仮面舞踏会
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会場である王宮の大広間は、百を超すシャンデリアの光で黄金色に染まっていた。仮面をつけた貴族たちのざわめきと、華やかな香水の匂いが混ざり合う。私はアイスベルク様の腕に手を添え、磨き上げられた大理石の床を歩んでいた。
「……背筋を伸ばせ。お前の姿に、誰もが見惚れている」
彼が私の耳元でそう囁くと、周囲の視線がより一層、私に向けられるのを感じる。私のドレスは、彼が選んだ通り、肌を隠し尽くした厳格なデザインだ。しかし、その高潔な白さは、かえって見る者の視線を釘付けにし、「宰相が連れてきた謎の美女」という噂を加速させていた。
「皆、お前が何者なのかを探ろうとしている。……だが、無駄だ。お前は俺の隣にしか存在しないのだから」
彼の声は低く、ひどく甘い響きを帯びていた。会場の喧騒が遠のくように感じる。私には、彼しか見えない。彼が差し出す手を取り、私は会場の中心へと踏み出す。
楽団の調べが変わり、優雅でいてどこか背徳的なワルツが流れる。アイスベルク様は、ダンスの開始を告げるように、人前だというのに私の腰をあからさまなまでに強く引き寄せた。
「さあ、踊ろう、シンマァ。……ここには、俺とお前以外、誰もいないものと思え」
一歩、ステップを踏む。
彼の手の温もりが、手袋越しでもはっきりと伝わってくる。周囲の貴族たちが私たちを注目している気配が肌を刺すが、彼と視線が絡み合った瞬間、そんなものはすべて霧散した。
私は彼という檻の中で踊っている。
彼のリードに従い、身体を預け、旋回するたびにドレスの裾が翻る。
冷徹な宰相が、私の前でだけ見せる、支配的で情熱的な瞳。その深い赤色に捕らえられ、私は自分が彼に深く塗りつぶされていくのを感じた。
「……アイスベルク様。皆が、私たちを見ています」
「見せておけばいい。……お前が俺の所有物であることを、この広間中に刻み込むために」
彼は優雅に微笑んだが、その瞳は笑っていなかった。
私の首元に浮かぶ刻印が、熱を帯びて疼く。この会場の誰よりも、彼が私を求めている。その事実が、私を何よりも陶酔させ、同時に底知れない震えをもたらしていた。
ダンスの終盤、彼は私の耳元に唇を寄せ、周囲には決して聞こえない声で囁く。
「……仮面の裏側で、どんな顔をしているのか教えてくれ。俺だけのために、狂おしいほど切ない顔で、俺の名前を呼ぶ準備はできているか?」
支配され、愛され、甘い毒のように彼に浸食されていくこの感覚から、二度と逃げ出すつもりなどないのだから。
その時だった。会場の空気が異様に重くなる。誰かがこの会場全体に呪いの結界を仕掛けたのだ。シャンデリアが不吉な音を立てて揺れ、悲鳴が上がる。貴族たちが逃げ惑う中、アイスベルク様は混乱に動じることなく、私を背後の守護領域へと隠した。
「……シンマァ、ここにいろ。絶対に俺の手から離れるな」
彼は魔導装置からの荒れ狂うエネルギーを纏い、私を狙う影を次々と消し去っていく。その背中はあまりに大きく、冷徹な宰相の威容を放っていた。
あまりの魔導エネルギーの激しさに、私の首筋に刻まれた刻印――彼が私を守るためにと誓った、あの痛々しい証が熱く疼く。
ようやく戦いが静まった回廊の暗がりで、彼は私を力任せに抱き寄せた。その腕には、刺客を防いだ際に負ったかすかな血の匂いが混じっている。
「……アイスベルク様! 怪我を……!」
「……こんなもの、どうでもいい」
彼は荒い息を吐きながら、私の頬を包み込んだ。その瞳には、刺客への殺意よりも、自分の守護範囲内で私を恐怖させてしまったことへの、激しい自己嫌悪が宿っていた。
「俺が戦っている間、お前に恐怖を抱かせた。……こんな守り方をして、君を怯えさせてしまったんだ」
彼は額を合わせ、切実な声音で囁く。
「……すまない。ただ俺の後ろにいてくれればいい。君の柔らかな指先を、こんな汚れた戦いで汚させるわけにはいかないんだ」
「……どうしてこんな私に、そこまでするの?」
私が不思議そうに、けれど震える声で問うと、彼はふっと歪んだ笑みを浮かべた。その朱色の瞳には、誰にも渡さないという濃密な独占欲が渦巻いている。
「守りたいのではない。……俺の視界から、お前を消したくないだけだ」
彼の深い愛に甘いときめきを感じつつも、この閉ざされた空間で、逃げ場のない独占欲に晒され、私の胸の奥では、抗いきれない震えが疼いていた。
――けれど、彼にそう言われることが、どうしても恐ろしいほど嬉しかった。
「……私も、あなたから離れるつもりはありません。あなたの愛も、執着も、全部……私だけにください」
私の言葉を聞いた彼は、満足げに喉を鳴らし、深く、深く私を抱きしめた。 外で何が起きようと、この瞬間、私の世界には彼以外の何者も存在していなかった。私は彼の愛という逃げられない首輪に、静かに、そして抗いがたく繋がれていく。
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