第8話 七界転輪機の暴走
夜凪カイは、地下第三実習場の西壁でミナと肩を寄せ、暴走し始めた古代機を見ていた。
実習場の直下に封印機関室があり、開いた床と階段で二つの空間は直接つながっている。神座解体結社〈テオクラスト〉は天城レイガに制圧され、全員が現世側へ拘束されたままだ。それでも彼らが流した誤った信号は残り、七重の金属環だけが回転を速めていた。
カイの右手には組み手の痺れが残る。武器はない。今の目的は、ミナたちと防壁の内側に留まり、レイガの指示を聞くことだった。
環が一周するたび、空気の匂いが変わった。乾いた砂、雷の焦げ臭さ、熱した鉄、深海の冷たい塩気。機械室は同じ場所にあるのに、別々の世界が隙間から息を吹き込んでいるようだった。
「先生、観測対象の名称と、本来の用途を教えてください」
セレスが長い銀髪を押さえながら問う。暴風で髪が負傷者の顔へかからないよう、片手でまとめていた。
レイガは黒い教師服の袖をまくり、古代文字が浮かぶ床へ手を置いた。鍛えられた前腕に白い光が走る。頬の古傷が歪むほど眉を寄せていた。
「七界転輪機。異世界ごとに時間を切り離し、選定した一人を訓練区画へ送る古代文明の装置だ」
初めて聞く名だった。カイは、七つの環と七つの景色をもう一度見る。
「人を……異世界へ?」
現実離れした言葉を飲み込めないカイの隣で、ミナも息を止めた。
「本来は厳格な認証と帰還設定が必要だ。今は核へ不完全な信号を入れられ、選定条件が壊れている」
レイガの説明が終わるのを待ち、ミナが震える声を絞り出す。
「止められないんですか」
ミナの栗色の瞳がレイガへ向く。
「停止だけならできる」
レイガは白い剣を抜き、回転する環へ切っ先を向けた。刃の周囲へ霜が集まり、機械室の壁が白く染まる。
敵の先頭が床へ押さえられたまま笑った。
「やれ、白帝。核ごと凍らせればいい」
その声音に、カイは嫌なものを感じた。止められるなら、なぜ敵は焦らないのか。
「先生、待ってください。あの人、止めてほしそうに見えます」
声に自信はなかった。それでも地下封印機関室で侵入者の足音を伝えた時、レイガは情報として受け取ると言ってくれた。
レイガは剣を止めた。
「理由は?」
レイガの鋭い問いに、カイは仮面の男の笑いを思い返した。
「分からないです。でも、負けたのに笑ってて……止めると何か、敵に都合がいいのかも」
レイガは古代文字の流れを見た。凍らせかけた核の周囲に、七本の細い光が外へ逃げようとしている。
「その通りだ。緊急停止は選定済みの対象を即時排出する。対象が決まっていない今使えば、区画内の全員が候補になる」
ミナの指がカイの袖を強くつかんだ。
「じゃあ、どうするの」
ミナの指に力が増す一方で、レイガは流れる古代文字から目を離さない。
「まず誤った条件を特定する」
レイガは最初に、生徒全員を機械室から切り離す白い壁を作った。だが環から伸びた七色の光は壁へ触れると細かく分かれ、石床の亀裂を通って実習場へ戻ってくる。物理的な遮断では、同じ区画として登録された範囲を分けられない。
次に実習場側の魔導灯を落とし、学園の認証術式を停止した。周囲が赤い非常灯だけになる。七重の環は一瞬遅くなったものの、床下の古代文字が独自の光を放ち、走査を継続した。
「学園側の名簿を読んでるわけじゃないんですね」
リゼットが表示板を抱え直す。
「ああ。対象の魂へ直接照合している」
二つの方法が失敗したことで、機械から隠れるだけでは選定を避けられないと分かった。
レイガは白い剣を床へ突き立て、回転を外側から抑えた。環の速度がわずかに落ちる。代わりに靴の下の石が割れ、灰色のコートが暴風へ大きくはためいた。
リゼットが点呼板へ表示された古代文字を追う。
「翻訳術式を重ねます。術式干渉は避け、表示層だけを読みますわ」
高く結んだ金髪が揺れる。彼女が板を床へ向けると、空中の文字へ学園語が重なった。
――選定核、探索中。
――剣名照合。
――権能名照合。
「剣名……」
カイの胸が冷えた。
星環学園では、剣士の素質は授かった剣名によって示される。ミナにも、セレスにも、リゼットにもある。カイにだけない。
「剣名持ちを探してるのか」
ガロウが梁を支えたまま言う。
「本来なら、特定の剣名と認証印の組み合わせだ」
レイガは答えた。
「だが、テオクラストは王の力を持つ名を抽出するつもりで、剣名欄へ空の照合信号を入れた。装置は空欄を『条件なし』ではなく、『空欄という条件』として読んでいる」
ミナが息をのむ。
カイは意味を理解したくなかった。けれど空中の文字は、理解を待たず次へ進む。
――剣名、空欄。
――候補走査。
「ここで剣名がないのは……」
セレスが言葉を止めた。皆の視線がカイへ集まる。
欠陥。落ちこぼれ。何度も聞いた言葉が胸の内側で蘇る。カイは反射的に俯いた。
「俺です。俺だけ、剣名がない」
敵の男が仮面の下で笑った。
「王の器を探させたはずが、名もない欠陥品を拾うのか」
嘲りにカイの顔が強張った瞬間、レイガの白い光が男を捉えた。
「黙れ」
レイガの一言で、男の仮面が床へ押しつけられた。
「カイ。お前の空欄は事故の条件に使われただけだ。原因ではない。核へ誤信号を流した者の責任と、選ばれかけた者の責任を混同するな」
カイはすぐに信じきれなかった。それでも、皆の前で欠陥品と言われた痛みの中へ、別の考えが入る余地ができた。
ミナがカイの隣へ立った。
「空欄だからって、カイが空っぽなわけじゃない! 装置の読み違いを、カイのせいにしないで!」
必死な声を受けても、カイの目は自分を示す空欄から離れなかった。
「でも、装置は俺を」
ミナは震える足でさらに半歩進み、カイの視界へ入る。
「装置が間違えてるって、先生が言ったでしょ。知り合ってまだ数日でも、あんな古い輪っかより私はカイを見てる!」
言い切ったミナ自身も震えていた。慰めではなく、恐怖の中で選んだ反論だと分かる。カイは胸の痛みを消せなくても、少なくとも一人で受け止めなくていいと思えた。
「条件を消せますか」
セレスの問いに、レイガは古代文字へ剣先を向けた。
「試す」
レイガが白い光を古代文字へ流す。空欄の表示が一度消えた。
カイは息を吐きかけた。
しかし七重の環が逆方向へ回る。消えたはずの文字が赤く戻った。
――外部干渉を拒否。
――選定条件、固定。
「駄目なの?」
ミナがカイの腕へ両手を回す。
「核が条件を保護した。直接書き換えるには内部からの認証が要る」
ミナはカイを抱く腕を緩めず、レイガへ訴えるように顔を上げた。
「じゃあ先生が中に入れば」
レイガは七つに分かれた光を示し、低い声で可能性を断つ。
「選定前に複数の座標を入れれば、転送路が分岐して全員を裂く。入れるのは選ばれた一人だけだ」
その説明で、レイガがどれほど強くても代われない理由が分かった。敵が現世に残っているのも、装置がまだ誰も転送対象として確定していないからだ。
カイはミナの腕へ手を置いた。離れてほしくない。けれど装置が自分へ触れた時、ミナまで候補にされるかもしれない。
「ミナ。光が来たら、離れて」
ミナの腕は返事の代わりに、いっそう強くカイを抱いた。
「嫌」
即答だった。栗色の瞳に涙が浮かぶ。
「私が手を離したら、カイが一人になる」
その恐れが自分と同じだと分かり、カイは逃げずにミナの目を見た。
「俺も怖いよ。でも、一緒に選ばれたら、先生が困る。俺のせいでミナまで危なくなる方が、もっと嫌だ」
言い切るまでに声が二度詰まった。強くなったわけではない。ただ、同じ恐怖の中で、助けの手へしがみつく以外の選択をした。
レイガが二人の間へ白い膜を差し入れる。
「まだ離れなくていい。確定の瞬間は私が分ける」
環の最内周が、実習場へ向いた。
細い光が生徒たちを順番に走査する。ミナを通り、セレス、リゼット、ガロウを通り過ぎる。カイの胸へ触れた瞬間だけ、光が止まった。
冷たい感覚が皮膚から骨の内側へ入り込む。自分の空白を、指でなぞられているようだった。
――剣名、空欄。
――誤設定条件、一致。
――対象、夜凪カイ。
レイガの白い膜がミナを安全な距離へ押し戻した。ミナが腕を伸ばす。カイも取り返そうとして、装置の光が彼女へ枝分かれするのを見て手を止めた。
「来ないで!」
カイの叫びに、ミナの足が止まる。
古代機の存在と名前、誤作動の理由、選ばれる者が一人だけであることが明らかになった。
七界転輪機は、剣名を持たない空欄を条件と誤認し、夜凪カイを選定した。
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【主人公ステータス】
対象:夜凪カイ
種族:基底人族
個体ランク:G
レベル:Lv.8
HP:4/18(ランクG)
魔力:1/10(ランクG)
攻撃:4(ランクG)
防御:3(ランクG)
速度:5(ランクG)
技能:基本剣術(ランクG・Lv.1)
状態:入学候補・未登録。現世の基礎鍛錬段階で、七技法は未修得。




