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とある、宰相様と錬金術師。〜冷徹宰相が仕組んだ仮面舞踏会。見習いはその夜、魂を縛る契約印を刻まれる〜  作者: 佳月


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回想~出会い~



 試験のスタートから太陽が西へ傾く頃。私は、夕方に一番質が良くなる材料を求め、森の奥深くを歩いていた。


(たしか、自分の影が向いている方……東側の樹がたくさん生い茂っている場所だったはず)


 知識と祖父の教えを頼りに、目線を足元に向けて黙々と進む。あまりの集中力に、自分が立ち入り禁止区域に踏み込んでいたことに気づく余裕すら、この時の私には微塵も気づいていなかった――。


「あっ、見つけた……! すごい、こんなに自生しているなんて」


 夕方の気温とわずかな残光の中で、その植物は不思議な輝きを放っていた。私は夢中で必要な本数を切り取り、持参した瓶へと詰め込む。その時だった。


 ガサガサガサッ!


「えっ……なに?」


 横の木々から一斉に鳥が飛び立つ音に、私は肩をびくりと震わせた。辺りを見回すと、いつの間にか陽は沈み、周囲は暗い森の闇に包まれている。


「……ここ、どこ? 戻らなきゃ……って、あれ? 道が二手に分かれてる?」


 元来たはずの道を振り返ったが、そこには見覚えのない二股の道が続いていた。足元に気を取られすぎて、いつの間にか脇道に入り込んでいたらしい。


「どうしよう……。影の方を歩いたから……東よね? なら、影と反対方向に……」


 影を探そうとしたが、運悪く日没の直後で、光は完全に失われていた。

 東の森で迷子になったことを理解した途端、急激に不安が押し寄せる。どこを見ても同じような樹々しかなく、ただ鳥の声や葉擦れの音が耳につく。少しの音にも過敏になり、今にも何かが飛びかかってきそうな恐怖に、私は青ざめ、目元に涙を浮かべて立ち尽くした。


 パキッ。


背後で、枯れ枝が折れる乾いた音がした。


「おい」


 低く、冷ややかな声とともに華奢な肩を叩かれ、私は思わず悲鳴を上げそうになる。


「ひっ……きゃっ!」

「……っ」


 驚いて口を開けた瞬間、大きな手が私の口を塞いだ。手の大きさ、低音の声色。男性だと理解した途端、心臓が早鐘を打つ。


「叫ぶな。……なぜこんな所にいる。ここは一般人の立ち入り禁止区域だ。間者なら、女でも容赦せん」


 男性は腰の剣に手をかけ、凄みのある声で囁いた。私は間者ではないと伝えたくて首を激しく横に振り、口を離してほしいと視線で訴える。

 相手は、叫ばないことを念押し確認して口元の手を離した。私は恐る恐る振り返る。

 そこにいたのは、上質な布地を纏った銀髪の男性だった。朱色の瞳に、片眼鏡モノクル。鋭い目付きのその顔は、夜会や舞踏会で幾度となく見かけたものだった。


 ――宰相、アイスベルク・カルト侯爵。


 現王の幼なじみであり、王位に就く際に同時に宰相に就いた人物。貴族令嬢たちの間では「婿の最良候補」として名前が挙がる一方で、冷酷非道で傲慢だという噂が絶えない男。


(……冷徹で、傲慢な人。)


 私の頭に残っていたそのイメージが、目の前の威圧感と重なって、足がすくむ。


「……それで、なぜこんなところにいる……?」


 噂通りの尊大な物言い。私は震える声で、教え込まれた通りの礼儀作法で名乗った。


「し、シンマァ・グランツと申します……」

「グランツ……グランツ伯のご令嬢か。……最近、エーレ術師のもとへ足繁く通っているという……」


 私は小さく頷いた。


「……はい。あの方の弟子になるための試験を受けていて……今日は、その材料集めに来たのですが、収穫に夢中になりすぎて道に迷ってしまい……」


 アイスベルクは少し思案すると、冷ややかな視線を向けた。


「ご令嬢なら知っているはずだ。ここは王族の許可なき者は立ち入り禁止だと」


 もっともな指摘に、私は仔犬のように項垂れるしぐさをしてしまった。


「……はい。すみませんでした……収穫に夢中になりすぎていて」


 今にも消え入りそうな私の声に、彼は一つ溜め息をつくと、目の前へと移動した。


(怒られる!)


そう思って肩を強張らせ、私はギュッと目を閉じた。

 ……カサ、と紙が擦れる音がする。


「次回からの収穫には気を付けなさい。……ほら、泣くな」


 口元に何かが当てられ、反射的に口を開けると、甘い味が広がった。目を開けると、アイスベルクが子供をあやすように私の頭をポンポンと撫でている。

 私はその温かさにポカンとしながら、されるがままになっていた。


「……あ、ありがとう……ございます……?」


 口に含んだ飴をモグモグと転がす私を見て、アイスベルクはそれまでずっと不機嫌そうだった顔を、ふわりと和らげた。


「礼はいらん。……元は、俺が驚かせたせいだからな」


 その穏やかな表情を見たとき、私は確信した。この人は、噂されているような冷酷な人ではないのかもしれない、と……。



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