この拳は守る為に⑤
鉱山が閉鎖されて数日。
町づくりは、まだまだ混乱だらけだった。
瓦礫を片づけて、崩れた建物を直して、使えそうな資材をかき集める。
やることはいくらでもあって、気がつけば日が暮れていた。
でも、殴られないで働けるってだけで、皆の顔がだいぶ違って見える。
それだけで、こんなに空気が軽くなるなんて知らなかった。
(……悪くねぇな、こういうのも)
汗を拭って空を見上げてると、後ろから声を掛けられた。
「トーラ、ちょっといいか?」
振り返ると、レオンが立っていた。
手には丸めた紙を持っている。
「なんだよ? 今度は何するんだ?」
「いや、今日は“相談”だ」
レオンは手にしていた紙を広げた。
そこには町の地図と、いくつかの印が描かれていた。
「自警団の設立案だ」
「じけい……団?」
聞き慣れない言葉に、思わず首をかしげる。
「外から来る盗賊や害獣への対処。災害が起きたときの避難誘導。住民同士で揉め事が起きたときも、誰かが間に入らなきゃいけない」
なるほど。
鉱山が動いてた頃には、そんなこと考えたこともなかった。
「……俺がまとめ役になる。トーラ、お前にも力を貸してほしい」
「……アタイが?」
レオンはまっすぐアタイを見て、言葉を続けた。
「お前が縛られるのを嫌うのはわかってる。だから、無理に役目を押しつけるつもりはない。ただ、何かあった時に力を貸してくれる奴が必要なんだ」
(アタイが……町を守る? そんなこと、本当にできんのか?)
ずっと力を怖がられて、抑え込まれて、“危険だから縛っておくべき奴”みたいに扱われてきたのに。
でも、あの日アタイが拳を振るったのは、ただムカついたからじゃない。
目の前で怯えてる奴らを、見捨てられなかったからだ。
今まで怖がられるだけだったアタイの拳が、誰かを守るために使える。
そんな日が来るなんて、考えたこともなかった。
「……いいぜ。アタイにできることがあるなら、やるよ」
「ああ。頼りにしてるよ、トーラ」
こうして、アタイは自警団の一員になった。
◇ ◇ ◇
自警団の仕事を始めてから、一つ季節が過ぎた。
かつて泣き声と怒号が響いていた町では、今じゃ朝になると子どもの笑い声が聞こえる。
誰も怒鳴られず、誰も縛られない。
働いてる奴らの顔つきも、夜の空気も、前よりずっと柔らかくなった。
瓦礫だらけだった坂道には、新しい家の骨組みが立ち並び、壊れていた街灯にも灯りが戻り始めている。
(……変わったな、この町も)
アタイは見回りの途中で足を止め、大きく息を吸った。
昔は、ここはただの“鉄の檻”だった。
アタイの力は怖がられて、拳を振るうこともできなくて、
逃げるでもなく、変えるでもなく――ただ、拳を閉じて立ってるだけの場所だった。
でも今は違う。
あの時、“守りたい”と思って振るった拳が、この町の最初の一歩になった。
「……アタイも変わったもんだよな」
ぼそっと笑うと、胸の奥がじんわり温かくなる。
町が変わると、人の顔も変わる。
人の顔が変わると、アタイの胸の中も変わる。
不思議なもんだ。
アタイがここで得たのは“力の使い方”じゃない。
誰かが笑う場所を、自分の手で作っていけるんだって実感だ。
空を見上げると、夕陽が赤く傾いて町を照らしていた。
かつて血と埃の色に見えていたこの赤が、今日は妙にあったかくて――まるで、この町の未来が灯り始めてるみたいだった。
「この拳も……悪くねぇ使い道があるじゃねぇか」
拳を軽く握り、夕陽に向けてぐっと突き出す。
この町は、もう檻じゃない。
アタイの“生きていい場所”になった。
だからこそ、いつかこの町を出て、新しい景色を見に行くことだって、きっとある。
その時は、胸を張って出ていける。
だってここは、帰れる場所になったんだから。
トーラの過去編、最後までお読みいただきありがとうございました。
今では豪快で頼れる姉御肌のトーラですが、彼女にも自分の力に悩み、その拳を振るえなかった時代がありました。
そんな彼女が、なぜ「誰かを守るため」に拳を振るうようになったのか。
少しでも本編のトーラを、より身近に感じてもらえたら嬉しいです。




