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とある、宰相様と錬金術師。〜冷徹宰相が仕組んだ仮面舞踏会。見習いはその夜、魂を縛る契約印を刻まれる〜  作者: 佳月


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静寂の廃坑



 鍛練場に冷たい風が吹き抜ける。

 木剣を打ち合わせた衝撃音と、兵士たちの荒い息遣いが響く中、アイスベルクは無心に剣を振るっていた。

 先ほど、公務の合間に王城の廊下ですれ違った光景が、拭い去れない違和感となって頭の隅に残っている。

 ――シュテルン・ラオシュ公爵が、ゾンネの腕を強く引き寄せ、執務室へと続く回廊を歩いていたのだ。

 ゾンネは不機嫌そうにしながらも、シュテルンの執拗な追跡をどこか楽しんでいるような、奇妙な余裕を漂わせていた。


(……騒々しい二人だ。公務の邪魔にならないよう、早々に城外へ消えてくれればいいものを)


 アイスベルクは魔導剣を収め、汗を拭いながらそう吐き捨てた。しかし、その時、背後の気配に気づき、眉間に深いシワを寄せる。


 「おや、アイスベルク殿。精が出ますね」


 場違いな優雅さを纏い、シュテルンがふらりと鍛練場に現れた。その傍らには、どこか呆れた顔で頬杖をつくゾンネの姿もある。

 アイスベルクは冷ややかな視線を向けた。


「ラオシュ公、それにゾンネ。ここの鍛練場は、貴殿らの痴話喧嘩の舞台ではないのだが」

「いやはや、冷たいですね。……ところでアイスベルク殿、今日はもうシンマァ嬢とは会えたのでしょうか?」


 シュテルンは、いかにも他愛のない世間話をするように小首を傾げる。


 「……なんの話だ。今日彼女と会う約束などない」

 「おや、それは意外ですね。私が先ほど森の近くを通った際、彼女が随分と急ぎ足で『静寂の廃坑』の方へ向かっていたものですから。……確か、昨日は随分と君が彼女に会いたがっていると噂で聞いたので、鍛錬所に貴方がいるとお伝えしたのですがね……。彼女の収穫が終わっていればもう無事に再会したものかと……」

 

 シュテルンのスカイブルーの瞳が、面白がるように細められる。

 彼はただ、見たままを告げただけのように見えるが、その瞳の奥にはどこか他人事のような愉悦が宿っている。


(――静寂の廃坑。あそこへ一人で?)


 理屈ではない。宰相としての冷静な判断よりも先に、本能が胸騒ぎを告げていた。


「……ッ!」


 アイスベルクはシュテルンを睨みつけることもなく、鍛練場を飛び出した。

 制服のまま、馬を駆り、森の入り口へと疾走する。胸の鼓動は早鐘を打ち、思考は最悪の事態――彼女が冷たい魔物の牙にかけられる映像で塗りつぶされていた。

 森の奥へ足を踏み入れると、異臭が鼻を突く。

 魔獣の咆哮が響いた瞬間、アイスベルクの視界に、魔物の群れに囲まれ、絶体絶命の危機に瀕した小さな影が映った。


「ッ!!」


 言葉すら出ない。

 氷の力を宿した魔導剣が魔物を肉塊に変える中、アイスベルクは馬を降りるのももどかしく、シンマァの元へ駆け寄る。

 震える体。死の恐怖に塗りつぶされた瞳。

 彼女を抱きしめた瞬間、アイスベルクの冷え切った心臓が、怒りと安堵で爆発しそうになった。


「……ッ、何をしているんだ、お前は!」


 張り詰めた極限の緊張と、抑えきれない怒り。彼女を失いかけたという事実が、宰相としての矜持をすべて焼き尽くしていた。その腕の中でシンマァが小さく震えているのを感じて、アイスベルクは自分の抱擁がどれほど必死なものかにも気づかぬまま、彼女の首筋に深く顔を埋めた。


(もし、あと一秒遅ければ――)


 その思考を打ち消すように、彼は彼女の体を強く、壊れるほどに抱きしめることしかできなかった。



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