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とある、宰相様と錬金術師。〜冷徹宰相が仕組んだ仮面舞踏会。見習いはその夜、魂を縛る契約印を刻まれる〜  作者: 佳月


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刻印



 廃坑から戻った後も、アイスベルク様の興奮は一向に冷める気配がなかった。彼は私を工房へ返すどころか、馬を降りることも許さぬまま、王城へと直行した。

 道中で駆けつけたリヒトやメーア様が、顔面蒼白で私の無事を確かめようと近づいてくる。だが、アイスベルク様はその歩みを止めることすらなかった。彼は宰相としての氷のように冷たい視線を一瞥として投げつけ、無言の圧力で彼らをその場に釘付けにする。


「今日シンマァは、俺が預かる」


 それは許可を求める言葉ではなく、決定事項の宣告だった。重厚な扉がガタリと音を立てて閉じられ、外界の喧騒と仲間たちの心配が、分厚い壁の向こうへ消え去る。

 執務室に放り込まれるようにして、私はソファに深く沈み込んだ。彼は荒い吐息を一つ吐き出すと、そのまま私の前に膝をつく。


「……二度と、あんな思いをさせない」


 彼の声は掠れていた。それは怒りか、それとも恐怖か。彼は震える手で私の首筋をなぞりピタリと動きをとめる。


「……っ、アイスベルク様、何を……?」


 返事の代わりに、彼から奔流のような魔力が流れ込んできた。熱い、というよりは、鋭く私の輪郭をなぞるような感覚。首筋に淡く光る複雑な幾何学模様が浮かび上がる。


「刻印だ。これがあれば、お前がどこで何をしているのか、何に怯えているのか……俺にはすべて分かる」


 彼はそのまま、光る私の首筋に、自身の唇をそっと押し当てた。その瞳には、かつて見たことのないほど濃密な独占欲が渦巻いている。


「……逃がさない。死ぬほど追いかけてくる魔物よりも、俺の束縛の方が……ずっと心地よいだろう?」


 耳元で囁かれた言葉の棘が、心に深く突き刺さる。彼自身の魔力と混じり合う感情は、私の身を守るための加護であると同時に、決して逃げられない首輪のような重みを持っていた。


「……どうして私に、そこまで?」


 私が不思議そうに、けれどかすかに震える声で問うと、彼はふっと歪んだ笑みを浮かべ、私の頬を包み込んだ。その瞳には、かつて見たことのないほど濃密な独占欲が渦巻いている。


「守りたいのではない。……俺の視界から、お前を消したくないだけだ」

 

 彼の深い愛に甘いときめきを感じつつも、閉ざされた執務室という空間で、逃げ場のない独占欲に晒され、私の胸の奥では、抗いきれない恐怖と息苦しさが、小さな火種のように疼いていた。

 執務室の空気が、沈黙と刻印の熱でどろりと淀んでいた。私は彼の手の中に自分の手を置いたまま、先ほどの恐怖と、体内に流れ込んできた魔力による高揚感で、まだうまく呼吸が整えられずにいた。

 アイスベルク様は、私のそんな脆い反応を見逃さない。跪いたまま、その朱色の瞳で私を射抜き、逃げ道を塞ぐように問いかけてきた。


「……シンマァ、今度の仮面舞踏会には、俺のパートナーとして出席しろ」

「……え?」


 私は呆然と瞬きをする。舞踏会? 仮面? 何のことか理解できずにいる私に、彼は冷ややかな笑みを浮かべた。


「数日前クヴァレ王が執務室に乱入してきたのは覚えているか? あの男、最近の王宮の閉塞感を打破するなどと言って、突拍子もなく『仮面舞踏会』の開催を宣言したのだ」

「か、仮面舞踏会……?」

「そうだ。顔を仮面で隠せば身分も関係ない。……愚かな提案だが、この状況を逆手に取るには好都合だ」


 彼は私の手を取り、その指先にそっと自身の唇を落とす。手袋越しの冷たさと、その奥にある熱い独占欲が、肌を通じてダイレクトに伝わってきた。


「宰相の私が誰を連れていようと、仮面の下の正体など知り得ない。……これは宰相としての命令ではない。俺の、個人的な願いだ」


ふと、彼が視線を落とし、どこか遠いものを見るように私を見つめた。


「……ずっと、守るべき子供だと思っていた」


 唐突な独白に、私は息を呑む。


「お前は危なっかしくて、放っておけばすぐに傷つく、俺が守り導くべき存在だと。……だが、あの廃坑でお前を抱きしめた瞬間、俺の理性は音を立てて崩れた。お前を無事に連れ帰るという『保護者』としての義務感が、いつの間にか、お前を俺の視界の中に閉じ込めておきたいという、もっと根の深い欲求に変わっていたんだ」


 彼の指が、私の頬をゆっくりと撫で上げる。その指先はわずかに震えていた。


「これが恋なのだろうと、今の俺は嫌というほど理解している。……お前という存在が、俺の冷徹な世界の中心を侵食していく。……もう二度と、守るべき子供なんていう薄っぺらな枠には収めない」


 彼の朱色の瞳が、真っ直ぐに私を射抜く。

 その言葉の意味が心に落ちた瞬間、私は息を呑んだ。

 守るべき対象――そう思われていたのは寂しかったけれど、今の彼は、私を「一人の女」として、これ以上ないほど熱っぽく見つめている。


「……あ、アイスベルク様……」


 胸の奥から、弾けるような喜びがこみ上げてきた。

 この人は私のことを、ただの弟子や子供ではなく、こんなにも深く、独占したいくらいに想ってくれている。その事実に、私はもう何も考えられなかった。ただ、嬉しくて、胸が熱くて、彼の朱色の瞳に吸い込まれそうになる。


「……っ、そんな風に言ってくださるなんて……。私、ずっと、ずっと……アイスベルク様のことばかり考えていました」


 私は勇気を振り絞って、彼の胸にそっと手を置く。冷徹な宰相の鎧の下にある、激しい鼓動が、私の手のひらに伝わってくる。


「……子供だなんて思われてもいいです。でも、これからはあなたの隣で、あなたの全部、私だけにください」


 そう言って俯く私を、彼は優しく、けれど逃がさないように強く抱きしめた。


「ああ。……君のすべてを、俺の視界の中だけに留める。一生、離さない」




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