28、黄色に黒い横縞が入った狼
蛇を倒した猿ではない様だがこの洞窟にいる魔物に弥叉より弱い魔物は見た事がない。
どいつもこいつも50以上で最弱でも40は余裕にある。
最弱であっても格上に違いはなかった。
まともにやっても勝ち目はない。
心臓は高鳴り、額に冷や汗が流れる。
緊張で膠着した身体を何とか動かし逃走に謀ろうと後退への一歩を踏もうとした。
しかし猿は見逃してはくれなかった。
距離を一気に詰めてくる動作に猿が腕を上げているのが見え咄嗟に顔を腕で守った。
その直後、腕に今まで味わった事もない様な衝撃に襲われ衝撃が抑えきれずに身体は地面に転がりながら飛ばされた。
身体が止まっても痛みは止まる事はなく涙が出そうな程痛いのを堪えながら腕の状態を確認する。
両腕は蹴られた前腕が折れていた。
感覚はあるので神経は大丈夫だと判断したが一撃で骨が粉砕骨折になってしまっていてまともに動かなくなっている。
だが幸か不幸か猿との距離が開くことが出来た。
このチャンスを逃すまいと弥叉は折れた腕を治すより先に身体を逃走する為に走らせた。
それから激痛が走る両腕を何とか動かしアイテムボックスから生命花を取り出し食べる。食べた途端、腕の痛みが引いていき動かしづらかった感覚が消えていった。
走るのに集中する。後ろを振り向くと猿は追ってきていない。
(逃げ切れるか?)
そう思って前を向いた所で足に痛みが走った。
足が前に出ない所為で走っていた身体はその場に前のめりになって転がってしまう。
何が起きたのかと痛みが走った足を確認すると足は血が付き赤く腫れ出していた。
何が起きた?
その答えは再度振り向き猿との距離を確認して理解した。
石を掴み投げる動作に入った猿が映り投げられた石はプロ野球選手顔負けの速度とコントロールで顔に向かってくる。慌てて倒れた体を転がし何とか避けると投げた本人である猿はキャッキャッと喜んで頭上で手を叩いている。
その行動は敵と戦うでも獲物を狙うでもなく弥叉をオモチャにしか見ていなかった。
この猿完全に遊んでやがる。
「グッ・・ハァハァ」
今度は特回復草を食べてHPだけを回復するが身体が戻っても猿が遊んでいると分かっても状況は何も良くならない。
立ち上がった俺を見て石を掴み投げてくる。
さっきの状態では避けるのに必死で分からなかったが徐々に猿の距離が詰められている。
投げられる石は速度の速さから転がって避けないと避けきれず連続で来られると避けきれなくなる。
なので2発目を避けて立ち上がった背中に再度命中した。
「ガぁ・・・」
呻き声を上げながらまた回復をしようとしたが、二つ目の石が弥叉に当たるまでの間に距離を詰めていた猿が蹴りのモーションで近くにいた現れた事で中断せざる得なくなる。
弥叉はモーションに合わせて身体を後ろへと飛ばし何とか蹴りの威力を逃がそうとする。
蹴られた弥叉は身体が高く浮かび天井に届きそうな高さから地面に打ち付けられる。
またガードした腕から鈍い音が聞こえてくる。
落下の衝撃も逃す事ができず相当の激痛が身体中を襲ってくるがやはり弥叉の行動は回復をする事しかなかった。
今度こそ特回復草を食べることができHPを回復する。
弥叉は何かに逃げる為の物はないかと考え、一種の望みをかけ中級鑑定を使用した。
ネオクレイジーモンキー
種族:猿人種 レベル43 状態:普通
これだけであった。
確かにレベルと相手の状態が見れるようになり進化で能力が上がったようだが、今この瞬間を打破する糸口は掴めない。
打つ手がない。
思い至った弥叉は遂に張り詰めていた糸が崩壊した。
「うわぁああーー!!」
もう他の魔物も来るからなんて理由で堪えていた意味のない叫びを上げ、ネオクレイジーモンキーの反対方向へと逃げ出した。
既にさっき逃走に失敗したばかりの弥叉が距離もさっきより離れていない状態で無様に逃げ出した所でこのまま逃走できるなんて道理は存在しない。
すぐにその逃走も出来なくなる。
弥叉の倍の速度で近づいたネオクレイジーモンキーによって壁に叩き付けられた。
受け身も取れず壁にぶつかり荒い息を吐きながらズルズルと滑り落ちていく。受け身が取れなかった為、頭が壁に当たり脳震盪をきたした視界は揺れ動いて上手く見えなくなっていた。
立ち上がることが出来ず猿が近づいているのに体が動かない。
生命花を食べて回復したいのに体が上手く動かずそれすらできない。
(終わった)
もう指を動かすぐらいの力しか残っていない。
それに今の状態じゃどうにもならない。
仮に回復しても再度同じ状態になるだけで全てが無駄だと思ったからだ。
揺れる視界にもう身体に触れられる距離に来ているネオクレイジーモンキーが止めを刺そうと腕を振りかぶり―――――――――
ドサッ
「ンア!?」
風が吹き抜けた。
耐えきれずに目を瞑ってしまい次には目を開けた時には視界からネオクレイジーモンキーが消えていた。
・・・いや、いた。
それがそうかとは断言できなかったが腹から下半身と肘から切断された様な腕が転がっている。
上半身ともう一方の片腕は見つからず弥叉には今何が起きているのか理解できなかった。
なぜ生きているのか?
なぜ猿の方が死んでいるのか?
俺は助かったのか?
理解できなかったが今なら逃げれるかと特回復草を取り出した。
弥叉の回復を邪魔される事はなかった。
あっという間に身体が回復し視界の揺れも収まる。
そして揺れの無くなった視野に”ソイツ”は映った。
それは巨体だった。
鋭い爪を生やした四肢に長い尻尾が伸びている。
その顔を見て弥叉が連想しかのは狼。但しその毛は黄色や黄褐色で、黒い横縞が入った虎の毛並みである。
その姿を見て恐怖が全神経へと走り、逃げなければという思いすら浮かべる事ができない。
圧倒的な強者が目の前にいることを鑑定せずとも理解できた。
ネオクレイジーモンキーをやったのはこいつだ。
そしてこいつはネオクレイジーモンキーなんかと比べるまでもない様な魔物だと直感する。
その場で腰を抜かし動けなくなった弥叉に対し虎に似た毛並みの狼はジッとこちらを見たまま動こうとしない。
どのぐらい経ったか不意に狼が身体を動かし弥叉に背を向けた。
助かったのかと思ったが狼はまるで付いて来いというように首をこちらに向け振って来た。
従うか、従わないか、迷った結果腰を上げ狼に向かって歩を進めた。
それを見て満足したのか狼は前を向き直るとそれから目的の場所まで後ろを振り向く事はなかった。




