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落第剣士が古代魔法に巻き込まれ一億年修行 ~七王の技を宿して世界を救う~  作者: バナナ


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第37話 カイのいない班

煙の迷路へ入るのは、ミナ、セレス、リゼット、ガロウの四人だけだった。

 カイは二階の観察席に座り、分厚い硝子越しに訓練場を見下ろしていた。迷路は木壁で六区画に分かれ、白煙によって隣の仲間さえ二歩先では見えない。救助人形は最奥。煙に毒性はないが、十分を過ぎれば失格になる。

 目的は、カイの指示なしでも四人が動けるか確かめること。助言用の伝声管は目の前にあるが、封がされていた。

 開始直後、ミナが《火花》を高く掲げた。

 煙は天井から均一に落ちるのではなく、床の六つの噴出口から吐き出されていた。足元ほど濃く、腰より上は流れが速い。壁へ触れれば方向を保てるが、両手で人形を運ぶ時は離れなければならない。四人は開始前に縄で互いを結ぶ案も考えたものの、一人が転倒すれば全員を引く危険があるとして採用しなかった。

 観察席のカイには、煙の上から四人の頭だけが見えた。開始線でミナの右手が震えていたことも、リゼットが三度も規則板を読み直したことも見ている。四人はカイがいないから不安なのではない。自分たちだけで決めた失敗を、カイに見られるのが怖いのだ。その感情が分かるからこそ、伝声管へ伸びそうな手を膝へ置いた。

 「全部照らすから、私についてきて!」

 拳ほどの火が膨らみ、煙全体を橙色に染める。だが広げすぎた光は一呼吸で消えた。明暗差で四人の視界が奪われ、ガロウが壁へ肩をぶつける。

 「くそ、何も見えねえ!」

 暗転した視界で肩をぶつける音がし、ミナの火花が動揺で揺れた。

 「ご、ごめん! もう一回つける!」

 焦りに任せて指を上げかけたミナの手首へ、セレスが触れた。

 「待ってください」

 セレスがミナの手首へ触れた。銀髪の少女も咳き込み、目には涙が滲んでいる。それでも記録板を床へ置いた。

 「全部を見る必要はありません。私は通過した角だけ記録します。リゼットは停止条件、ガロウは壁の支柱。ミナは、次の角一つだけ照らしてください」

 リゼットが悔しそうに眉を寄せた。

 「私が班長ではないの?」

 役目を奪われたような痛みがリゼットの声に滋んでも、セレスは視線を逸らさなかった。

 「なら、判断してください。今の役割案を使うか、変えるか」

 セレスは譲らなかった。リゼットは煙の向こうと三人を見比べ、息を吸う。

 「採用するわ。全員、同意できる?」

 班長として問い直した声が煙の中を通り、最初の返答が返った。

 「できる」

 カイの短い同意の後、ガロウも壁から肩を離して息を整えた。

 「おう」

 ミナは一瞬迷い、火花を小さくした。

 「……一つの角だけなら、できる。やる」

 火花は五呼吸、同じ大きさで燃え続けた。以前の四呼吸から一つ伸びた。狭い範囲しか照らせないが、四人の足元と次の角は見える。

 最初の角を越えた直後、煙の噴出口が一つ開いた。火花が横へ流され、ミナは反射的に出力を上げようとする。しかし大きくすれば、また一呼吸で消える。

 「一回、消す!」

 怖さを押し隠さず宣言し、ミナは自分で火を消した。四人がその場へしゃがむ。リゼットの《蒼律》が「停止」を示し、ガロウが左手で壁を探す。セレスは噴出の周期だけを三回数えた。

 「六呼吸ごとです。次の停止中に角を渡れます」

 ミナは再点火し、一つの角だけを照らした。今度は煙の流れへ逆らわず、火を低い位置で小さく保つ。五呼吸目に全員が角を越え、六呼吸目の噴出を壁の陰でやり過ごした。

 観察席でカイは思わず身を乗り出した。自分なら噴出口を剣で塞ぐ。しかし四人は壊さず、周期を読み、止まることで越えた。自分にない答えだった。

 ガロウが崩れかけた木壁を左肩で支え、セレスが通過区画を記録する。リゼットの《蒼律》は「停止」を二人へ短時間だけ表示し、壁が倒れる前に全員を止めた。

 最奥で人形を見つけた時、残りは三分だった。

 「カイなら一人で持てる」

 ミナが漏らす。

 「だから何よ」

 リゼットが人形の脚を持った。

 「いない人の手を数えても、今は増えない。四人で運ぶわよ」

 ガロウとセレスが上体を支え、ミナは五呼吸ずつ進路を照らした。火が消えるたび全員で停止し、再点火を待つ。速くはない。それでも一人も逸れなかった。

 残り七秒で退避線を越える。

 最後尾のガロウの踵が線へ触れた瞬間、ミナの火花が消えた。魔力切れではなく、役目を終えたと自分で判断して消したのだ。彼女はその場へ座り込み、煙で黒くなった顔を両手で覆った。

 「怖かった……。途中でまた全部消えた時、もう無理だと思った」

 リゼットが隣へ座り、背を撫でる。

 「私もよ。でも、無理だと言って止まったから周期を見つけられた。勝手に進まなくてよかった」

 ガロウは人形を降ろし、セレスは記録板の最後へ「恐怖申告後、判断改善」と書いた。能力値だけでは残らない四人の成長が、そこにあった。

 観察席のカイは、伝声管の封へ一度も触れなかった。途中で最短路が見えた。ガロウの肩の使い方も、ミナが照らすべき高さも分かった。それでも口を出さず、四人が自分たちで失敗を直すのを待った。

 終了鐘と同時に、カイは椅子から立ち上がった。

 「やった!」

 硝子に両手をつき、自分が合格した時以上に笑う。迷路から出たミナがその顔を見上げ、疲れ切ったまま笑い返した。

 「見てた? 私たちだけで帰れたよ!」

 疲れ切った顔にも誇りがあり、カイは硬い硼子へ両手をついたまま大きくうなずいた。

 「全部見てた。助言したい回数は数え切れなかった。でも、しなくてよかった」

 セレスは記録板へ結果を刻む。

 「ミナの《火花》G/Lv.4 -> G/Lv.5。安定維持四呼吸 -> 五呼吸。カイの指示回数、多数 -> 〇回」

 最後の数字だけが妙にきれいで、ミナは記録板へ首を傾げた。

 「〇回も成長に入るの?」

 ミナが首を傾げる。

 「入ります。助けないという役割を完遂しました」

 レイガが次の訓練表を示した。

 「次はカイを班へ戻す。だが班長はリゼットだ。カイ、お前は命令するな」

 リゼットの紫の瞳が緊張で細くなる。カイは彼女へ向き直り、素直に頭を下げた。

 「班長、お願いします」

 その敬意に、リゼットは驚いた後、強く頷いた。

 訓練後、カイは四人と同じ目線で迷路へ入った。今度は煙がなく、彼らが選んだ経路を歩いて確かめるためだ。

 最短ではない角が二つあった。最初の角はガロウが支えられる壁を選んだため。二つ目は、ミナが五呼吸の火花を維持できる狭さを優先したためだった。

 「俺なら、こっちを選んでいた」

 カイが細い脇道を示すと、セレスは首を振った。

 「そこは一人なら最短です。でも人形を横向きにしないと通れず、四人では詰まります」

 自分の正解が、班の正解ではない。カイは何度も教えられているのに、地形を見ると一億年の最短路が先に浮かぶ。

 「助言しなかったのは正解だった。俺が言えば、みんなはこの道を試して時間を失った」

 黙ることだけを学びにしかけたカイへ、ミナが一歩近づいた。

 「でも次は、見えたことを黙り続けないで」

 ミナが振り返る。

 「私たちだけで決めることと、カイを外すことは違うから。班長に情報を渡して、決めるのは全員。そうしよう」

 リゼットはその提案を聞き、翌日の指揮規則へ書き込んだ。カイは命令しない。ただし危険、身体限界、見つけた経路は報告する。班長は理由を聞き、同意を取る。

 四人だけで帰れた成功は、五人に戻った時の役割まで変え始めていた。

 カイは観察席で作った自分の記録も見せた。助言したかった箇所は十一。だが四人が自分たちで修正できなかった箇所は一つもない。セレスはその数字を見て、次回から観察者の課題を「黙ること」ではなく「後で役立つ情報だけ残すこと」に変えようと提案した。

 ミナは、助けを求めることと答えを任せきることは違うと書き添えた。カイが戻る次の訓練では、必要な観察を聞き、それでも最後の選択は班全員で行う。五人はその約束を一人ずつ読み上げた。

 訓練後、レイガはカイだけを残し、飛来する鉄球を木剣で返させた。カイが《鏡砕返し》で一球を寸分違わず発射口へ戻すと、見学中の上級生が言葉を失う。二球目を同時に放たれれば返せず、レイガの白い圧力が空中で両方を止めた。「一球を返せた。それだけだ」。圧倒的な師の声に、浮かれかけた空気が引き締まった。

 個別訓練を終えると、ミナが一般課程の教本を長机へ広げた。カイが消えていた十二分のあいだにも授業は進んでいる。七界で一億年を過ごしても、明日の小テスト範囲は埋まらない。

 「剣だけ強くなって、歴史で赤点はなしだからね」

 長机に広げられた教本の厚さを見て、カイは剣を握る時より慎重に息を吸った。

 「そこは……助けを頼みたい。王朝名が七界の国名と混ざる」

 リゼットは索引へ細い紙を挟み、年代を三つずつ区切った。

 「全部を一度に覚えようとなさらないで。まず明日の範囲ですわ」

 セレスは教師の板書と教本の差を余白へ整理する。ミナは問題を声に出し、ガロウは向かいで地図の地名を指した。

 「ここ。山の西だ」

 ガロウの太い指は自信たっぷりに地図の一点を押さえていた。

 「逆。教本を上下に持ってる」

 ミナが教本を回そうとすると、ガロウは地図の端を離さなかった。

 「地図は回しても山だ」

 道理だけは通っている言い分に、ミナは教本と天井を交互に見た。

 「試験の答えは回らないよ!」

 アステリアが一拍置いて、投影した小さな星を不正解の欄へ落とした。

 「現在、星は三つ失われました。追試になれば、さらに増える見込みです」

 静かな宣告と共に不正解欄の星が消え、カイはペンを握り直した。

 「脅し方が静かすぎる……。でも、もう一問頼む」

 扉の外を通ったレイガは入ってこなかった。ただ、カイが間違えた年代の頁へ教師用の栞を一本置いていく。答えではなく、戻る場所だけを示す置き方だった。

 五人は休憩終了の鐘まで机を囲んだ。カイが最後の一問を自分で解くと、誰も大声では祝わず、それぞれの教本を軽く鳴らした。


【主人公ステータス】

対象:夜凪カイ

種族:七紋人

個体ランク:B

レベル:Lv.11

HP:242/254(ランクB)

魔力:268/286(ランクB)

攻撃:98(ランクB)

防御:87(ランクB)

速度:116(ランクB)

技能:基本剣術(ランクB・Lv.6)/黒影歩(ランクB・Lv.5)/迅雷駆(ランクC・Lv.1)/蒼天鎧(ランクD・Lv.1)/虚空掌握(ランクD・Lv.1)

状態:通常安全出力B・条件付き上限Aへ到達。ただし長期高出力と三技能同時使用は不可。

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