一つ目鍛冶師の秘めたる強さ①
私はエルザ。サイクロプスの魔物娘。
そして――鍛冶屋の娘。
物心ついた時から、私の世界には火と鉄の匂いがあった。
言葉よりも音が多い場所。
語り合うより、打ち鳴らす場所。
そんな鍛冶場が、私の“はじまり”だった。
サイクロプスは、昔から“目が一つ”というだけで恐れられてきた種族だ。
感情が読めないとか、いつも怒っているように見えるとか。
人間はよくそう言う。
けれど、私たちにとって目は一つで十分だった。
一つだからこそ、逸らさない。迷わない。
見つめたものを、まっすぐに捉える。
昔のサイクロプスは山奥にこもり、戦うための武具を作り続けていたらしい。
無骨で、大柄で、筋肉質。
言葉より腕力がものを言うような種族だったという。
でも今は少し違う。
魔王が変わり、世界が変わり、サイクロプスも姿を変えた。
皆女性になり、外見も人間に似た。
それでも単眼だけは変わらなかった。
きっと、それだけは変えられない“核”なんだと思う。
◇ ◇ ◇
私は幼いころから、近所の同い年の子たちと遊ぶことはほとんどなかった。
楽しそうな声が外から聞こえると、少しだけ気になって覗くことはあった。
一度だけ、輪の中に入ろうとしたことがあった。
けれど、誰かが小さく言った。
「……一つ目、怖い」
その言葉に続きはなかった。
皆が黙って、少しだけ距離を取った。
泣きたかったわけじゃない。怒ったわけでもない。
ただ、それ以上近づく理由が見つからなかった。
それ以来、遊ぼうとは思わなくなった。
でも、不思議と寂しさはなかった。
なぜなら――鍛冶場の方が、ずっと落ち着いたから。
火の音は嘘をつかない。鉄は裏切らない。
言葉なんて、必要なかった。
鍛冶場の奥には、いつもお母さんがいた。
無言で鉄に向き合い、槌を振り下ろす背中。
火花が散るたび、影が揺れる。
その背中は、幼い私にはとても大きく見えた。
お父さんは横で明るい声を響かせていた。
「今日の仕上がりは最高だぞ!」
「客がまた喜んでた!」
笑いながら話す声が、火の音と混ざって鍛冶場を満たしていた。
私は入口の隅に座り、ただ見ていた。
火は熱く、鉄は重い。
何もできなかったけれど、それでよかった。
叩く音。散る火花。焼けた鉄の匂い。
それらが胸の奥に、静かに降り積もっていった。
ある日、お父さんが私に気づいて言った。
「エルザ。飽きないのか?」
私は首を振った。
飽きる、という感覚はなかった。
目を離したくなかった。
お母さんは鉄を見たまま、一言だけ告げた。
「続ければ、形になる」
説明も、それ以上の言葉もなかった。
でも、その言葉はずっと耳に残った。
その日から、鍛冶場の火のそばにいる時間が増えた。
言葉はいらなかった。見ているだけで十分だった。
そんな日々の中で、私は鍛冶場の外にも、もう一つの“熱”を見つけることになる。
◇ ◇ ◇
鍛冶場の裏手には、小さな訓練場があった。
土と砂が混ざった地面には、踏みしめた跡がいくつも残っていた。
そこでは毎日のように、一人の少女が剣を振っていた。
彼女の名前はライア。リザードマンの魔物娘。
歯を食いしばり、何度倒れても立ち上がる子。
言葉を交わしたことはなかった。
汗で髪が張り付き、膝に土がついても、ライアは止まらない。
剣はまだ身体より大きく、扱いきれていないように見えた。
けれど彼女は何度も何度も剣を振るった。
私にはできない動きだった。
火のそばで静かに座っている私とは、違う世界の人のように思えた。
それでも――目を逸らせなかった。
訓練場にはライアと、彼女の母の姿があった。
母は鋭い声で指示を飛ばし、容赦なくライアを攻め立てていた。
倒れても立たされ、振れなくても構えさせられる。
言葉は厳しく、甘さはなかった。
訓練場の端から、その光景をじっと見ていた。
火とは違う熱。鉄とは違う音。
胸の奥がじわりと熱くなるのを、言葉にできなかった。
何日も、何度も。
鍛冶場と訓練場を行き来しながら、同じ背中を見つめ続けた。
そしてある日。
訓練場にはライアだけがいた。
母の姿はなく、静かな夕暮れだった。
いつものように、遠くから見ていた。
ライアは剣を振り終え、ふっと息を吐き、こちらに目を向けた。
一つ目と二つの目が、まっすぐぶつかった。
ライアはこちらに歩いてきて、立ち止まると不思議そうに言った。
「……なぁ。ずっと見てるけど――何が楽しいんだ?」
答えられなかった。
言葉が見つからなかった。
楽しい、という感覚ではなかった。
でも、離れられなかった。
沈黙が落ちた。
夕日の色が少し濃くなった。
ライアは少しだけ困ったように笑った。
「まぁ……いいけどさ。変な奴だな、お前」
その言葉は不思議と嫌じゃなかった。
夕暮れの風が少しだけ涼しくて、胸の奥が静かに落ち着いた。
ライアは剣を肩に担いだまま、じっとこちらを見つめた。
「……お前、名前は?」
「……エルザ」
自分でも驚くほど、小さな声だった。
けれど、自分から誰かに名前を伝えたのは、初めてのような気がした。
「ふーん。エルザ、か。覚えとくよ」
それだけだった。
握手も、笑顔も、約束もなかった。
でも、その一言が胸に残った。
名前を呼ばれる未来が、ほんの少しだけ想像できてしまった。
その日から――私たちは、同じ場所にいるようになった。
言葉は少なくても、笑いあわなくても。
火と鉄のそばで育った私の世界に、初めて“誰か”の名前が刻まれた。




