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落第剣士が古代魔法に巻き込まれ一億年修行 ~七王の技を宿して世界を救う~  作者: バナナ


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第48話 四つの技能、四つの失敗

封鎖壁の手前には、円形の貯水室があった。

 カイは入口で立ち止まり、見える範囲を順に確認した。直径は約十五歩。中央に太い支柱、右壁に三本の排水口、天井から点検用の鎖。退路は今来た一本だけ。床は薄く水をかぶり、灯具の光が揺れている。

 新しい場所へ入る時、一億年の経験から答えを持ち出さない。まず現世の仲間と、現世の条件を見る。

 「水音が一か所だけ消えてる」

 ミナが左を指す。

 排水口の前だけ水面が動かない。壁には四本指の爪痕。天井近くの石へ、半透明の何かが張りついていた。

 体長は大型犬ほど。水と同じ色の皮膚、扁平な頭、鎌のような前脚。こちらを襲うより、排水口と五人の間へ身体を入れようとしている。

 カイは恐怖より先に、その位置へ違和感を覚えた。

 「巣か卵を守っている。討伐対象とは限らない」

 カイは魔獣の爪ではなく、背後の排水口へ視線を置いた。

 「でも、先へ進むには退いてもらわないと」

 リゼットが剣を抜く。

 小型水路魔獣が水面へ降りた。音が消え、次の瞬間には右側へ移っている。

 透明な皮膚の内側で、青い器官がゆっくり明滅していた。前脚は鋭いが、背中には新しい裂傷がある。こちらへ飛びかかるたび、排水口から離れすぎないよう身体をひねって戻る。

 「怪我をしてる」

 ミナが息を呑む。

 「だから余計に警戒している。近づけば戦う。でも、こちらを食べる動きじゃない」

 カイは剣を抜き切らず、鞘口を一寸だけ開けた。殺傷ではなく、攻撃へ反応できる最低限の構えだ。

 「依頼票では小型魔獣は想定内。位置を記録して撤退する選択もあります」

 セレスが言う。

 「でも排水口の奥を確認しないと、漏水原因は特定できないわ」

 リゼットの声には焦りが混じる。初依頼を失敗したくない気持ちは全員にあった。

 「討伐ではなく、排水口から退かせる。それができなければ戻る」

 リゼットは蒼廷院の規則票を開き、「依頼目的を変更する場合は全員同意、変更不能なら撤退」と読み上げた。青帝側の規則は戦闘を禁じてはいない。戦う理由と終える条件を、始める前に共有させる。

 カイが提案し、五人が同意した。成功条件を先に決めなければ、戦い始めた勢いで目的を変えてしまう。

 「私が追う!」

 ミナが《火花》を掌から後ろへ噴いた。照明ではなく推進へ使うつもりだ。

 一歩目は速かった。二歩目で濡れた靴が横へ滑り、身体が回る。

 「きゃっ!」

 カイが腕をつかむ。魔獣の前脚が二人のすぐ横の床を裂いた。

 「ごめん、止まれなかった……!」

 ミナの靴底が濡れた床を滑り、カイの腕の中でようやく止まる。

 「火花の噴射加速は禁止。今は照明と合図だけにしよう」

 悔しさでミナの目に涙が浮いた。それでも頷き、火を低い位置へ戻す。

 「魔獣、中央支柱の左」

 セレスの警告でガロウが踏み込んだ。しかし木剣は空を切る。魔獣は既に右の排水口へ動いていた。

 「位置が違うぞ!」

 ガロウの木剣が空を切り、魔獣の尾だけが水滴を散らした。

 「記録時点では左でした。更新が遅れました」

 セレスの顔から血の気が引く。

 「移動対象には記録時刻を付けます。『左、二秒前』と」

 失敗を説明へ変える間にも、魔獣は排水口へ戻ろうとする。

 「面倒だ、俺が倒す!」

 ガロウが《白牙皇》を放った。

 白い圧力が水面を割り、魔獣を壁際へ転がす。同時に排水口の金具が大きく軋んだ。

 「止めて! 設備まで壊れる!」

 リゼットが《蒼律》へ条件を書き込む。

 《排水口を壊さない》《魔獣を殺さない》《退路を塞がない》《二人以上で接近》《水深上昇時は撤退》

 文字は重なり、全部消えた。

 「また……多すぎる!」

 消えた文字を追うリゼットの瞳が、行き場を失う。

 「二つに絞って!」

 ミナの叫びに、リゼットは唇を噛んだ。

 「排水口を壊さない。退路を塞がない。この二つ!」

 青白い文字が戻る。

 四人の失敗が短い間に重なった。誰か一人を責めれば、次の動きはもっと遅れる。カイは木剣を低く構え、魔獣の目ではなく前脚と排水口の位置を見る。

 「私のせいで始まった」とミナが言う。

 膝の上で握られた手に、火花の残熱がまだ揺れていた。

 「最初はそう。でも俺も、倒せば終わると思った」

 ガロウの声が低い。

 「私が条件を表示できなかったから、止める合図も遅れたわ」

 リゼットは消えた蒼律の跡を見つめ、声を落とした。

 「原因を一列にしないでください」

 セレスは震える指で四つの失敗を別々に書いた。

 「同じ時刻に起きても、修正方法は別です。ミナは用途制限、私は更新時刻、ガロウは出力範囲、リゼットは条件数。誰か一人が全部悪い形へまとめれば、三つが直りません」

 監督員は赫陣院式の戦闘評価票へ、魔獣への有効打ではなく「設備損傷を避けるため攻撃中止」と記した。赤帝側の尺度では、倒せる力を持ちながら止めた判断も戦闘技量に含まれる。ただし初動で対象を刺激した失点は消えない。

 排水口の奥で魔獣が守っていた金属片には、黒帳院の追跡票と同じ三角の刻みがあった。偶然か、追跡対象がここを通った証拠かはまだ分からない。五人は拾わず、位置だけを記録した。

 カイは頷いた。記録は責任逃れではなく、次の行動を正確にするためにある。

 その時、上流側の格子が内側へ弾けた。血の匂いに寄ってきた鎧水獣が五体、濁流とともに雪崩れ込む。同行監督員が剣へ手を掛けた。

 「下がれ! 一体でもE級、群れならC級依頼だ!」

 だが、抜刀音は一度しか響かなかった。

 カイの姿が消え、五体の間を黒い残像が貫く。鎧の継ぎ目だけへ木剣の峰が入り、前脚の力を逃がし、顎を水面へ向け、互いの突進軌道をずらす。十二歩を使い切る前に、五体すべてが傷一つなく床へ伏していた。飛び散った水滴が落ちるほうが遅かった。

 監督員の剣は、まだ鞘から半分も出ていない。彼は息を呑み、柄から手を離した。

 「……俺が指揮する相手じゃない。ここからの戦闘判断は、君に預ける」

 ミナは目を輝かせ、ガロウは悔しそうに笑い、セレスは一体ごとの無傷を確かめるため記録板を走らせた。リゼットだけは圧倒されながらも、「反動十五秒、全員で守る」と即座に条件を表示した。

 「倒さない。三往復させて、出口をこちらに作る」

 鎧水獣の群れが退いたあと、一度目。剣先で水を叩き、親魔獣を左へ誘う。

 二度目。ガロウは拳を使わず大きな身体で排水口を隠し、ミナは低い火で空いている道を照らす。セレスは「右、現在」と時刻を付け、リゼットは退路条件だけを表示する。

 三度目。カイは通常剣術の足運びで半歩退き、魔獣が逃げられる隙間を作った。

 半透明の身体が五人の間を抜け、入口とは別の細い排水溝へ滑り込む。追わない。殺さない。貯水室には水音が戻った。

 排水溝の奥から、小さな鳴き声が二つ返った。親が守っていたものがいたのだ。

 もし最初の勢いで倒していれば、依頼に関係のない命まで奪っていた。ミナは口元を押さえ、ガロウは拳を見つめた。リゼットは「討伐不要」を記録へ追加し、セレスは親子の退避方向を地図へ残す。

 「追わなくてよかった」

 ミナの声は安堵で震えていた。

 「うん。でも、怖がらせたのは事実だ。次に来る整備班へ、排水溝を塞がないよう伝えよう」

 勝たなかった戦いにも、後始末がある。

 緊張が切れ、ミナがその場へ座り込んだ。

 「私、強くなったから何でもできると思った。怖かった……カイまで転ばせるところだった」

 涙を隠さないミナの隣で、セレスが記録板を胸へ抱く。

 「俺は位置を古いまま伝えました」

 セレスも震える声で言う。

 「俺は設備ごと吹っ飛ばしかけた」

 ガロウは傷のない拳を見下ろし、開いてから膝へ置いた。

 「私は条件を増やして、必要な時に何も見せられなかった」

 全員が自分の失敗を口にした。

 カイも木剣を下ろす。

 「俺はみんなの技能を、一億年で知っている技の形へ当てはめようとした。火は加速、記録は位置、力は撃破、規則は全部を守るものだって。現世の使い方を、今ここで覚え直したい」

 ミナが涙を拭いて立ち上がる。

 「じゃあ覚えて。私の火花は、今は照明と合図。速く走るためじゃない」

 ミナは低い火を一度だけ灯し、全員の足元を照らした。

 「私の記録は未来位置を保証しません」

 セレスが時刻を添え、過去の位置だと分かる線を引く。

 「俺の白牙皇は、広げれば周りも壊す」

 ガロウは両腕を狭く構え、力を絞る幅を示した。

 「蒼律は同意と、少ない条件が必要」

 リゼットは四人の頷きを待ってから、最後の一行だけ残す。

 「うん。覚える」

 排水口を調べると、魔獣が守っていた奥に人工物があった。

 石へ正確に刻まれた七角形の鍵穴。周囲の苔を拭うと、七つの小さな国家紋章が現れた。

 カイの胸にある黒影王の印が、冷たく反応した。

 誰も鍵穴へすぐ触れなかった。

 ミナは火花を近づける前にカイを見る。ガロウは拳を開き、リゼットは接触禁止を一件だけ表示した。セレスは鍵穴の寸法、紋章の並び、魔獣が守っていた方向を別々に記録する。

 「前なら、見つけた勢いで開けてたかも」

 ミナが苦笑した。

 「今も開けたい」とカイは答える。「でも、開けたい気持ちと、開けていい根拠は別だ」

 四つの失敗は恥ではなく、次の一手を止める共通の記憶になっていた。

 魔獣を逃がすためにカイが半歩だけ踏み込んだ場面を、同行監督員は何度も振り返った。斬れば一瞬だったはずなのに、石床も毛皮も傷ついていない。「B級の速度で、殺さずに退路だけ作ったのか」。畏怖を含んだ声に、ミナは嬉しそうに笑い、セレスは再現条件を急いで書き留めた。


【主人公ステータス】

対象:夜凪カイ

種族:七紋人

個体ランク:B

レベル:Lv.15

HP:306/320(ランクB)

魔力:409/430(ランクB)

攻撃:136(ランクB)

防御:119(ランクB)

速度:150(ランクB)

技能:基本剣術(ランクB・Lv.8)/黒影歩(ランクB・Lv.7)/迅雷駆(ランクC・Lv.2)/鏡砕返し(ランクC・Lv.1)/焔皇砕(ランクD・Lv.1)/蒼天鎧(ランクC・Lv.2)/虚空掌握(ランクD・Lv.1)

状態:通常安全出力B・条件付き上限A。第51〜58話は実戦C〜B級相当だが、事務上の評価・所属とは区別する。

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