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落第剣士が古代魔法に巻き込まれ一億年修行 ~七王の技を宿して世界を救う~  作者: バナナ


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第46話 役割は強さで決めない

リゼット・アークレインは、地下訓練路の入口で地図を三度見直した。

 通路は途中で三つに分かれ、中央には膝下までの浅い水路、右には腰を屈めなければ通れない低天井、左には荷車が通れる代わりに遠回りの坂がある。出口までの最短距離は中央。だが模擬負傷者を運ぶなら、水と段差が危険になる。

 戦闘力だけでは測れない試験だと、場所そのものが示していた。

 「前衛はカイ。搬送はガロウ。ミナは照明、セレスは地図。私は全体指揮」

 迷いなく役割を告げると、試験官が杖を床へ鳴らした。

 男は四十代ほどで、日に焼けた顔に深い皺がある。左脚には膝から足首まで金属製の補助具が巻かれ、歩くたび小さく歯車が鳴った。片脚を失いかけても現場へ戻った体つきには、レイガとは違う種類の強さがある。派手な圧力はないが、どの足場へ体重を置くかを一度も間違えない。

 「理由は?」

 試験官は金属の補助具を鳴らさず、配置図の前で足を止めた。

 「カイが班内で最も戦闘判断に優れ、ガロウが最も腕力に秀でるからです」

 リゼットは用意した答えを述べたが、男の目はまだ配置図にある。

 「つまり、強い者を前へ、でかい者を荷物持ちへ?」

 胸を刺されたように感じた。

 「合理的です」

 言い切った声の硬さが、かえってリゼット自身の迷いを浮かせた。

 「平地ならな。では条件を変える。模擬負傷者は夜凪カイ」

 試験官の指が先頭役からカイへ移り、全員の息が止まる。

 「俺ですか」

 カイも驚きを隠せなかった。

 試験官は彼の右脚へ赤い固定具を巻き、発言制限札を胸へ留める。

 「重傷想定。自力歩行と作戦助言を禁止。お前が倒れた途端に止まる班なら、依頼先で市民を巻き込む」

 リゼットの喉が乾いた。

 「反対です」とミナが言った。「カイは昨日、脚を痛めたばかりです」

 ミナはカイの前へ出かけ、本人の表情を見て踏みとどまった。

 「固定具は荷重を支える。痛みが出れば試験を止める」と試験官は答える。「反対理由が負傷への配慮なら正しい。カイがいないと不安だからなら、今日確かめるべき欠点だ」

 ミナはカイを見た。カイは自分で決めるよう促すように待っている。

 「……安全具の説明を確認しました。試験に同意します。でも痛みを隠したら、私が止めます」

 ミナはカイから試験官へ向き直り、停止の権利を手放さなかった。

 「それでいい」

 リゼットは、そのやり取りを聞いて胸が痛んだ。自分は配置を決めることへ集中し、本人の同意を尋ねていなかった。

 「カイ。模擬負傷者役を受ける?」

 遅れて届いた問いに、リゼットは唇を結んで返事を待った。

 「受ける。途中で痛みが出たら白札を二回振る」

 カイは白札を掲げ、合図が全員から見える高さを確かめる。

 「分かった。二回で即時停止を最初の条件にする」

 指揮とは、他人を思いどおりに動かすことではない。拒否や停止の合図まで共有して、初めて役割を預けられる。

 カイが指示を出せない。それだけで、さきほどまで明瞭だった地図が急に複雑に見える。自分が班長だと言いながら、判断の土台を彼へ預けていたのだ。

 「編成を変更します。ガロウは搬送。ミナは前方照明。セレスは地図と後方確認。私は撤退条件を表示」

 役割を並べても、試験官の表情は変わらなかった。

 「同じだな」

 その一言で、リゼットは配置ではなく荷重の偏りを見直す。

 「いいえ。ガロウ一人へ運ばせません。低天井では私と交代し、中央水路では縄を使って四人で荷重を分けます」

 試験官は返事をせず、開始札を上げた。

 最初の中央水路で、リゼットは早くも失敗した。

 《水深が膝を超えたら撤退》《灯具が消えたら停止》《敵影を確認したら右路へ》《負傷者の呼吸が乱れたら交代》

 四条件を同時に《蒼律》へ載せようとした瞬間、青白い文字が重なって消えた。

 「表示が見えない!」

 ミナが叫ぶ。

 「条件を減らすわ。水深と呼吸、二つだけ!」

 表示は戻った。ただし同時には出せず、三呼吸ごとに切り替える必要がある。

 カイは担架の上で口を閉じたまま、こちらを見ていた。助言したいはずだ。それでも試験規則を守り、一度も視線で答えを押しつけない。その信頼が、リゼットには怖かった。

 右の低天井ではガロウの肩がつかえた。

 「俺が横向けば通れる!」

 ガロウが肩を縮めるたび、担架の右端が壁へ寄った。

 「担架が傾く。ここで交代よ」

 リゼットは持ち手へ手を伸ばし、足場の幅を測る。

 「お前じゃ重いだろ」

 心配が腕力の比較へ変わり、彼女の頬に熱が上がった。

 「強さで決めないって、今教わっているでしょう!」

 声を荒げた後、自分も腕力だけでガロウを選んだことを思い出す。悔しさを押し込み、ミナと前を持ち、セレスに呼吸を数えてもらう。ガロウは後ろから天井を確認し、身体ではなく情報で班を支えた。

 「角度、右へ五度。カイの肩が壁へ当たります」

 セレスの記録板が進行方向と平行に傾き、ずれを示す。

 「了解。ミナ、一歩ゆっくり」

 リゼットが歩幅を半分にすると、担架の揺れが収まった。

 「うん。カイ、大丈夫だからね」

 返事は禁止されている。それでもミナは声をかけ続けた。

 三叉路の先で、試験官が中央路を封鎖した。最短経路が消える。

 以前のリゼットなら、予定を守るため解除を要求しただろう。今は左の坂を選び、物資残量と所要時間を計算する。

 左路の坂は乾いていたが、途中に幅の狭い扉がある。担架のままでは通れない。

 「立たせるのは禁止。固定を外して布担架へ移す」

 セレスが手順を読み、ガロウがカイの頭側を支える。ミナは床へ火花を置き、影で段差を見せた。リゼットは腰側を持ったが、想像以上の重さに腕が震えた。

 「無理なら替われ」とガロウが言う。

 背後から差し出された手を見て、リゼットは腕の震えを隠さなかった。

 「まだ持てる。けれど扉を越えたら交代する。意地で次まで持たない」

 自分から限界を口にすると、不思議なほど判断が軽くなった。扉の向こうでガロウへ渡し、代わりに後方確認へ回る。役割は強さだけでなく、疲労でも変わる。

 カイの顔は担架の上で青ざめていた。発言できない彼が白札を一度上げる。

 「一回は注意。速度を落とすわ」

 リゼットは即座に歩調を半分へした。完璧な計画より、今届いた一枚の札を優先できたことが嬉しかった。

 「撤退条件を更新。残り時間が十分を切ったら、出口に関係なく帰還鐘を鳴らす。全員、同意は?」

 蒼律の一行だけが足元へ残り、三人の顔が同時に上がる。

 「同意!」

 三人の声が重なる。カイは発言できないため、あらかじめ渡された白札を掲げた。

 出口へ着いた時、制限時間は一分四十秒残っていた。

 成功を告げる鐘は鳴らなかった。試験官は、入口の手前で担架を置かせた。

 「最後の確認。模擬負傷者を運んだ人数は」

 試験官の視線が、持ち手ではなく五人の汚れた手へ巡る。

 「四人です」とリゼットが答えかけ、止まる。

 低天井ではガロウが周囲を見ていた。持ち手を握っていない時間がある。だからといって、彼が搬送へ参加していないわけではない。

 「全員です。持った者は交代しましたが、照明、地図、天井確認、撤退判断も含めて五人」

 言い直したリゼットの背後で、四人が静かに頷いた。

 「なら合格だ」

 試験官は蒼廷院式の規則票へ追記した。指揮者が倒れた場合、最も強い者へ自動で権限を移さない。停止条件を共有し、残った者が同意によって役割を組み直す。青帝側の規則は、力の序列ではなく、判断が途切れない形を求めていた。

 同じ票の余白には黒帳院の照合欄があり、地下訓練路の古い水門番号が追跡対象の移動記録と一桁だけ一致していた。断定はされず、「本依頼では観測のみ」と記される。赫陣院の欄には、カイが全力を使わず人形を受け止めた一動作だけが、戦闘外の制御例として残った。

 試験官は出口の札へ判を押した。

 カイを担架から起こす時、リゼットは自分の手がまだ震えていることに気づいた。予定が崩れた恐怖、判断を任された重さ、全員で出られた安堵が、今になって一度に戻ってくる。

 「班長なのに、ずっと怖かった」

 リゼットは震える手を握らず、仲間に見えるまま開いた。

 「怖くない人が班長になるんじゃないと思う」

 カイは固定具を外しながら言った。

 「怖い時に、止まる条件を皆へ言える人が班長なんじゃないかな」

 慰めではなく、彼が一億年の失敗から選んだ言葉だと分かった。リゼットは目元を拭き、記録へ自分の恐怖も一行だけ残した。

 試験官がカイの札を外す。

 「運ばれてみて、どうだった」

 試験官が外した白札を返し、カイはその軽さを掌で確かめた。

 「怖かったです。でも、俺が言わなくても全員が止まる理由を共有していた。任せられました」

 リゼットの胸から息が抜けた。自分の指示が完璧だったからではない。失敗した表示を減らし、仲間へ役割を渡したから帰れた。

 「合格だ。ただし、蒼律の二条件は同時表示できない。切替の声を必ず出せ」

 試験官は合格印の横へ、制約を消さずに書き足した。

 「はい。記録します」

 試験官は初めて口元を緩めた。

 試験中、カイは一度も全力を使わなかった。それでも倒れる人形を基本剣術だけで受け止めた瞬間、片脚の試験官は目を細めた。「C級の現場班でも、あの停止は半分が失敗する」。称賛を聞いた仲間たちは嬉しさと悔しさを同時に浮かべ、次は自分たちの判断で彼を驚かせようと姿勢を正した。

 「次は本物の地下水路だ。各自の技能を一度は使え。ただし、使わない判断も技能だと覚えておけ」

 リゼットは頷き、仲間を見た。

 強い者を前へ置けば班になるのではない。誰かが倒れても、残った者が理由を理解して動ける。それが、依頼へ出る班の最低条件だった。


【主人公ステータス】

対象:夜凪カイ

種族:七紋人

個体ランク:B

レベル:Lv.13

HP:310/320(ランクB)

魔力:415/430(ランクB)

攻撃:136(ランクB)

防御:119(ランクB)

速度:150(ランクB)

技能:基本剣術(ランクB・Lv.8)/黒影歩(ランクB・Lv.7)/迅雷駆(ランクC・Lv.2)/鏡砕返し(ランクC・Lv.1)/焔皇砕(ランクD・Lv.1)/蒼天鎧(ランクC・Lv.2)/虚空掌握(ランクD・Lv.1)

状態:通常安全出力B・条件付き上限A。第51〜58話は実戦C〜B級相当だが、事務上の評価・所属とは区別する。

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