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落第剣士が古代魔法に巻き込まれ一億年修行 ~七王の技を宿して世界を救う~  作者: バナナ


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第44話 星騎候補の証

天城レイガは医療塔の廊下で、十枚の診断票を一枚ずつ確認した。

 骨折二名、捻挫三名、打撲と裂傷が五名。重傷者はいない。全員生存。

 窓の向こうでは夜明け前の霧が訓練塔を包み、治療室からは寝息と、時折痛みをこらえる声が聞こえる。合同戦から一晩が過ぎた。試合結果はカイ班の敗北。崩落を起こしたテオクラスト残党は逃走。どちらも消してはならない事実だ。

 「教師として甘い評価を下すつもりか」

 背後の監査官が言った。

 灰色の制服を首元まで留めた壮年の男で、硬い靴音も短く刈った髪も、曖昧さを嫌う性格を表している。カイ本人ではなく診断票と記録板だけを見る姿勢に、レイガは制度を守る者としての強さと狭さを同時に感じた。

 「甘くはしない。負けは負けだ」

 レイガは十枚の診断票を揃え、監査官の記録板へ向けた。

 「なら、無位継続が妥当だ。帰還者を特別扱いすれば学園の信用が落ちる」

 監査官の筆先は止まらず、数字だけを追っている。

 「星徒の評価項目を読め。基礎戦闘、規則理解、班行動、救助判断。四項目だ」

 レイガは十枚の診断票を机へ置いた。

 その横には四院の代理観測票があった。白冠院は十人全員の救助を合格、黒帳院は術者逃走を追跡継続、赫陣院は決闘勝利と合同戦敗北を併記、蒼廷院は二班統合後の指揮を合格としている。四帝は専門別で制度上同格だ。どれか一票を都合よく上へ置くことはできない。

 「カイは決闘に勝った。だが合同戦では旗を奪われ、残党も逃した。それでも封印を解かず、敵味方十人を全員生還させた。救助規則を守ったのではない。規則の目的を理解して行動した」

 レイガは四枚を重ねず、横一列に戻した。

 「救助の成功で戦闘の敗北は消さない。追跡の未完で指揮の成功も消さない。四帝の代理が見た四つの事実を、そのまま本人へ返す」

 * * *

 評議室へ呼ばれたカイは、扉の前で一度息を整えた。

 右脚の痛みは残っている。隣にはミナ、セレス、リゼット、ガロウ。五人とも制服を着直していたが、袖や頬には治療布が見えた。

 「緊張してる?」

 ミナが尋ねる。

 「してる。救助が正しかったことと、評価されることは別だから」

 カイは胸元の空いた制服へ触れ、指をすぐ離した。

 「前より、緊張してるって言うようになったわね」

 リゼットが小さく笑う。

 「隠しても手が震えるから」

 扉が開いた。

 半円形の評議室には監査官、教師、医療官が並び、中央にレイガが立っていた。その斜め後ろには、合同戦の対戦班長が左腕を吊って座っている。

 彼はカイを見ると、一瞬だけ目を逸らした。昨日までの鋭さは残っている。だが、そこに露骨な嫌悪はなかった。

 「夜凪カイ。決闘と合同戦の結果を述べろ」

 監査官の問いに、カイは正面を向いた。

 「決闘は俺の勝利です。黒影歩で背後を取り、相手が敗北を認めました。でも合同戦は、旗を奪われた俺たちの敗北です」

 監査官の筆が二つの勝敗を別々の欄へ記す。

 「残党を逃した」

 短い指摘が落ちても、カイは視線を下げなかった。

 「はい。追跡より十人の救助を選びました」

 治療室の奥から寝返りの音がして、十人の生還が室内へ戻る。

 「後悔は?」

 カイはすぐ答えず、剣柄へ触れる前の一呼吸を置いた。

 「あります」

 室内がわずかにざわめいた。

 「捕らえられなかったことは悔しい。でも、選び直せても同じ救助をします」

 監査官が記録板へ何かを書いた。

 対戦班長が立ち上がる。左腕の痛みに顔を歪めながら、カイの隣へ進んだ。

 「俺は、こいつを危険物と呼びました」

 声は硬い。謝罪に慣れていないのだと、カイにも分かった。

 「今も、力を全部信用したわけじゃない。黒影歩は見えなかったし、S級二種・A級五種の保存技能が安全だとも思っていない。でも、崩落した時、こいつは俺に勝てたのに旗を捨てた。俺たちを敵と呼ばず、最後まで運んだ」

 拳が震えている。

 「危険物という発言を撤回します。夜凪カイは、同じ学園の生徒です」

 胸の奥に、熱いものが広がった。称賛より、その一文の方が嬉しかった。

 レイガが五つの小箱を開く。中には銀の星を一つ刻んだ章が入っていた。

 最初に呼ばれたミナは、受け取る直前で手を引いた。

 「これ、私がもらっていいんですか。火花を維持できたけど、途中で二回消えました」

 ミナの伸ばしかけた手が、銀章の手前で固まっている。

 「消えた時に、無理な再点火をしなかった。呼吸を戻し、位置を変え、六呼吸を再現した。それが評価だ」

 レイガの答えに、ミナは唇を結んで章を受け取った。

 セレスは術者を逃した責任を問おうとした。レイガは、事故偽装を見抜かなければ救助開始そのものが遅れていたと記録を示した。リゼットには、条件を命令ではなく同意へ変えた点を告げる。ガロウには、梁を破壊せず保持した判断を評価した。

 五人とも、できなかったことを抱えたまま認定された。欠点が消えたからではなく、欠点を申告し、仲間と補ったからだ。

 カイの番で、レイガは章をすぐ渡さなかった。

 「夜凪。お前が一人で救ったと思っているなら、これは受け取るな」

 レイガの掌にある銀章は、試すように動かない。

 「思っていません。俺だけなら、十二秒周期も、出口の灯りも、梁の保持もできなかった」

 仲間の顔を順に見たカイへ、レイガの目がわずかに和らぐ。

 「なら受け取れ。次は、助けられた事実も忘れるな」

 銀の章は小さい。それでも胸へ留めた時、一億年のどの勲章より重く感じた。

 「評議結果を告げる。夜凪カイ、ミナ・フェルン、セレス・ノア、リゼット・アークレイン、獅堂ガロウ。五名を学園階梯《星徒》へ認定する」

 ミナが息を呑み、次の瞬間にはカイの袖をつかんだ。セレスは目を見開いたまま何度も章を確かめ、リゼットは泣きそうな顔を隠すように背筋を伸ばす。ガロウは大声を上げかけ、医療官に肩を叩かれて口を押さえた。

 「やった……やったよ、カイ!」

 袖をつかむミナの手は震え、笑顔には涙が混じっていた。

 「うん。みんなで取った」

 レイガの視線が鋭くなる。

 「喜ぶのはいい。勘違いはするな。お前は私に一撃も届いていない。条件付きAは短時間だけだ。星騎候補は、私へ挑む入口にすぎない」

 浮き立った空気が締まり、カイは銀章へ添えた手を下ろす。

 「はい、先生」

 返事を聞いたレイガは、次の推薦状を机へ滑らせた。

 「もう一つ。星徒は監督者同伴の低危険依頼に限り、冒険者ギルドへ仮登録できる。五名を推薦する」

 喜びが驚きへ変わる。幼い頃から遠く感じていた冒険者という立場が、急に手の届く位置へ来た。

 その日の夕刻、医療塔の面談室へ冒険者ギルドの受付官が遠隔登録盤を運び込んだ。推薦だけで資格が生まれるわけではない。受付官は五人の本人確認票を一枚ずつ照合し、監督者同伴、低危険依頼限定、単独受注禁止という制限を読み上げた。

 「以上を理解したうえで、仮登録を希望しますか」

 カイは仲間の顔を見た。浮き足立つミナ、緊張を隠して背筋を伸ばすセレス、頷くリゼット、腕を組んだガロウ。全員の意思を確かめてから答える。

 「はい。五人でお願いします」

 五枚の登録札へ淡い光が走った。学園からの推薦が、ここで初めてギルドの仮登録へ変わった。

 * * *

 午後、五人はレイガとともに崩落現場へ戻った。

 医療塔を出る前、対戦班長が廊下でカイを呼び止めた。

 「次は負けない、と言いたいところだが……昨日は俺が勝ったんだったな」

 吊った左腕を気にしながら、班長は苦い笑みを浮かべた。

 「うん。完敗だった」

 カイが迷いなく認めると、差し出しかけた右手が一瞬止まる。

 「そこまで素直に言われると腹が立つ」

 彼は困ったように笑い、右手を差し出した。

 「次は勝つ。今度は床が落ちなくても、お前の十二歩を止める」

 班長の右手に力が戻り、昨日と同じ闘志が瞳へ宿った。

 「俺も次は、十五秒を仲間に預けず、そのまま勝ち切る」

 握手した手には剣だこがあった。昨日は敵の強さとして見た硬さが、今日は同じ学園で積んだ時間の証に感じられる。

 「名前は、正式な対戦記録が公開された時に名乗る。今は班長でいい」

 まだ残る距離を示すように、男は握手を先に解いた。

 「分かった。また戦おう、班長」

 警戒が友情へ変わったわけではない。だが、次に会う約束ができた。その変化で十分だった。

 白い領域で固定された瓦礫の奥に、七角形の石扉がある。扉には七つの国家紋章。その周囲には、現世の大陸と浮島、深海域を結ぶ古い地図が彫られていた。

 「七界そのものではない」

 カイは黒い獣の爪に似た最初の紋章へ指を近づけた。

 「でも、これはカゲトラの王印と同じです」

 カイの指先が黒い紋章の寸前で止まり、古い記憶を確かめる。

 「幽影樹国ヴェスパリア」

 レイガが国名を告げる。

 「七王の系譜を継ぐ七国家の一つだ。各国には、七界へ接続する王痕門がある」

 一億年を過ごした世界が、現世の地理へつながった。懐かしさより先に畏れが来た。七王の根源を知っていても、今の肉体で国家の剣士に勝てるとは思えない。

 「まずは国へ行くの?」

 ミナは地図の遠い黒い森へ身を乗り出した。

 「違う」

 レイガは地図の手前、学園地下へ伸びる細い水路を示した。

 「仮登録者の最初の仕事は足元だ。地下水路の漏水調査。地図を読み、道具を持ち、無事に帰る。国の話は、それができてからだ」

 ミナが笑い、ガロウは物足りなさそうに鼻を鳴らした。セレスはすぐ地図を書き写し、リゼットは依頼規則を尋ね始める。

 カイは星徒章を胸へ留めた。

 決闘では上位生を圧倒し、合同戦の勝利だけを自分から捨てた。それでもレイガには届かない。圧倒的な力を見せつけるためではなく、仲間と帰るために使った十二歩が、星騎候補への扉を開いた。

 ヴェスパリアの紋章が、カゲトラの王印と同じ黒い光を返した。


【主人公ステータス】

対象:夜凪カイ

種族:七紋人

個体ランク:B

レベル:Lv.11

HP:314/320(ランクB)

魔力:421/430(ランクB)

攻撃:136(ランクB)

防御:119(ランクB)

速度:150(ランクB)

技能:基本剣術(ランクB・Lv.8)/黒影歩(ランクB・Lv.7)/迅雷駆(ランクC・Lv.2)/鏡砕返し(ランクC・Lv.1)/焔皇砕(ランクD・Lv.1)/蒼天鎧(ランクC・Lv.2)/虚空掌握(ランクD・Lv.1)

状態:通常安全出力B・条件付き上限A。第51〜58話は実戦C〜B級相当だが、事務上の評価・所属とは区別する。

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