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落第剣士が古代魔法に巻き込まれ一億年修行 ~七王の技を宿して世界を救う~  作者: バナナ


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第9話 ただ一人、異空間へ

夜凪カイは、七界転輪機ヘプタ・オルビスの光に胸を捕らえられ、地下第三実習場の床から浮き上がっていた。

 数秒前、装置は剣名の空欄を条件と誤認し、カイ一人を対象に確定した。ミナたちは白い防壁の内側、神座解体結社〈テオクラスト〉の構成員は現世の床へ拘束されている。今の目的は、誰も巻き込まず意識を保ち、天城レイガが示す帰還の手がかりを覚えることだった。

 光は胸、手首、足首へ絡み、皮膚の下へ冷たい痺れを広げる。回転する環から吹く風で制服が激しく鳴った。

 「カイ!」

 ミナが防壁を叩く。赤みのある栗色の髪が乱れ、同じ色の瞳から涙がこぼれていた。

 「大丈夫、だから……たぶん」

 大丈夫なはずがない。自分でも分かっている。けれど怖いと言えば、ミナはまた壁を越えようとする。

 「たぶんって何よ! 大丈夫じゃないなら大丈夫って言わないで! 先生、止めてください!」

 ミナが壁へ縋るように両手を押し当てる一方、レイガは環の圧力に耐えていた。

 「今切れば、カイの座標ごと切れる」

 レイガは白い剣を両手で握り、回転する環を外側から抑えていた。鍛えられた肩へ灰色のコートが張りつき、靴の下で石が砕け続ける。

 「追って入ることもできない。二人目の座標を入れれば、転送路が分岐してカイが裂ける」

 追う道まで断たれ、ミナは白い壁を拳で叩いた。

 「じゃあ、見てるだけなんですか」

 ミナの声に怒りが混じった。

 「違う。私が戻る場所を固定する」

 レイガはカイをまっすぐ見た。

 「自分の名、帰る場所、守りたい者を声に出せ。装置へ、お前が誰なのかを渡せ。私が現世側の座標を固定する」

 迷いのない指示に縋り、カイは痺れる指を握り込んだ。

 「わ、分かりました」

 理解できたのは、言われた三つだけだった。それで十分だと信じるしかない。

 「俺は、夜凪カイ。帰る場所は、星環学園。守りたいのは、ミナと、クラスの皆と……天城先生です!」

 白い光が胸へ結ばれる。

 「カイ、聞こえるか」

 レイガの声が風の中でもはっきり届く。

 「はい。こ、怖いです」

 強がる余裕がなく、正直に答えた。

 「怖くていい。意識を失わないため、見えるものと身体の状態を声に出せ」

 カイは痺れる手を見た。

 「右手が冷たいです。胸の光が痛くて……環が七つ、回ってます。ミナは壁の向こうにいます」

 途切れがちな報告にも、レイガの声は現世からまっすぐ届いた。

 「続けろ。自分の位置を自分の言葉で保て」

 言葉にするたび、恐怖で曖昧になっていた身体の輪郭が戻った。レイガはただ励ましているのではない。転送路で意識をつなぐ方法を、短い時間で教えている。

 床が消えた。

---

 天城レイガは、カイの声が途切れないように周囲の音を殺した。

 生徒へ見せる余裕は、もう残っていない。装置の停止はできる。追うことも、理屈の上では可能だ。しかし、そのどちらも転送中の少年を殺す。

 黒い外套の構成員は一人残らず現世にいる。ミナたちも防壁の内側だ。装置が運ぶのはカイだけ。その選別を崩さず、帰還糸を通す必要があった。

 レイガは学園へ張った白い領域を細分化する。敵二十三名を拘束する層。落石を止める層。負傷者の出血を抑える層。そして最も細く、切れやすい一層をカイの胸へ結ぶ。

 鼻の奥へ鉄の味が広がった。過負荷で血管が切れたのだろう。頬の古傷に沿って血が流れたが、生徒側を振り向かない。

 弱く、怯え、自分を責めてばかりの少年が、落ちる寸前まで他人の名を数えた。

 この子を欠陥品のまま消させはしない。

 「受け取った。座標を固定する」

 レイガは三つの言葉を帰還座標へ刻んだ。

 「必ず戻す。意識を保て!」

 白い糸が虚空へ伸び、カイの姿が七重の環へ消える。

---

 落ちているのか、浮いているのかも分からなかった。

 カイの周囲を、砕けた学園の景色が流れていく。ミナの泣き顔。長い銀髪を押さえるセレス。高く結んだ金髪を揺らすリゼット。梁を支えるガロウ。白い剣を握るレイガ。それらは硝子片のように現れ、触れる前に消えた。

 学園の景色の隙間へ、七つの異なる世界が開いた。

 光のない荒野では、刃の牙を持つ獣が黒い砂を蹴っている。雷雲の空には鉄柱が浮かび、落雷のたび位置を変えた。鏡で組まれた街には、怯えたカイの姿が数えきれないほど映る。空を焼く炉、青い深海宮、上下を失った迷宮、崩れながら伸び続ける塔。どの景色も一瞬で消えるが、熱、冷気、重さだけは身体へ残った。

 カイは一番安全そうな場所を探した。けれど荒野には獣がいて、鉄柱には雷が落ち、鏡の中の自分は全員が逃げていた。選べる出口ではない。七つの流れが、自分を取り合っているのだと理解する。

 ――転輪開始。対象、一。

 ――剣名照合、空欄。

 ――七界接続、不完全。

 「対象、一……本当に、俺だけ」

 安心と孤独が同時に押し寄せた。敵も仲間も来ていない。ミナを拒んだ判断は無駄ではなかった。

 次の瞬間、身体が七方向へ引かれた。

 右腕は暗い荒野へ、左脚は雷雲へ、胸は深海へ引かれる。肉が裂けたわけではないのに、存在そのものを奪い合われる痛みに声が出なかった。

 カイは最初、身体を丸めて耐えた。力を入れるほど肩と腰へ負担が集中し、関節が外れそうになる。

 流れの間へ逃げようともした。どの世界にも触れなければ留まれると思ったのだ。しかし裂けた制服の袖が境目へ触れた瞬間、布の先が音もなく消えた。あと少し深ければ指まで失っていた。

 「駄目だ……止まる場所がない」

 耐える仮説も、隙間へ逃げる仮説も失敗した。残ったのは、レイガがつないだ白い糸を中心に進むことだけだった。

 次に白い帰還糸を両手で引いた。学園の音が一瞬だけ戻ったが、糸は刃のように掌へ食い込み、赤い傷を残す。これは登る道ではない。現世へ自分をつなぎ止める印だ。

 「俺は、夜凪カイ」

 レイガに言われたとおり名を口にする。

 「帰る場所は星環学園。守りたいのは、皆」

 散りかけた身体感覚が胸へ戻った。

 力へ逆らうのではなく、白い糸を中心に身体を流れへ合わせる。右腕を引く方向へ肩を回し、次に腰を落とす。遅れるたび制服が裂れ、胸を締めつけられる。舌を噛んだ痛みと血の味で意識をつないだ。

 七方向の力が一瞬だけ同じ周期で脈打つ。

 カイは白い糸を抱えるように両腕を閉じた。

 流れが一本へ束ねられ、身体が暗闇の奥へ押し出される。

 硬い地面へ背中から落ちた。

 息を詰まらせながら目を開ける。足元には黒い硝子の平面が果てしなく続き、その下を無数の星が川のように流れていた。頭上では七つの閉じた門が円を描いて浮かぶ。

 空気には温度も匂いもない。学園の湿気も、機械室の鉄臭さも消えていた。靴音だけが遠くまで響き、遅れて背後から返る。

 カイは右肩を押さえて立ち上がった。腰の模擬剣はない。振り返っても、落ちてきた穴は消えている。

 「誰か……いませんか」

 返事はなかった。

 大声を出し続けるのは危険だと考え、カイは一度黙った。何がいるか分からない場所で、自分の位置だけを知らせたくない。

 白い門があったと思う方向へ百歩進む。一歩ごとに床下の星が靴底へ集まり、離れると尾を引いて流れ去る。制服の裂けた糸を床へ置き、さらに十歩進んで振り返ると、糸はすぐ背後にあった。

 「進んでない……?」

 走ってみた。息が上がり、右肩の痛みが増しただけで、糸との距離は変わらない。この場所では方向と距離が現世と同じように働いていない。

 力任せの探索をやめ、制服の帯で肩を固定した。焦って動き続ければ、誰かに会う前に倒れる。止まることは逃げではなく、次に話せる状態を作るためだと自分へ言い聞かせる。

 呼吸を十回数えると、床下の星の流れに周期があると気づいた。七回明るくなったあと、一度だけ全体が暗くなる。その暗転に合わせて頭上の門が脈打っていた。

 カイは門へ直接近づく代わりに、暗転のたび自分の名を口にした。三度目で床の星が足元へ円を作り、初めて装置の文字が現れた。

 制服の胸元にある星環学園の紋章を握る。布の手触りだけが、現世とのつながりを証明していた。

 床の上へ三つの文字が浮かぶ。

 ――名称固定。

 ――帰還座標固定。

 ――人格索引、仮登録。

 意味を尋ねても装置は答えない。代わりに、七つの門の中央で空間が一度だけ大きく歪んだ。

 人影はまだ見えない。

 カイは未知の中継空間へ、ただ一人で到着した。

---


【主人公ステータス】

対象:夜凪カイ

種族:基底人族

個体ランク:G

レベル:Lv.9

HP:2/18(ランクG)

魔力:1/10(ランクG)

攻撃:4(ランクG)

防御:3(ランクG)

速度:5(ランクG)

技能:基本剣術(ランクG・Lv.1)

状態:入学候補・未登録。現世の基礎鍛錬段階で、七技法は未修得。

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