土にめり込み、呼吸が乱れた。


(……っ、重い……!)


ライアの攻撃が次々と迫った。

受け止めるだけで精一杯だった。

ただ、必死に立っていた。


「まだやるのか?」


「……うん」


ライアがわずかに体をひねった。

その瞬間、嫌な勘が走った。


(来る――!)


斜め上から、肩口を断ち割るような鋭い袈裟斬り。


逃げる暇なんてない。

受け止めなきゃ――死ぬ。


大槌を振り上げた。

振り下ろされる軌道に合わせ、剣の“芯”へ角度を合わせた。


ガァンッ!!


火花が散り、耳が痛くなるほどの衝撃音が響いた。

剣と大槌がぶつかったのは――刃ではなく、刀身の中心。

鉄と鉄が軋み、手の骨が砕けそうなほどの重みが腕に食い込んだ。


剣の勢いを殺した。

真正面から受け止めたんじゃない。

“合わせた”んだ。


ライアの目がわずかに揺れた。


「っ……!」


(届いた……!)


でも、その一瞬が終わる前にライアが踏み込んだ。


「それがどうした!」


力で一気に押し返され、体勢が崩れた。

刹那、ライアの尾が閃いた。


バシュッ!


「っ――!」


腹に衝撃が走り、息が抜けた。

膝から崩れ落ち、地面に倒れ込んだ。

大槌が手を離れ、転がっていく音が遠くに聞こえた。


(……痛い)


でも、それ以上に――


(ライアが、遠い)


影が覆いかぶさった。

見上げると、剣先が喉元に向けられていた。


冷たい。本当に、終わってしまうみたいだった。


「言い残すことは」


「……ある。私の勝ち」


「何を――」


ミシ……


手元から、小さな音がした。

ライアの剣に細い亀裂が走った。


パキン


刃が根元から折れ、砂の上に転がった。


ライアの手が震えていた。

信じられないものを見るような目だった。


「……なに?」


「……ライア。剣の手入れ……してない」


本当は、責めたいんじゃなかった。

ただ――気づいてほしかった。


ライアは折れた柄を見つめ、呟いた。


「私の剣が……負けたって……言うのか」


「違う。負けたのは……“強さの考え方”」


折れた刃が、カラン、と乾いた音を立てた。

その音を聞いた瞬間、ライアが膝をついた。


俯いたまま、拳を握りしめて震えていた。

強さを誇っていた背中が、小さく見えた。


(……苦しかったんだ)


倒すことだけを追い続けて。

一人で、誰にも寄りかからず。


だから、背負っていた布包みを解いた。

ずっと抱えて旅をしてきた、一本の剣。


息を整え、ライアの前に立った。

震える手を伸ばし、剣を差し出した。


「……ライア」


ライアが顔を上げた。

その目には、戸惑いの色が浮かんでいた。


「これ、私が……ライアのために、打った」


ライアは何も言わず、差し出された剣を見つめていた。

両手でそっと受け取ると、重さと均衡を確かめるように剣を持ち、刀身へ指を添えた。


昔の、粗くて歪んだ剣じゃない。

刃はまっすぐに伸び、鍔にも揺らぎがない。

芯には折れない意志を込めた。


「これ……本当に……お前が?」


「……うん。私も……強くなったから」


力の意味は違う。倒す力じゃない。


折れずに立ち続ける力。

誰かに向かって手を伸ばす力。

それを、やっと言葉にできた。


ライアは剣を見つめたまま、長く黙っていた。

夕風が、二人の間を吹き抜けた。


やがてライアが小さく息を吐いた。

その顔は、戦士の険しさよりも、あの頃のライアに近かった。


「一緒なら……もっと強くなれるよ」


強さを“分け合える”ってことを、やっと伝えられた。


ライアはゆっくりと私を見上げる。

その瞳に、わずかだけど光が戻っていた。


「……ありがとう」


その一言だけで十分だった。

そっと手を差し伸べる。


「行こう。もっと強くなるために」


ライアはしばらく俯いたまま動かなかった。

けれど、やがてその手を掴んで立ち上がった。


「……ああ。二人でな」


夕陽の中で、私たちの影が並んだ。

同じ長さで、同じ方向へ伸びていく。


どこへ辿り着くかなんて、わからない。

何が待っているかも、知らない。


それでも、一人で歩くより、きっといい。

強さの答えを探す旅は、ここから始まるんだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

エルザとライア、二人が共に旅をするようになるまでのお話でした。


それぞれ違う形で「強さ」を求めていた二人。

この旅の先でどんな経験を重ね、今の二人へと繋がっていったのか。

本編での彼女たちの姿も、少し違って見えてもらえたら嬉しいです。

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