シンマァと、リヒト
◇
あれから迷っていた森をアイスベルクさんに送り届けてもらい、私は無事に師匠の工房へと帰ることができた。本当に、あの時は助かったのだ……。
「……マァ……シンマァ!」
物思いに耽りながら釜をかき混ぜていた私の耳に、兄弟子であるリヒトの声が届き、ハッと我に返った。
「……リヒト?」
パチクリと瞬きをする私に、リヒトは呆れたような顔で指をさした。
「シンマァ、それを入れるのか?」
「え? ……あ……。」
私の手には、最後に入れるべき黄色の錬金術触媒ではなく、昼食用にとっていた黄色の卵が握られていた。
「まったくだ。僕が入ってきたのにも気づかないほどボーッとしていたから見守っていたら、僕たちの昼食まで消えるところだったよ」
「……えへへ……ごめんなさい」
苦笑いしながら卵を机に戻し、正しい玉を手に取る。これが最近の私の、お決まりの日々だ。
◇
工房には隣接して母屋があり、そこは主にリヒトの住まいとなっていた。師匠のゾンネは、恋人であるシュテルン卿の屋敷から王宮や工房へ通っている。
シンマァ弟子入りした当初、工房暮らしを許可されたのだが、私の両親が令嬢たるもの通いであるべきだと厳しく言い含めたため、結局私は工房と実家を往復する日々を送っている。
工房のドアを開け、「おはよう、リヒト」と声をかけると、勉強だった彼は顔を上げた挨拶を返した。しかし、すぐに違和感を覚える。リヒトの声が、いつもより鼻にかかっていたからだ。
「……リヒト、また夜更かしして本を読んでた?」
喉に手を当てて脈を測ると、普段より少しだけ早い。師匠は今日、王の命で他国へ出張中だ。
「……別に。ただの興味深い文献の確認だよ。錬金術師にとって知識の吸収は呼吸と同じだ。寝ている間にも脳は動いているんだから、理論上は……」
「理論はどうでもいいの。顔色が悪いわよ。リヒト、材料の収穫は私が行くから、さっさと今日の勉強を終えて仮眠を取ること」
私は命令口調で言い放った。するとリヒトは、手元の古びた書物からようやく視線を外し、バツが悪そうに眉を寄せた。
「収穫? 今日の分なら、僕が……」
「駄目。これ以上頑固になるなら、師匠に手紙を出すわよ。『リヒトが指示を無視して無理をしている』って」
「……っ、それは困る。師匠に伝わったら、しばらく工房に入れさせてもらえなくなる」
リヒトは降参したように項垂れ、読んでいた本を閉じた。しかし、その瞳にはまだ未練がましく本への執着が残っている。
「……わかったよ。収穫は任せる。その代わり……僕が休憩している間に、シンマァも無理はしないように。森の奥には近づかないで」
「わかってるわよ。……本当に、少し休んでね」
私は溜め息をつきながら、彼の足元に散らばった資料を片付けた。リヒトは「わかってる」と小さく呟くと、観念したように母屋の方へと足を引きずるように向かっていった。
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