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落第剣士が古代魔法に巻き込まれ一億年修行 ~七王の技を宿して世界を救う~  作者: バナナ


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第38話 命令ではなく同意

訓練塔の内部では、四角い足場が鎖で吊られていた。

 地上から十歩の高さ。足場は五枚、互いに二歩ずつ離れ、一定時間ごとに一枚が傾く。落下しても下の安全網が受け止めるが、救助人形を落とせば失格。リゼット・アークレインは開始台で全経路を見渡し、自分なら正解を出せると考えた。

 班長に選ばれた以上、迷ってはならない。名門アークレイン家の娘として、整った姿を崩したくない。だが金髪の生え際には汗が滲み、細身剣の柄を握る手は冷たかった。

 開始前、リゼットは足場の傾く順番を三度観察していた。北から南へ一枚ずつ。規則正しく見えたため、最短の直線経路を選んだ。しかしガロウが立つ三枚目だけ鎖の長さが違い、人形を持つセレスの足場は荷重で傾く速度が早い。その二つを、上から見た美しい経路図は教えてくれなかった。

 カイは配置を見て何か言いかけ、口を閉じていた。命令しないという規則を守ったのだろう。リゼットは自分から意見を求めるべきか迷ったが、班長らしく見られたい気持ちが勝った。

 「私が判断するわ」

 言った時、胸の内には誇りだけでなく、失敗を見抜かれたくない恐れがあった。

 「《蒼律》、前進!」

 青い文字が同意済みのカイとミナへ表示される。二人が渡った直後、ガロウの足場だけが沈んだ。右肩を庇う彼は鎖へ左手を伸ばすが届かない。

 「ガロウ、跳んで!」

 沈む足場を前に叫ぶミナへ、ガロウは痛む右肩を見せつけた。

 「この肩でか!」

 人形を抱えたセレスも動けない。前進という正解が、全員に同じではなかった。

 カイが停止し、リゼットを見返す。

 「従えません。理由を確認させてください」

 はっきりと止まったカイの足を見て、リゼットの胸に反発が走った。

 「私が班長よ!」

 怒りが先に出た。カイは声を荒らげず、ガロウの傾いた足場を指す。

 「班長だから聞きます。ガロウの右肩、セレスの荷重、ミナの火花残量を確認しましたか」

 見ていなかった。自分は経路だけを見ていた。

 恥ずかしさで頬が熱くなる。言い訳をすれば全員が落ちる。

 「……確認していない。私が間違えたわ」

 言葉にした途端、足場がもう一段傾いた。羞恥に立ち止まる時間はない。リゼットは細身剣を床へ寝かせ、鎖と足場の隙間へ差し込んだ。剣を梃子にして数秒だけ傾きを遅らせる。

 「ガロウ、右肩の痛みは十段階でいくつ?」

 命令より先に状態を問うと、ガロウは唐突な数字を真顔で測った。

 「今は六。跳べば八だ」

 跳躍を答えから外し、リゼットは人形を抱くセレスへ顔を向けた。

 「セレス、人形を一度置ける?」

 セレスは腕の中の重みと傾く床を交互に確かめた。

 「置けます。ただし留め具がなく、次の傾斜で滑ります」

 置く条件まで得たリゼットは、次に鎖の接続部を見上げた。

 「ミナ、火花で鎖の接続部を示して。燃やさないで」

 使い方を限定されたミナは、指先に小さな光だけを集めた。

 「分かった。一点だけ灯す!」

 状態を聞くたび、頭の中の経路が変わる。最初から持っていた正解を通すのではなく、返ってきた情報で次の一手を作る。その方が遅い。けれど誰も置き去りにならない。

 認める声が震えた。ミナが驚き、すぐ真剣に頷く。

 リゼットは一人ずつ状態を聞いた。ガロウは右肩で跳べない。セレスは人形を置けば記録板を扱える。ミナの火花はあと三回。カイは黒影歩一歩を使えるが、その後八分歩けない。

 「では条件を分ける。ガロウは支柱保持、セレスとミナは搬送。カイは最後に一歩渡って停止。全員、同意できる?」

 一人ずつ違う条件が青い文字となり、カイの返答が先に響いた。

 「できる」

 カイの同意を確かめ、セレスも人形の持ち方を変えた。

 「同意します」

 残るガロウは自分の条件をもう一度読み、鎖へ左手をかけた。

 「おう。今度は分かる」

 《蒼律》G/Lv.2では一条件しか安定しなかった。リゼットは「停止」と「支柱保持」の二条件へ意識を分ける。青い文字が揺れ、最初は消えかけた。

 二つを同時に強く表示しようとすると、文字が重なって読めなくなった。ガロウの視界には「停」と「支」が潰れた青い塊として映り、彼が苛立って目を細める。

 「読めねえ。どっちを先にやる!」

 リゼットは失敗を認め、一度すべて消した。魔力を無駄にした焦りで指が震える。それでも深呼吸し、対象を分けた。ガロウへ支柱保持。完了の返事を聞いてから、カイへ停止。二条件を並べるのではなく、順番のある一つの指揮として使う。

 青い文字が今度は明瞭に灯った。

 「一度に命じるな」

 ガロウの低い声が届く。

 「俺が支える。確認してから次を出せ」

 急かすのではなく待つ言葉をガロウから受け、リゼットは呼吸を一つ整えた。

 「……そうする。支柱保持、開始!」

 ガロウが左腕で鎖を引く。足場が水平へ戻る。次に搬送を口頭で確認し、ミナとセレスが人形を渡す。

 最後に、出口台まで二歩の空白が残った。カイが黒い鞘へ触れる。

 「黒影歩、一歩。到着後は着座。班長、実行していいですか」

 許可を求められたことに、支配ではない責任を感じた。

 「許可する。着座を確認するまで誰も動かない!」

 カイが黒く揺れ、出口台へ現れる。膝が落ちる前に腰を下ろし、両手を床へついた。リゼットの停止表示が、彼の視界で青く灯る。

 八分の反動中、四人は人形とカイの退路を確保した。六分後、カイが自力で立ち上がる。

 「八分 -> 六分。二分短縮です」

 セレスの報告に、リゼットは張り詰めていた息を吐いた。

 「《蒼律》もG/Lv.2 -> G/Lv.3。二条件を順番に維持できました」

 成功の喜びより、全員が同じ内容を理解して動いた安堵が大きかった。

 足場を降りる時、リゼットの膝は力を失いかけた。カイが手を差し出すが、勝手には掴まない。彼女が頷くのを待ってから支えた。その小さな待ち方に、命令と同意の違いが身体で返ってきた。

 「ありがとう。……待ってくれて」

 差し出された手へ自分からうなずいたことを、リゼットは改めて感じていた。

 「班長が俺たちにしたことです」

 正解を早く示すことより、相手が動ける状態か確かめること。その価値を、リゼットはようやく誇りとして受け入れられた。

 「ごめんなさい。最初の私は、班長なら早く命じるべきだと思っていた」

 リゼットが頭を下げると、カイは静かに首を振った。

 「俺も七界の正解を押しつけかけます。問い返してもらえる班でいたい」

 出口の鐘が鳴る。全員帰還だった。

 訓練後、五人は学園前の道具店へ寄った。消耗した包帯、滑り止めの粉、記録札、木剣の柄布。班費には限りがあり、必要な物を全員で選ばなければならない。

 リゼットは買い物籠へ皆の品を入れ、自分の手袋だけ棚へ戻した。指先の縫い目は、蒼律を使うたび擦れて白くなっている。

 カイは棚の手袋と彼女の指を見比べた。

 「班長。その手袋、次の訓練までもたないと思う。俺にはそう見える」

 事実を命令ではなく自分の見え方として差し出すと、リゼットは破れた指先を隠しかけた。

 「わたくしの分は後で結構ですわ。まず皆さんの消耗品を」

 班長として遠慮する彼女へ、カイはその手の役割を見たまま首を振った。

 「みんなの停止線を引く手だ。先に替えてほしい」

 言い切ったあと、カイは少し迷って付け足した。

 「色は……その青が、似合うと思う」

 リゼットは青い手袋を持ったまま一度だけ目を伏せた。

 「では、安全装備として受け取ります。色の意見は参考扱いですわ」

 ミナは茶化しかけた口を閉じ、代わりに同じ棚から自分の指当てを取る。セレスは班費を再計算し、ガロウは最も安い柄布を選んだ。

 「俺のはこれでいい。切れたら結ぶ」

 最も安い柄布を掴むガロウの手から、ミナがそれを取り上げた。

 「だめ。ほどけた布を踏んだら転ぶよ」とミナが上位品へ戻す。

 誰か一人の遠慮で安全を削らない。訓練場で覚えた決め方が、買い物籠の中にも残っていた。

 その夜、リゼットは医療棟へ向かうガロウを見た。彼だけ章開始時から技能値が変わっていない。大柄な背中は皆と逆方向、夜間訓練場へ歩いていた。

 リゼットは追いかけようとして、足を止めた。今すぐ「休みなさい」と命じれば、今日の失敗を繰り返す。彼の肩の状態も、夜間訓練へ向かう理由も聞いていない。

 「ガロウ」

 呼ばれた大柄な少年が振り向く。精悍な顔には苛立ちがあり、右肩を庇う姿勢を隠そうともしていなかった。

 「何だ。班長命令で寝ろってか」

 先回と同じ押し付けをしないよう、リゼットは拳から顔へ視線を上げた。

 「言わないわ。どこへ行くのか、理由を聞く」

 ガロウは答えず、拳を握った。

 「俺だけ何も増えてねえ。支えろ、待て、肩を使うな。そんな役ばかりだ」

 リゼットは反論したくなった。支柱保持で全員を救ったではないか、と。だが彼が欲しいのは正論ではない。

 「悔しいのね」

 正しさで封じずに感情の名を置くと、ガロウの拳が固くなった。

 「悪いか」

 挑むような視線を受け、リゼットも自分の腹立ちを隠さず答えた。

 「悪くない。私も今日、カイに従えないと言われて腹が立った。でも、勝手に肩を壊す訓練には同意しない」

 同じ位置まで降りてきた班長へ、ガロウはなおも夜の通路を振り返った。

 「同意しなきゃ行けねえのかよ」

 行く力を奪われるのが怖いのだと分かり、リゼットの声も震えた。

 「行けるわ。だから怖いのよ」

 声が震えた。班員を管理対象としてではなく、失いたくない仲間として心配している。それを隠さず伝えると、ガロウの拳が少し緩んだ。

 「見張りはいらねえ。だが、カイには声をかけてくれ。あいつなら殴り方を変える案を出すかもしれん」

 リゼットは頷いた。命令ではなく、互いが拒否できる提案を交わす。訓練塔で得た成長は、足場を降りた後にも続いていた。

 帰還直前、崩れかけた足場へ《迅雷駆》を二射だけ通した。青白い軌跡が六歩の黒影を結び、五人を落石域の外へ運ぶ。監査官は「C級の複合運用だ」と驚愕し、リゼットは畏れと尊敬が混じった目でカイを見た。ガロウは「次は俺も置いていかれねえ」と悔しそうに笑う。だが三射目を求めたレイガの木剣には追いつけず、カイは一撃で床へ転がされた。


【主人公ステータス】

対象:夜凪カイ

種族:七紋人

個体ランク:B

レベル:Lv.12

HP:240/254(ランクB)

魔力:265/286(ランクB)

攻撃:98(ランクB)

防御:87(ランクB)

速度:116(ランクB)

技能:基本剣術(ランクB・Lv.6)/黒影歩(ランクB・Lv.5)/迅雷駆(ランクC・Lv.1)/蒼天鎧(ランクD・Lv.1)/虚空掌握(ランクD・Lv.1)

状態:通常安全出力B・条件付き上限Aへ到達。ただし長期高出力と三技能同時使用は不可。

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