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落第剣士が古代魔法に巻き込まれ一億年修行 ~七王の技を宿して世界を救う~  作者: バナナ


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第50話 七層への階段

七界の星導アステリアは、カイの帰還記録と周囲の経路を星光で映し出す案内役だ。肉体を持たない彼女には、暗闇を怖いと感じるための身体がない。

 それでも下り階段の前へ投影された時、星で形作られた指先に欠損が走った。

 地上までの距離、二百十三段と鉄梯子。残り物資は水筒三本、灯具二つ、縄十二メートル、止血布四枚。負傷はカイの右脚反動、ミナの手指の冷え、ガロウの両腕疲労。予定帰還時刻まで二十二分。

 仮登録者が未調査区域へ無断で入れば規則違反だ。

 階段は、人が二人並べる幅だった。壁には古い灯具の窪みが七段ごとにあり、どれも火が消えている。手すりには最近ついたような擦り傷があり、最初の踊り場だけ薄い泥が乾いていた。誰かが通った証拠にも見えるが、いつ、どちらへ進んだかは分からない。

 カイはしゃがみ込み、泥へ触れず匂いと形を確かめた。

 「学園側の靴跡ではない。底の溝が違う。でも人間とも限らない」

 靴跡の脇には、黒帳院の追跡票と一致する三角の刻みが三つ並んでいた。水門番号、魔獣の巣で見た金属片、そして今の刻印。別々だった黒帝側の追跡対象が、この未登録階段へ一本につながる。

 「記録します。断定はしません」

 セレスが泥の輪郭を写す。ミナは火花を階段へ向けかけ、未観測域を刺激する可能性に気づいて覆いを閉じた。ガロウも先へ降りず、手すりの強度だけを入口側から確かめる。

 五人とも行きたい。その気持ちがあるからこそ、一人の勢いへ残り四人が引かれない手順が必要だった。

 数字は揃っている。しかし、階段の先は観測できない。

 アステリアは安全路を一本表示しようとした。かつて七界帰還を管理した記憶に従えば、最短の光を選び、カイへ進ませればよい。

 光は三段目で途切れた。

 情報源がない。星の杖も班員の観測札も、セレスの術式記録も、階段の奥を見ていない。ここで一本を選べば、案内ではなく推測の強制になる。

 「訂正する」

 投影像の声に、五人が振り向いた。

 アステリアは一本の光を消し、三つの候補を並べた。中央、左壁沿い、右側の踊り場。そして三つの先を、黒い空白のまま残す。

 「経路候補は三本。すべて三段目まで。以降は不明域。安全の保証はできない」

 アステリアは一拍置き、蒼廷院の規則票を星の光で示した。

 「候補は三本です。選べる経路はゼロです」

 アステリアの投影に三本の線が浮かび、どれも途中で途切れた。

 「それ、冗談のつもり?」とミナが目を丸くする。

 星の光が一度瞬き、アステリアの返答にも間が空く。

 「……今、そうなりました」

 ガロウが階段を覗き込む。

 「行って見りゃ分かる」

 ガロウが一段目へ重心を移す前に、セレスの声が止めた。

 「それは観測ではなく、無断突入です」

 セレスが記録板を胸へ抱いた。冷静な声だが、青い瞳は未知への好奇心で揺れている。

 「人の気配は?」

 カイが尋ねる。

 「判断不能。音、熱、記録の入力がない」

 アステリアの手の中で、三本の航路が揃って暗くなる。

 「なら戻ろう」

 赫陣院の戦闘評価票には、まだ敵影のない欄へ「交戦せず帰還判断」と記された。赤帝側の尺度でも、追跡対象らしい痕跡を前に踏み込まないことは臆病ではない。戦える条件を自分たちで崩さない、事件前の戦闘判断だった。

 答えは早かった。けれどカイの右手は剣の柄を強く握っている。行きたいのだと、アステリアにも分かった。一億年を過ごした七界につながるかもしれない階段。師たちの痕跡。王痕門。彼にとって、ただの未調査区画ではない。

 ミナも気づいたらしい。

 「本当にいいの? カゲトラさんの印が反応してたんでしょ」

 ミナの視線が黒い紋章とカイの横顔を往復する。

 「だからこそ、俺一人の気持ちで入れない。物資も足りないし、ガロウの腕もミナの指も休ませる必要がある」

 名を呼ばれた二人が、それぞれ傷んだ腕と指を見た。

 「俺はまだ行ける!」

 ガロウが反発する。

 カイは否定せず、水筒を一つ持ち上げた。

 「五人で二本半。帰り道で漏水が増えれば足りない。今進むのは勇気じゃなく、準備不足だ」

 ガロウは拳を握り、階段を睨んだ。やがて自分の震える腕を見て、息を吐く。

 「……分かった。報告して、道具を揃えて、もう一回来る」

 リゼットが《蒼律》へ二条件を表示した。

 《階段へ入らない》《地上連絡鐘まで全員で戻る》

 一人ずつ同意する。アステリアはその選択を記録した。自分が示した正解ではない。五人が情報と制約を見て選んだ答えだ。

 * * *

 カイは隊列の最後で、下り階段から離れた。

 一歩ごとに惜しさが募る。七界では、一億年をかけても帰還路を探し続けた。今は目の前の道を自分で閉じる。それでも、現世へ戻った理由は強くなることだけではない。ミナたちと同じ時間を生き、全員で帰るためだ。

 三十歩戻ったところで、壁の向こうから音がした。

 ごん。

 全員が止まる。

 少し間を置いて、二度目。

 ごん。

 三度目。

 一定ではない。誰かが弱った腕で、壁を叩いているように聞こえた。

 「人?」

 ミナの顔から血の気が引く。

 「救助要請の可能性があります」

 セレスが記録札へ時刻を書く。

 「三回。全員、聞いたわね?」

 リゼットが確認する。

 「俺は三回だ」

 ガロウ。

 「私も三回」

 ミナ。

 「私は……二回です」

 セレスが自分の記録を見て、声を失った。札には二つの印しかない。

 「俺は三回聞いた」

 カイが壁へ近づきかけ、足を止める。救助要請なら放置できない。しかし未調査域への無断突入もできない。

 「役割を分けよう。一人が地上へ報告。四人はここで退路と位置を確保する。誰も階段の奥へ入らない」

 カイは帰還標識から壁までを指し、残留位置を明確にした。

 「一人で戻すの?」

 ミナが不安そうに聞く。

 「帰還標識と連絡鐘までの区画は確認済みだ。最も速い人ではなく、現在の疲労が少なく、報告内容を正確に言える人が行く」

 セレスが手を上げた。

 「私が行きます。ただし音の回数に不一致があります。『三回と認識した者が四人、二回の記録が一人』と、そのまま報告します」

 セレスは異なる二つの数字を消さず、同じ札へ並べた。

 「頼む。分からない部分を埋めないで」

 セレスが白い帰還標識をたどって走る。残った四人は縄で退路を示し、壁へ番号札を貼った。

 アステリアの三候補表示は、いつの間にか一本欠けていた。

 「候補は二本?」

 ミナが首を傾げる。

 「三本表示した」

 アステリアは揺れる投影へ触れず、自分の観測だけを告げた。

 「私には最初から二本に見えたよ」

 投影像の輪郭が揺れる。記録には三本。観測者の認識は二本。空白が、情報そのものを削っている。

 十分後、地上の連絡鐘が鳴った。レイガと試験官が到着し、五人は規則に従って区画を引き渡した。

 レイガは階段へ一歩も入らず、まず五人の人数と負傷を確認した。

 「音を聞いた者」

 カイ、ミナ、ガロウ、リゼットが手を上げる。セレスは記録札を持ったまま迷い、最後に半分だけ手を上げた。

 「二回は確実です。三回目を聞いた記憶はありますが、記録がありません」

 セレスの半分上がった手が、確信と空白の境で止まる。

 「不一致を不一致のまま保て」

 レイガは白い領域を階段入口へ薄く張った。

 「私は封鎖する。だが音がなかったとは決めない。救助要請の可能性として、正規調査班を編成する」

 レイガは白い領域を薄く保ち、階段の暗がりへ背を向けない。

 「先生なら、今すぐ中を見られませんか」

 ミナの問いには焦りがあった。

 「領域を広げれば、内部の何かへこちらの位置も伝わる。認識干渉があるなら、私の観測結果さえ改変される可能性がある。強さで不明を消す場面ではない」

 レイガほどの存在が、できない可能性を明言する。その態度が、カイには何より重く感じられた。

 「戻って証拠を複製する。紙、術式記録、五人それぞれの口述。どれか一つが変わっても比較できるように」

 セレスの目へ力が戻る。

 「はい。今度は、消えたことも残します」

 支所へ戻り、セレスが提出した報告書を全員で確認する。

 階段、七角形鍵穴、水門誤作動。そこまでは正しい。

 だが打撃音の欄には、整った文字でこう記されていた。

 《該当音声なし。班員五名、異常を聴取せず》

 「違う」

 セレスの唇が震える。

 「私は、食い違いまで書きました」

 カイは報告書へ触れず、全員の顔を見た。

 ミナは自分の耳を押さえ、ガロウは「聞いた」と何度も繰り返す。リゼットは提出時刻と署名を確認し、セレスは自分の筆跡なのに自分が書いていない一文を見つめていた。

 アステリアの投影には、三候補を示した記録が残っている。しかし再生すると、光は二本しか映らない。三本目があった場所には、映像の乱れすらなく、最初から何も存在しなかったような空白がある。

 「私の記録も、答えにはならない」

 アステリアが言う。

 「でも、記録数と表示数が一致しない。その差は残せる」

 セレスが新しい札へ大きく書いた。

 《空白一件。内容不明。消去禁止》

 具体的な中身を失っても、何かが欠けた事実だけは守る。その一行が、次の調査で救助対象を忘れないための最初の杭になった。

 恐怖は、見えない敵がいることだけではない。助けを求めた誰かを、聞いた事実ごと忘れさせられることだ。

 「次に入る時は、記憶だけを証拠にしない」

 静かに言うと、四人が頷いた。

 七層への階段は、敵を倒す前に、救う相手の存在を守らなければ進めない場所だった。

 地上で報告を受けた受付官は、仮登録票と実戦記録を何度も見比べた。「通常B、条件付きA。実戦評価は最低でもC級、状況が揃えばB級……仮登録の数字じゃありません」。周囲の冒険者がざわめき、同年代の少年は悔しそうに拳を握る。ミナたちは誇らしげだったが、レイガは静かに階段の闇を見た。「十三欠月上位や原竜なら、今の力でも生還を保証できない」。その言葉が、無双の先にまだ本物の怪物がいることを示していた。


【主人公ステータス】

対象:夜凪カイ

種族:七紋人

個体ランク:B

レベル:Lv.17

HP:302/320(ランクB)

魔力:403/430(ランクB)

攻撃:136(ランクB)

防御:119(ランクB)

速度:150(ランクB)

技能:基本剣術(ランクB・Lv.8)/黒影歩(ランクB・Lv.7)/迅雷駆(ランクC・Lv.2)/鏡砕返し(ランクC・Lv.1)/焔皇砕(ランクD・Lv.1)/蒼天鎧(ランクC・Lv.2)/虚空掌握(ランクD・Lv.1)

状態:通常安全出力B・条件付き上限A。第51〜58話は実戦C〜B級相当だが、事務上の評価・所属とは区別する。

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