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落第剣士が古代魔法に巻き込まれ一億年修行 ~七王の技を宿して世界を救う~  作者: バナナ


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33/62

第33話 完全敗北

天城レイガは、地下第一訓練場の中央で五人を待っていた。

 北側の高い観客席に学園監査官。西壁際に治療術師二人と担架三台。四方の退避線は黄色く点灯し、救助人形は中央から離れた位置へ五体置かれている。生徒がどこで倒れても、レイガの白帝領域なら一呼吸で治療班へ渡せる配置だった。

 それでも、彼は手加減を「届いた」と誤認させるつもりはなかった。

 カイは一億年の技量を持つ。だからこそ、現世の肉体で越えられない壁を曖昧にすれば死ぬ。ガロウは強敵を見ると負傷を忘れる。ミナは仲間の危機で制御を失い、リゼットは正解を急ぎ、セレスは記録へ沈む。欠点を責めるのではない。五人が役割を理解するまで、教師である自分が止める。

 開始線へ並んだ生徒たちの顔は硬い。カイだけが静かに見えるが、剣を握る親指が白くなっていた。恐怖がないのではない。恐怖を抱えたまま立つことを覚えた顔だ。

 「勝利条件を申告しろ」

 カイが一歩出た。

 「救助人形五体と班員全員を、南出口へ出します。反動者を置き去りにしません」

 カイの宣言が訓練場の奥まで届き、仲間たちの呼吸もそこへ揃った。

 「受理する」

 レイガは左手を上げた。

 「開始」

 白帝領域が訓練場を覆った。

 五人はレイガを見なかった。ミナの火花が床を照らし、セレスが出口と人員の二系統を記録する。リゼットの《蒼律》が同意した二人へ停止条件を示し、ガロウは左腕で人形を担いだ。

 前半三分で二体。昨日より速い。

 レイガは南出口を閉じ、西を開いた。五人は一瞬迷い、カイの指示で中央へ人形を集める。正しい。ならば次は、東西二出口を同時に閉じ、北だけを開く。

 「北へは行かない!」

 リゼットが叫んだ。

 「閉じた南の前で待つ。先生が出口を変えるなら、移動距離を増やさない!」

 これも正しい判断だった。

 レイガは白壁を動かさず、代わりに拘束帯を人形へ伸ばした。カイが短い剣撃で一本を払い、ミナが火花で次の帯を照らす。セレスが到達まで二呼吸と警告し、ガロウが人形を抱え直す。

 五人は前より確実に成長している。

 だが、まだ足りない。

 レイガは人形と出口の間へ立った。攻撃せず、ただ通路を塞ぐ。

 カイの目が初めてこちらへ向いた。仲間の退路を守るため、自分が囮になると決めた目だった。

 「俺が先生を引きつけます。三体目を運んでください」

 彼の視線が逃げ道へ向かっていないのを察し、ミナは一歩前へ出た。

 「カイ、黒影歩は一回だけよ!」

 ミナの声へ頷き、カイが踏み込む。通常剣術の短い一撃。レイガは剣を抜かず、白い膜で逸らした。二撃目、三撃目。カイは一振りごとに停止し、現世の身体を壊さない。

 レイガは背後へ一歩分の空白を作った。

 誘いだと、カイなら分かる。それでも仲間のために使う。

 「第一技法・黒影歩」

 黒い残像が一歩を飛び、カイがレイガの背後へ現れた。足が崩れる前に自ら腰を落とし、座った姿勢から剣を伸ばす。切っ先は外套まで指一本。

 レイガは振り返らなかった。

 右手の人差し指と中指だけで刃を挟む。

 金属音すらしない。カイの剣は完全に止まった。

 観客席から息を呑む音が重なった。カイの顔から血の気が引く。技量で背後を取っても、教師の領域内では最初から捕捉されていた。

 「届いていない」

 レイガは事実だけを告げ、白い拘束でカイの手首を固定した。

 「分かっています」

 絞り出した声には、悔しさがあった。それでもカイは敗北を誤魔化さない。

 その姿を見たガロウが吠えた。

 「そいつを離せ!」

 右肩の負傷も、運んでいた人形も忘れ、正面から突進する。隊列が切れた。

 「ガロウ、戻れ!」

 カイの叫びは一歩遅い。レイガはガロウの足元へ白壁を起こし、衝撃を上へ逃がした。《白牙皇》の圧力が天井へ散り、本人だけが宙へ浮く。治療班側へ受け流し、同時にリゼットの足首、セレスの記録板、ミナの手首を白帯で拘束した。

 十秒後、五人全員が床へ座らされていた。

 救助済みは二体。残り三体。レイガへの有効打はゼロ。

 砂時計には四分以上残っていた。

 「終了。完全敗北だ」

 言葉が訓練場へ落ちる。

 ミナは悔しさで泣いた。リゼットは俯いたまま拳を震わせ、セレスの記録板には未完了の文字が明滅している。ガロウは床を見つめ、「俺のせいだ」と掠れた声を漏らした。

 カイは座ったまま、レイガを見上げた。

 「俺には、まだどこで崩れたのか見えてません。何を間違えたのか、教えてください」

 その問いに、監査官が先に答える。

 「能力不足です。退学審議を――」

 冷たい判定が終わるより早く、レイガの低い声が割って入った。

 「違う」

 レイガは観客席を見ずに遮った。

 「お前たちは、私を倒す役を奪い合った。仲間を帰す役より、強敵へ挑む自分を優先した」

 ガロウが唇を噛む。血が滲んだ。

 「なら……俺を外せ」

 ガロウは顔を上げられず、その申し出で仲間との距離まで広げようとした。

 「逃げるな。失敗した者にしか直せない癖がある」

 レイガは拘束を解き、五人の前へ三週間分の訓練表を置いた。

 白帯が消えた後も、カイの手首には圧迫された赤い跡が残った。剣を握り直そうとすると指が震え、鞘口へ一度で収まらない。レイガは手を貸さず、カイが呼吸を整えて自分で納刀するまで待った。負けを急いで片づけず、身体へ残った事実まで受け止めさせるためだった。

 「お前たちは私を倒す班ではない。私がいない場所で、人を帰す班になれ。再訓練を許可する」

 監査官が椅子を鳴らした。

 「判定を延期する根拠は」

 監査官の尖った視線を受けても、レイガは五人の前から動かなかった。

 「二体を救い、全員が自分の敗北を認識している。伸ばせる生徒を、数字一つで捨てない。それが教師の判断だ」

 レイガの声は低いが、異論を押し返す強さがあった。

 カイは訓練表を拾った。一億年かけて覚えた技より先に、初日の欄には一行だけ書かれていた。

 ――剣を持たずに呼吸せよ。

 「先生。もう一度、教えてください」

 深く頭を下げるカイの横で、四人もそれぞれ悔しさを抱えたまま頭を下げた。

 治療班がガロウの右肩を固定する間、誰もすぐには話せなかった。完全敗北という言葉が、まだ胸の中で重かった。

 最初に沈黙を破ったのはガロウだった。

 「カイ。次は俺を止めろって頼んだのに、また突っ込んだ。悪かった」

 拳を開いたガロウの手には、爪の跡が残っていた。

 「俺も、囮になる判断を一人で決めた。黒影歩を使う前に、交代できるか聞くべきだった」

 ミナは涙を拭き、二人を睨んだ。

 「二人だけで反省を終わらせないで。私もカイを見た瞬間、人形から目を外した」

 ミナが自分の失敗も列に並べると、リゼットは唇を結んだ。

 「私は勝利条件を表示していませんでしたわ。頭に入っているから、全員も分かっていると断定してしまいました」

 表示の消えた記録板を見つめ、セレスも自分の遅れを口にする準備をした。

 「私は隊列崩壊を記録しましたが、警告が遅れました」

 五人は失敗を一人の責任にしなかった。レイガは少し離れた場所で聞き、答えを与えない。

 カイが訓練表の最初の一行を指でなぞる。

 「剣を持たずに呼吸する。最初は意味が分からなかった。でも、俺たちは戦う前から息が合っていなかったんだと思う」

 気恥ずかしげな結論に、リゼットの張っていた口元がわずかに緩んだ。

 「随分と綺麗にまとめますのね。こほん、嫌いではありませんけれど」

 リゼットが目を赤くしたまま笑う。

 「明日、走って吐きそうになっても同じことを言えるか、私が見届けて差し上げますわ」

 敗北の痛みは消えない。それでも五人は、明日の集合時刻を自分たちで決めた。退学審議を免れたからではなく、同じ負け方を繰り返したくなかったからだ。

 退出する前、カイは残された三体の人形を一体ずつ退避線へ運んだ。試験は終わっている。それでも置き去りの形で訓練場を去りたくなかった。四人も黙って加わり、最後の一体を五人で床へ下ろす。勝敗は変わらないが、次に守るべき行動だけは、その場で選び直せた。


【主人公ステータス】

対象:夜凪カイ

種族:七紋人

個体ランク:B

レベル:Lv.7

HP:250/254(ランクB)

魔力:280/286(ランクB)

攻撃:98(ランクB)

防御:87(ランクB)

速度:116(ランクB)

技能:基本剣術(ランクB・Lv.6)/黒影歩(ランクB・Lv.5)/迅雷駆(ランクC・Lv.1)/蒼天鎧(ランクD・Lv.1)/虚空掌握(ランクD・Lv.1)

状態:通常安全出力B・条件付き上限Aへ到達。ただし長期高出力と三技能同時使用は不可。

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