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落第剣士が古代魔法に巻き込まれ一億年修行 ~七王の技を宿して世界を救う~  作者: バナナ


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第52話 黒帝の質問

第三記録の消失を報告してから一時間後、支所の窓がすべて黒くなった。

夜になったわけではない。窓の外では昼の市場が動き、荷車の車輪も呼び込みの声も続いている。光と音だけが、部屋の境で行き先を変えた。

カイは立ち上がり、机を背にしない位置へ移った。ミナは火花を出しかけて止め、セレスは記録札を伏せる。リゼットとガロウは、扉と窓へ分かれた。

「合格。少なくとも全員、暗くなった理由を勝手に決めなかった」

机の下から女の声がした。

黒髪の女が、空だったはずの椅子へ座っていた。艶のない黒い制服に、銀の留め具。年上にも若くも見える整った顔には、悪戯が成功した時のような笑みがある。

「御影クロエ。黒帳院を預かってる。制度上は黒帝。覚えなくてもいいけど、白帝より書類はなくさない」

「聞こえているぞ」

隣室からレイガの声がした。

クロエは指を一本立てる。レイガの声だけが、途中で窓の外へ滑って消えた。

「今のが《黒帝夜帳》。記憶は消してない。存在も消してない。声が君たちの耳へ届く経路を曲げただけ」

カイは椅子へ戻らなかった。

「地下の敵も同じですか」

「質問が早い子は嫌いじゃない。でも答えは、たぶん違う。私が消せるのは伝わり方。地下では、伝わった後の記録と認識が揃って変わってる」

クロエは証拠箱へ触れず、その周囲を一周した。

「だから質問。救うためなら、味方へ何を隠していい?」

ミナが顔をしかめた。

「何も隠さないのが一番じゃないんですか」

「敵がこの部屋を盗み聞きしていても?」

問い返され、ミナの眉がわずかに下がった。

「それは……」

ミナの視線が、黒く閉ざされた窓へ向いた。

「救助対象の居場所を全員へ伝えれば、全員の誰か一人から漏れる。伝えなければ、助ける側が間違った場所へ行く。白帝は安心のために見せる。私は生き残らせるために隠す。どちらも失敗する」

クロエは五枚の黒札を机へ並べた。

中央、左壁、右壁、上層、地上。

「このうち一枚に、次の調査経路が書いてある。選んで」

ガロウが中央の札へ手を伸ばす。リゼットがその手首を止めた。

「選ぶ根拠がないわ」

「正解」

クロエは笑った。

「全部空札。経路が書いてあると言ったのが嘘」

ミナが椅子を鳴らして立ち上がった。

「試すためなら、味方に嘘をついていいってことですか」

「怒れるのも合格。ただし、怒るだけだと次に同じ嘘を見抜けない」

クロエはカイを見た。

「君は?」

「隠す情報と、隠していい時間を先に決めます」

カイは五枚の札を一列へ戻した。

「救助対象の位置は、実行班へは隠せない。敵に漏れる可能性があるなら、出発直前まで伏せる。偽の経路を使うなら、その経路へ送られる味方には危険の上限と撤退条件を知らせる。試験が終わった後は、何を隠したか開示する」

「誰が開示を拒んだら?」

カイは黒札から目を上げた。

「次の任務では、その人に情報を決める権限を渡さない」

クロエの笑みが少し薄れた。

「白帝に教わった?」

「先生は、できない可能性を先に言いました。地下で領域を広げれば、こちらの位置も伝わるって」

クロエの指が、机の端を一度だけ叩いた。

「君は、あの人がいないと決められない?」

胸の奥へ刃を入れられたような問いだった。

現世帰還直後、カイはレイガに梁を一呼吸だけ遅らせてほしいと頼んだ。地下では封鎖も先頭も任せた。助けを借りることを覚えたばかりなのに、それが依存へ変わっている可能性はある。

「先生がいる時は、先生の力を数に入れます」

カイは答えた。

「いない時まで、いる前提にはしません。次の調査で先生が封鎖を担当するなら、俺たちは先生を救助班員として数えない。封鎖が破れた時に戻る経路も、自分たちで作ります」

隣室の壁が白く光った。レイガが聞いている。

クロエは黒札を一枚だけ裏返した。そこには、前回の階段図が描かれていた。ただし中央経路の先に、存在しない横穴が一本足されている。

「今から小さな嘘を流す。第三の打撃音が、中央経路の横穴から聞こえた。黒帳院の記録にだけそう書く」

セレスがすぐに反対した。

「救助対象が本当にそこにいた場合、偽情報と区別できません」

「だから実行班は動かさない。漏れた情報を追うだけ。地上の三か所に、同じ文章で横穴の位置だけ違う記録を置く。敵がどれへ反応したかで、盗み見ている経路を絞る」

リゼットが腕を組んだ。

「誰が、どの記録を偽物だと知るの」

「私と、今ここにいる五人。白帝には教えない」

隣室の白い光が、壁際でかすかに揺れた。

「先生にも?」

ミナが不安そうに隣室を見る。

「白帝の領域が敵に観測されているなら、彼が知った瞬間、反応が変わる。あの人は嘘が下手だし」

壁の向こうで何かが倒れる音がした。

カイは黒札を見つめた。レイガへ知らせないこと自体が目的になれば、クロエの試験へ従うだけになる。

「条件があります」

「言って」

クロエは黒札を置き、続きを待った。

「偽情報を置く間、階段は先生の領域で封鎖する。横穴へ誰かが入った反応が出たら、追跡より救助を優先する。今夜までに反応がなくても、明日の正規調査は延期しない。終了後、先生にも三つの偽情報を全部開示する」

「それで私の狙いが消えるなら?」

カイは壁の向こうにいるかもしれない相手を思い、拳を開いた。

「敵を捕まえる狙いより、壁の向こうの時間を優先します」

クロエはしばらく答えなかった。

やがて五枚の札をまとめ、一本の黒い糸で結ぶ。

「いいよ。君は強いから危険なんじゃない。自分の正しさを、他人が止められなくなった時に危険になる。条件を出すなら、私も従う」

三つの偽記録は、地上支所、迷宮受付、黒帳院臨時室へ分けて置かれた。

地上支所には中央横穴。迷宮受付には左壁の亀裂。黒帳院には右踊り場の隠し扉。

五人は一か所へ集まらず、見張りもせず、通常の休息へ戻った。見張る者の視線が、偽情報の場所を教えるからだ。

二時間後、クロエが食堂へ現れた。

今度は扉から普通に入ってくる。手には、濡れた黒札が一枚あった。

「迷宮受付の記録だけ、文章が変わった」

《左壁の亀裂から第三の音を確認》

そう書いたはずの一文が、《音声なし。亀裂なし》へ変わっている。

「敵は迷宮受付の記録へ触れられる」

セレスが言った。

「少なくとも、そう見せたい」

クロエは訂正する。

カイは黒札の水滴を見た。地下水路の水には鉄の匂いがある。札の端には同じ赤錆が付いていた。

「紙を地上で書き換えたんじゃない。地下へ持ち込んで戻した?」

「あるいは、地下に触れた人間が受付へ戻っている」

誰かが正規調査の内側にいる。

クロエは初めて笑みを消した。

「明日の班に、受付から一人加わる。君たちへは名前を伏せる」

「いつまでですか」

カイが聞く。

「階段前に着くまで。そこで全員へ開示する」

「分かりました。追加者にも、撤退条件は出発前に伝えてください」

クロエは黒い糸の結び目を締めた。

「交渉成立」

黒帝の嘘を信じたわけではない。

隠す範囲、時間、解除条件を決めたから、同じ作戦へ立てる。

窓の黒が消え、昼の光と市場の音が戻った。外では何事もなかったように人が行き交っている。

その中の誰かが、地下で消える音を地上から消しているかもしれない。

次の調査は、見えない敵だけでなく、味方へどこまで知らせるかを選ぶところから始まっていた。

夕食後、レイガがカイを屋上へ呼んだ。

左右の手袋が違う。片方は訓練用の白革、もう片方は台所用の厚布だった。鍋を掴んだまま来たらしい。戦場では圧倒的な教師が、平時にはこうして不揃いのまま歩いている。

「私へ隠した作戦は、うまくいったか」

カイは驚いた。

「知っていたんですか」

「内容は知らない。君たち五人が、同じことを言わないよう注意しているのは分かった」

レイガは不揃いな手袋を欄干へ置いた。

「怒らないんですか」

「私が知れば失敗する試験なら、隠すのが正しい。ただし、私が必要な救助条件まで隠したなら怒る」

カイは三つの偽経路と、クロエへ出した条件をすべて話した。

レイガは途中で口を挟まず、最後に一つだけ確認する。

「敵を捕らえられず、救助対象も見つからず、黒帝との関係だけ悪くなる結果でも、その条件を選ぶか」

「選びます。情報を隠したことを成功にしてはいけないから」

レイガは返事の重さを量るように、しばらくカイを見た。

「なら覚えておけ。秘密は持っているだけで、持たない者との間に上下を作る。必要な間だけ借りて、終わったら返せ」

レイガは欄干へ肘をついた。

「クロエは正しい。私は生徒へ見せすぎる。安心させたいから、危険の全てを自分で抱えたくなる。だが私が倒れた後、何も知らない生徒が残る」

「先生でも、間違えるんですね」

レイガは自嘲するように肩をすくめた。

「頻繁にな。書類、金、酒の量、守り方」

最後だけ声が低かった。

カイは、格上の教師が弱みを見せたから安心したのではない。間違える可能性を認めても、責任を手放さない姿を見た。黒帝の秘密も白帝の公開も、使う人が正しいから安全なのではない。止める条件を他人へ渡すから、同じ班で使える。

屋上を下りる前、レイガは台所用の手袋を見て顔をしかめた。

「ところで、鍋を火にかけたままだ」

二人が食堂へ走ると、ミナたちとクロエが、焦げた酒蒸し鍋を囲んでいた。

「白帝への情報開示が遅いね」

クロエが笑う。

レイガは言い返さず、まず火を止めた。

秘密も失敗も、解除する時刻を逃せば周囲を焦がす。その匂いを、五人は次の調査まで忘れないことにした。


【主人公ステータス】

対象:夜凪カイ

種族:七紋人

個体ランク:B

レベル:Lv.19

HP:302/320(ランクB)

魔力:403/430(ランクB)

攻撃:136(ランクB)

防御:119(ランクB)

速度:150(ランクB)

技能:基本剣術(ランクB・Lv.8)/黒影歩(ランクB・Lv.7)/迅雷駆(ランクC・Lv.2)/鏡砕返し(ランクC・Lv.1)/焔皇砕(ランクD・Lv.1)/蒼天鎧(ランクC・Lv.2)/虚空掌握(ランクD・Lv.1)

状態:通常安全出力B・条件付き上限A。第51〜58話は実戦C〜B級相当だが、事務上の評価・所属とは区別する。

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