第7話 白帝、学園を守る
夜凪カイは、地下第三実習場と封印機関室をつなぐ階段の上で、三つの黒い人影を見つめていた。
数秒前、実習場の床が開き、真下へ隠されていた古代機と機械室が露出した。右手の痺れは残り、武器は床へ捨てている。今の役目は天城レイガの指示どおり階段へ近づかず、人影の動きと音を伝えることだった。
黒い人影は、封印機関室から階段を上ってきた。
三人とも黒銀の外套をまとい、顔の上半分を白い仮面で隠している。胸元には、玉座を左右から割ったような紋章があった。先頭は背の高い男だ。短剣へ触れる指に迷いがなく、仮面の下の口元だけが薄く笑っている。
刃を抜かれる前から、針のような圧が肌を刺した。
「せ、先生。あの人たち、さっきの扉を開けたんですか」
カイの震えを背中で受け止めるように、レイガは階段を塞いだまま答える。
「その可能性が高い。目を逸らすな。ただし前へ出るな」
レイガは階段の最上段に立った。黒い教師服と灰色のコートに土埃がついているが、頬の古傷も姿勢も揺らいでいない。広い肩が、階段の幅を一人で塞いで見えた。
先頭の男が実習場を見回す。
「思ったより生徒が多い。地下区画の封鎖予定を変えたのか」
レイガは男の問いに乗らず、剣を下げたまま間合いを測った。
「質問する側を間違えている」
レイガの声が低くなる。
「所属と目的を言え」
男は短く笑った。
「神座解体結社〈テオクラスト〉。神や王が独占する名と力を解体し、人へ再配分する者だ。地下の制御核を渡してもらう」
カイには聞き覚えのない組織だった。だが、理念を語りながら負傷者へ一度も目を向けない態度に、助けを求めていい相手ではないと分かる。
「渡せば、生徒には手を出さない」
甘い取引の言葉にも、レイガの広い背はわずかも動かなかった。
「自分で壊しかけた部屋で、その約束を信じろと?」
レイガが一歩下りた。
左右の二人が先頭より先に動いた。一人は黒い針を天井へ投げ、もう一人は階段の壁へ掌を押しつける。天井の支柱が黒く変色し、生徒側へ傾いた。レイガが侵入者へ向かえば崩落し、崩落を止めれば短剣が届く。二つを同時に迫る狙いだと、カイにも分かった。
「先生、上!」
レイガは振り返らない。左手を軽く握ると、傾いた支柱が白い結晶に包まれ、元の位置へ戻った。同時に右足で階段を一度踏む。衝撃は敵だけの足元を走り、壁へ触れていた男の腕を弾いた。
最初の崩落は防がれた。しかし先頭の男は、その一瞬に距離を詰めていた。
男の笑みが消える。
「白帝。そこまで知っているなら退け」
白帝。
敵の口から初めて出た称号に、教室側の空気が変わった。ガロウの目が大きく開き、リゼットは点呼を一瞬止める。セレスは聞いたことがあるのか、銀髪の下で息をのみ、ミナはカイの袖をつかんだ。
カイだけは、その名が何を意味するのか分からない。それでも敵がレイガ個人を知り、警戒していることは分かった。
「先生、白帝って……」
レイガは答えを求めるカイを振り返らず、敵の刃先を見据え続ける。
「今は覚えなくていい」
レイガは敵から視線を外さない。
「私は星環学園の教師だ。それ以上の情報は、今の避難に不要だ」
先頭の男が短剣を抜いた。左右の二人も袖の中で術式を組む。
カイは膝から力が抜けるのを感じた。逃げたい。けれど背後には負傷した一年生たちがいる。自分が下がれば、ミナの肩へぶつかる。
「ミナ、もう少し後ろへ」
カイが背後を気にすると、ミナは離れまいと彼の袖をつかんだ。
「カイも一緒に」
二人が下がり始めた時、男の短剣から黒い線が放たれた。
レイガは剣を抜かなかった。
片手を上げただけで、黒い線が白い結晶へ変わる。結晶は線を逆にたどり、短剣、男の手首、足元まで一息に凍結した。両脇の侵入者が術式を放つより早く、白い帯が階段を走って二人を壁へ縫い止める。
何が起きたのか理解した時には、三人とも動けなくなっていた。
ガロウが口を開けたまま固まる。リゼットは敵とレイガを交互に見て、点呼用の板を握り直した。ミナの栗色の瞳に驚きが映り、セレスは負傷者をかばいながら小さく息を吐いた。
「強すぎる……」
誰かの呟きが落ちた。
カイも同じことを思った。侵入者が姿を見せた瞬間、自分では絶対に勝てないと諦めた。その三人が、レイガの前では一歩も進めない。
壁へ縫われた一人が、外套の留め具を噛み砕いた。赤い霧が階段へ噴き出し、白い帯の表面を溶かす。セレスが負傷者へ覆いかぶさり、リゼットが口元を袖で塞いだ。
「毒か!」
ガロウが叫ぶ。
レイガは息を吸う。赤い霧が生徒側へ届く直前、すべて一つの球へ圧縮された。白い結晶が外側を覆い、掌ほどの塊になってレイガの手へ落ちる。
敵は拘束を一部溶かすことには成功した。だが、その代償に隠し持っていた毒と逃げ道を失った。
「私の生徒がいる場所で、空気まで武器にするな」
レイガが手を閉じると、毒の球だけが音もなく消えた。
ミナはカイの袖を握ったまま、息をすることさえ忘れていた。ガロウは自分が支えている梁とレイガの片腕を見比べ、「桁が違う」と掠れた声を漏らす。リゼットは驚きを押し込めるように点呼を再開し、セレスは泣く一年生へ「先生が止めました。毒による追加被害はゼロです」と繰り返した。
カイの中で、白帝という未知の称号の重さだけが増していく。説明はされていない。それでも、敵が用意した策を一つずつ無意味にする強さを指すのだろうと感じた。
しかし敵の一人が、拘束された指だけを床へ向けた。
機械室の奥で黒い光が走る。
「制御核へ接続!」
リゼットが叫んだ。
レイガの白い帯が床下へ伸び、黒い光を凍らせる。だがその瞬間、上階で爆発が響いた。天井から石が落ち、生徒たちの頭上へ降る。
レイガが指を鳴らす。
落石は空中で止まり、実習場全体へ白い膜が広がった。遠くの廊下から複数の足音が迫る。地下へ入った三人だけではない。
「学園内、敵影二十三。東棟結界を三層損傷。負傷者六、全員生存」
レイガは見えない上階の状況を数えるように呟いた。
「先生一人じゃ……」
カイの口から不安が漏れる。
「心配は不要だ。西壁から動くな」
レイガがもう一度指を鳴らす。
遠くで二十三の短い衝撃音が重なった。続いて、廊下を走っていた禍々しい気配が一斉に消える。崩れた入口から新たな侵入者が飛び込んできたが、空中で止まり、武器だけを白い粉へ砕かれて床へ下ろされた。
その侵入者は宙吊りのまま火球を作ろうとした。レイガが視線を向けると、火だけが消え、組んだ指が一本ずつ開かれる。次に靴底へ転移印が光ったが、印は足から剥がされて白い紙片のように燃えた。攻撃、脱出、再攻撃。三つの選択が、どれも生徒へ届く前に終わる。
男はついに両手を上げた。圧倒的な差を理解した顔だった。
その降伏を見て、張りつめていた生徒たちから一斉に息が漏れた。カイも壁へ背を預ける。自分には一歩も踏み出せない相手が、レイガには戦いを続ける理由さえ失っている。その差は安心より先に、眩暈に似た畏れを残した。
殺す必要さえない。敵が選んだ行動の結果を、レイガがすべて許可しない。
先頭の男が仮面の下から血を吐いた。
「白帝……やはり化け物だな。だが、もう核には触れた」
レイガの視線が機械室へ戻る。
「認証方法を理解せずに?」
問い返すレイガの声に、敵の男は悪びれた様子もなく肩をすくめる。
「神と王の器を選ぶ装置だろう。適合信号は流した」
レイガの目が環の光へ走り、剣を握る指へ力がこもった。
「認証が違う。全員、西壁から動くな」
レイガの声から初めて余裕が消えた。
封印機関室の奥で、七重の金属環へ一つずつ光が灯る。最初は鈍い白。次に青、赤、紫。環の内側へ、暗い荒野や雷の空が瞬いては消えた。
停止していた古代機が、低い唸りを上げる。
レイガは敵を完全に床へ伏せさせ、生徒側へ白い防壁を増やした。
「全員、西壁から動くな。装置が誤った命令を受けている」
黒い外套の男は現世の床へ拘束されたまま笑う。
「起きろ。王の力を吐き出せ」
七つの環が不規則に回り始め、機械室と直結した実習場の床まで震えた。
古代機の作動ではない。制御を失った暴走の始まりだった。
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【主人公ステータス】
対象:夜凪カイ
種族:基底人族
個体ランク:G
レベル:Lv.7
HP:6/18(ランクG)
魔力:1/10(ランクG)
攻撃:4(ランクG)
防御:3(ランクG)
速度:5(ランクG)
技能:基本剣術(ランクG・Lv.1)
状態:入学候補・未登録。現世の基礎鍛錬段階で、七技法は未修得。




