舞踏会前夜
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数日後。クヴァレ様が発案した舞踏会に向けて、準備は過熱の一途を辿っていた。
アイスベルク様は、私のドレスを独断で仕立てさせた。届けられたその衣装を見て、私は息を呑む。純白でありながら、肌の露出は皆無。首元まで厳格に詰まり、指先まで隠れるようなデザイン。それはまるで、彼以外の男の視線を一切拒絶するような、隠蔽的で、堅牢な鎧のようだった。
「……素晴らしい。これなら、誰も君の肌に触れることはない」
彼は満足げに私の背後に立ち、鏡越しに私を見つめる。そして、仕上げと称したダンスの個人レッスンが始まった。深夜の執務室、カチコチに固まる私の背中に、彼の手が回される。
「……背筋を伸ばせ、シンマァ。私の隣に立つということは、それだけ衆目に晒されるということだ。……お前が俺の所有物であることを、周囲に刻み込ませるために」
ステップを踏むたびに、彼との距離がゼロに近づく。彼の吐息が耳元を掠め、心拍数が異常な速さで跳ね上がった。彼が手袋越しに私の腰を強く引き寄せると、逃げ場はどこにもない。
「……っ、近すぎます」
「舞踏会ではもっと近くなる。……さあ、俺を見ろ。俺だけを見ていろ」
冷徹な宰相の仮面を脱ぎ捨て、私を導く男の顔で、彼はどこまでも執拗に私を追い詰める。
練習を重ねるたびに、二人の距離は極限まで縮まり、私は彼の匂いと支配欲に、深く、深く染め上げられていった。
◇
鏡に映る私は、私であって私ではないようだった。
アイスベルク様が用意したドレスは、淑女の嗜みという名目で、私の身体を徹底的に覆い隠している。けれど、隠せば隠すほど、彼の独占欲という「枷」がより鮮明に浮き彫りになるようだった。
「……完璧だ」
背後に立った彼が、手袋越しに私の肩をそっと撫で下ろす。その指先が通るたびに、肌に戦慄が走る。
「シンマァ。明日、会場に入れば、周囲の視線はすべて君に注がれるだろう。だが、決して怯えるな。……俺から離れなければ、誰もお前を傷つけることはできない」
「……はい、アイスベルク様」
私が頷くと、彼は満足そうに、私の耳元に銀色の仮面を近づけた。冷たい金属の感触が、素肌に触れる。それは明日、私と彼を結ぶための唯一の鍵となる。
「舞踏会では、一瞬たりとも俺の側を離れるな。俺が食事を勧めたら受け取り、俺が手を差し伸べたらその手を取り、俺が踊ろうと言えば……たとえ世界が滅びようとも、俺と共に踊り続けろ」
その言葉は、もはや社交上のエスコートなどという生易しいものではなかった。明日という日が、彼の中に私を閉じ込めるための、一生に一度の儀式のように感じられる。彼は私の顎を掬い上げ、仮面の下の瞳をじっと見つめた。
「……準備はいいか。俺のすべてを、君に預ける覚悟は」
(――ええ、もちろん。)
そう答えようとして、言葉が詰まる。私に預けられたのは、彼のすべてなのか、それとも、私のすべてが彼に奪われるということなのか。
けれど、その境界線すらも分からなくなるほど、彼の朱色の瞳の奥に広がる闇に、私は深く沈み込んでいた。
「……はい。あなたの望むままに」
私の小さな決意を聞くと、彼は満足げに口角を歪め、深く、深く、私を抱きしめた。重厚な執務室の窓から差し込む月光が、私たちの影をひとつに重ねる。外の世界が明日どんな騒乱に見舞われようと、この瞬間、私の世界には彼以外の何者も存在していなかった。
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