執務室でのお茶会
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辿り着いた宰相執務室は、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。重厚な扉が閉ざされると、途端に二人の距離が濃密な空気に包まれる。
促されるままに座ったソファーには、既にお茶の準備が整えられていた。侍女がそっとケーキやマカロンを並べ、礼をして退室していく。
アイスベルク様は、一仕事終えた執務机の山を横目に、私の方へ歩み寄った。彼はソファに深く腰を下ろすと、先ほどまでの氷の宰相とは別人のような、甘いもの好きの青年のあどけなさを覗かせる。
「ほら、食べろ。……今日のマカロンは、君の好きな味だと聞いている」
差し出された皿には、色とりどりの菓子が並んでいる。私が緊張でフォークを握り直していると、彼は私の様子をじっと観察するように見つめ、ふっと柔らかく目を細めた。
彼は自然な仕草でケーキに添えられた生クリームを指で拭い、そのまま私の口元へ近づけた。
「……あ……っ」
心臓が跳ねた。反射的に口を開き、彼の指から甘さを摘み取る。彼が指先を私の唇に当てたまま、親指でその輪郭をゆっくりと拭う。距離が近すぎて、彼の朱色の瞳の中に自分が映っているのが分かる。
意識が熱で朦朧とする中、私は小さく息を呑んだ。
「……あの、アイスベルク様……顔が、近すぎます……」
精一杯の勇気で絞り出した抗議も、今の彼には届かないようだ。彼はその唇を指でなぞりながら、甘い吐息を落とすように囁いた。
「いくらでも、いつでもお前を見ていると飽きないんだ……本当にお前は出会ったときから……」
心臓が耳元で鳴っているみたいだ。彼の手が頬に触れ、額が微かに触れ合う距離で、私はもう何も考えられなくなってしまった。
「……アイ……スベルクさ……ま?」
名前を呼ぶこともままならない。指先が唇を撫でる感触に思考が溶け、私から言葉を発そうと開いたその時だった。
バンッ!
執務室の扉が、凄まじい音を立てて開け放たれた。
「おーい、アイスベルク! いるかー? 例の件……なんだ……が…………あ……」
入ってきた人物は資料に目を落としたまま歩みを進めており、中の様子を認めた瞬間、言葉を止めて立ち尽くした。
(クヴァレ様だ。)
私が目を上げると、そこにはアイスベルク様の整った顔が、吐息が届くほど近くにあった。
先ほどまで彼に唇を触れられていたという事実が脳内で爆発し、私は鯉のように口をパクパクと開閉させることしかできない。
(し、死ぬ……っ! 見られた、見られたわよね!? 今、いったいどんな体勢をしていたの!?)
思考が羞恥で焼き切れる音がした。アイスベルク様の朱色の瞳が、面白がるように私を見つめている。逃げ出したい。でも、足がすくんで動けない――。
「……あ、あ、あのっ……」
私の声は情けなく裏返った。限界だ。これ以上、この空間に居たら私の心臓は爆発してしまう。
「しっっっ失礼します!! あいっ、アイスベルク様!! クヴァレ様も、ご用件はお二人でどうぞっ!!」
私はそれだけ叫ぶと、足元に置いていた材料の入った籠をひったくるように抱え、弾かれたように椅子から飛び上がった。
「わ、私はっ……! 収穫の続きが……そう、材料が……!!」
顔が、耳の先まで燃えるように熱い。誰の顔も見ることができないまま、私は脱兎のごとく執務室を飛び出した。
後ろから「おい、シンマァ……!」とアイスベルク様の低く甘い声が聞こえたような気がしたが、振り返る余裕など微塵もなかった。
バタバタと廊下に響く自分の足音だけを頼りに、私は王城の出口へと走った。
この時、クヴァレ様がどんな顔をしていたかなんて、恥ずかしくて一生思い出さないと心に誓いながら。
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