一つ目鍛冶師の秘めたる強さ④
翌朝。夜明け前。
工房にはまだ冷たい空気が残っていた。
母が黙って炉に火を入れた。
赤い光が鉄を照らし、影が揺れた。
私は槌を握った。
その重さが、これまでとは違って感じられた。
火花が散り、腕に熱が刺さる。
肌がじりじりと焼けるように痛んだ。
何度も鉄を叩く。
叩いて、叩いて、叩き続ける。
形になったと思えば、次の瞬間、砕けた。
床に落ちた破片が冷たい音を立てる。
「弱い。やり直し」
母の言葉に返事もせず、また炉に鉄をくべた。
別の日。
手袋の中で、指先の震えが止まらなかった。
槌を握る力が抜けても、母は助けなかった。
「迷いがある。打ち直せ」
息を吐き、再び槌を振り上げた。
季節が変わった。
工房の窓から吹き込む風の匂いが違っていた。
外に出ることもほとんどなかった。
訓練場にも行かなかった。
ただ鉄と火と槌の音だけが、時間を進めた。
夜遅くには、腕も上がらなくなっていた。
それでも、浮かんだ言葉はひとつだけ。
「……友達、だから」
その言葉が、次の一打を振らせた。
ある日。
打ち続けてきた鉄を炉から取り出したとき、母が初めて言った。
「迷いがない」
槌を振り上げた。
息を止め、力を込めて一撃。
工房が静まった。
鉄は、剣になっていた。
歪みはなく、刃は鋭い。
かつて打った未熟な剣とは違う。
“実戦で使える武器”だった。
「――形になった」
母の一言に、長く息を吐いた。
震えは、もうなかった。
◇ ◇ ◇
工房の扉を開けたとき、空はまだ藍色で、夜と朝の境目が揺れていた。
大槌と新しい剣と旅の荷物を抱えて立った。
息を吸うと冷たい空気が肺に落ちて、身体がわずかに強張った。
そのとき――足音がした。
振り向くと、家の前の通りに二つの影が立っていた。
ライアの父と母だった。
ライアの父は、少し寂しげに笑った。
「ライアを……頼むよ」
その言葉は重くて、でも温かかった。
返事は喉に引っかかって出てこなかった。
ただ、強く頷いた。
ライアの母は何も言わなかった。
じっと、私を見つめていた。
母が工房の入口に立っていた。
無言で、ライアの母と視線を交わした。
二人の間に言葉はなかった。
でも、交わされた一瞬の眼差しには、互いに何かを伝え合うようなものがあった。
この二人は、ずっと互いを理解していたのかもしれない。
その視線の意味を全部は分からなかった。
それでも、背中を押されたような気がした。
父の声が、小さく届いた。
「気をつけて行くんだぞ」
母は背を向けたまま言った。
「鉄は打てば応える。心も、だ」
父も母も、ずっと私を見守ってくれていた。
とくに母は、鍛冶を教え、最後まで付き合ってくれた。
厳しくて、口数も少なくて。
それでも、その背中から教わったものは数え切れない。
二人の姿を、しっかりと目に焼きつける。
それから、前を向いて一歩踏み出した。
ライアに届けるために。
あの日の答えを手にするために。
まっすぐに。
◇ ◇ ◇
旅は、思っていたよりずっと厳しかった。
地図の読めない道。乾いた風。
知らない街の知らない人たち。
街をひとつ越えては、また次の街へと歩いた。
人が集まる場所――酒場、宿屋、市場。
扉を開けるたび、ざわめきと視線が刺さった。
話すのは苦手だった。
知らない相手なら、なおさらだ。
それでも、必要な言葉だけを投げた。
「……リザードマン。女。戦士。知らない?」
曖昧に笑ってはぐらかす者には、黙って一つ目を向けた。
逃げ場のない視線。
それだけで、相手は言葉を飲み込み、ぽつりと情報を漏らすこともあった。
旅は孤独で、眠れない夜も多かった。
槌を抱いて眠る日もあった。
それでも、止まらなかった。
――必ず会う。
その想いだけが、足を前へ進ませた。
ある街の酒場。
埃っぽい空気、酔客の笑い声、木製のテーブルに刻まれた傷。
その中で、ふと耳に入った。
「最近有名なんだとよ。若いリザードマンの戦士がな」
「賞金首を次々倒してるらしい。腕は確かだとよ」
席に近づき、低く問いかけた。
「……その戦士。どこに?」
男は驚いたように私を見上げた。
「北の荒野だ。賞金稼ぎの連中が集まる場所だよ」
深く頭を下げると、すぐに酒場を飛び出した。




