表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落第剣士が古代魔法に巻き込まれ一億年修行 ~七王の技を宿して世界を救う~  作者: バナナ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/62

第3話 名のない刃

獅堂ガロウの剣名奉唱から数人が過ぎても、講堂には白い光の残像と興奮が漂っていた。

 夜凪カイは祭壇へ続く列の中で、汗ばんだ手を制服の脇へ何度も擦りつけていた。天井から降る術式光は明るいのに、指先だけが冷たい。順番が来たら黒い鞘を台座へ置き、聞こえた剣名を唱える。それが今の目的だった。

 ただし、その名が一度も聞こえたことはない。

 昨日、門をくぐり、白紙の仮登録証を受け取った。あの時は「本測定前だから」と考える余地があった。ここで何も起きなければ、能力欄の空白は未測定ではなくなる。自分自身が、皆とは違うと認めなければならない。

 隣ではミナが、自分の登録証を両手で持っていた。彼女の奉唱した《火花》は、祭壇の上に拳ほどの赤い光を灯した。大きくはなかったが、光が生まれた瞬間、ミナは泣きそうな顔で笑った。

 「ちゃんと聞こえました。家のかまどじゃなくても」

 戻ってきた彼女へ、カイは「よかった」と答えた。本心だった。同時に、自分だけ取り残される怖さも増した。その醜い感情を知られたくなくて、笑おうとしたが頬がうまく動かなかった。

 少し前では、セレスの細身の剣が複数の術式文字を空中へ浮かべた。彼女は歓声より文字列へ夢中になり、教師に促されるまで祭壇を降りなかった。

 リゼットの剣は青白い光を真っ直ぐ天井へ伸ばし、上位適性を示した。周囲から感嘆が漏れても、彼女は満足げに笑わず、判定盤の数値を一つずつ確認している。自信があるように見えたのは、結果を軽く扱わないからなのだろう。

 三人とも、剣名を持っている。

 列が一人分進む。

 壇上で奉唱を監督している教師は、最初に天城レイガと紹介されていた。三十代ほどに見える長身の男性で、黒い教員服の上から灰色の長外套を羽織っている。肩と腕は厚く鍛えられ、左の眉から頬へ薄い傷が走っていた。傷を含めても精悍な顔立ちは、同性のカイから見ても格好いい。

 何より目を引くのは立ち方だった。長時間そこにいるはずなのに重心が崩れず、生徒の剣が暴れれば一歩だけで射線へ入る。強い者なのだと、説明されなくても分かった。

 ガロウの力が周囲を押し退けるものなら、レイガの存在感は周囲を落ち着かせる。怒鳴らなくても、彼が片手を上げるだけで千人近い講堂が静かになった。

 尊敬と緊張が同時に湧き、自分の失敗をこの人に見られたくないと思った。

 「夜凪カイ」

 名前を呼ばれた。

 「……はい。すみません、聞こえてました」

 返事が遅れ、後ろで誰かが小さく笑った。耳が熱くなる。カイは黒い鞘を抱え、祭壇までの階段を上った。

 一段ごとに、靴底が石を打つ音が大きく聞こえる。壇上から振り返ると、講堂中の顔が自分へ向いていた。ミナは胸元で両手を握り、セレスは記録具を構え、リゼットは瞬きもせず見ている。ガロウだけは腕を組み、表情を変えなかった。

 逃げたい。

 だが、ここまで来て背を向ければ、自分の剣が何なのか確かめる機会も失う。

 レイガが台座を示した。

 「所持武器を置け。柄へ触れろ。聞こえた名だけを言え。足すな、隠すな」

 最後の言葉が、自分へ向けられたように感じた。

 「は、はい」

 黒い鞘を白石の台座へ置く。周囲の剣なら触れた時点で淡く光るのに、黒い鞘は光を吸ったままだった。

 柄へ手をかける。

 何も聞こえない。

 目を閉じ、呼吸を整えた。衣擦れ。遠くの咳払い。天井の術式が巡る微かな振動。自分の荒い鼓動。全て聞こえるのに、手の中の剣からは音も、言葉も、意思も伝わらない。

 「夜凪。どうした」

 責める声ではない。それでも喉が塞がった。

 「す、すみません。もう一度……お願いします」

 講堂がざわつく。レイガは周囲を黙らせるでも、カイを急かすでもなく、同じ調子で言った。

 「剣名を奉唱しろ」

 カイは柄を握り直した。手のひらが痛むほど力を入れる。聞こえてくれと願い、頭の中で何度も呼びかける。

 返事はなかった。

 期待にしがみついて黙り続ければ、次の生徒の時間まで奪う。リゼットに「分からないものを分かったと言わないで」と言われたことを思い出した。

 「……聞こえません」

 声にした瞬間、胸の奥が冷えた。

 生徒たちの間から、抑えきれない囁きが広がる。

 「剣名がないのか」

 驚きを隠さない声に、周囲の視線がいっそう集まる。

 「そんな人、本当にいるんだ」

 別の生徒が黒い鞘を覗き込み、隣の肩をつついた。

 「あれ、剣なの?」

 笑い声より、好奇心と警戒の視線が痛かった。自分が人ではなく、珍しい失敗例になったように感じる。顔を上げていられず、台座の小さな傷を見つめた。

 「今、何も聞こえないという意味か」

 レイガの問いは、逃げ道を残す確認だった。

 カイは一瞬、その逃げ道に乗りたくなった。緊張のせいだと言えば、明日まで先延ばしにできるかもしれない。

 だが、それではミナにも、自分にも嘘を重ねる。

 「いいえ。今だけじゃありません。今まで、一度も聞こえたことがないんです」

 隠していた事実を口にすると、恥ずかしさで足が震えた。同時に、肺へ少しだけ空気が入った。

 列の後方から、低い声が届く。

 「なら、剣ではない」

 ガロウだった。

 笑ってはいない。侮辱する表情でもない。目の前の事実から結論を出しただけなのだろう。だからこそ、その言葉は深く刺さった。

 この黒い鞘まで否定されたら、自分がここへ来た理由は何も残らない。

 「剣だ」

 反射的に言い返し、柄を引いた。

 普段なら指三本分で止まる刃が、手の幅ほどまで抜けた。

 黒い刃は光を放たない。代わりに、講堂の床下から、巨大な歯車が一つ噛み合ったような金属音が響いた。

 足元が沈む。

 祭壇の縁に刻まれた術式が一斉に明滅し、並べられた百本以上の剣が鞘の中で震えた。天井から細かな石粉が落ち、生徒たちが悲鳴を上げて後ずさる。

 カイの手首には、刃の向こうから引っ張られるような重さがかかった。握っているだけなのに、腕の骨が軋む。

 「な、何だ、これ……!」

 ミナは驚きながらも列から一歩出て、カイを見ていた。セレスは床を走る術式の点灯順へ目を向け、リゼットは近くの生徒の肩を押して祭壇から下がらせる。それぞれが恐怖の中で違う行動を選んでいた。

 レイガが、いつ動いたのか分からなかった。

 次の瞬間にはカイと生徒たちの間へ立ち、片手で黒い刃の進行を止めている。刃に触れた指先から白い煙が上がったが、表情は変わらない。その圧倒的な落ち着きに触れた途端、カイは自分がどれほど危険なことをしたのか理解した。

 「手を離せ」

 レイガの指先から立つ煙に目を奪われながらも、カイは柄を握り続けていた。

 「でも、今、初めて反応が――」

 レイガは黒い刃を押さえたまま、逃げ道を与えない目でカイを見据える。

 「反応と制御は別だ。現状を観測できていない。手を離せ」

 低い声に怒りはない。だから言い訳ができなかった。

 カイが柄から手を放す。レイガは黒い刃を素手で押し戻した。最後の一寸が鞘へ収まると、床の振動も剣の震えも途切れた。

 静まり返った講堂に、焦げた布の匂いが漂う。

 「先生、手が……」

 カイの視線を受けても、レイガは傷を隠そうともしなかった。

 「この程度なら問題ない」

 レイガの右手には赤黒い火傷が浮かんでいた。この人が間に入らなければ、誰かが傷ついていたかもしれない。その原因は、自分が「剣だ」と証明したい一心で命令を待たずに抜いたことだ。

 悔しさより先に、吐き気を伴う恐怖が来た。

 レイガはカイを叱る前に、講堂の生徒たちへ向き直った。

 「測定を中断する。負傷者を確認しろ。夜凪カイは失格ではない。現時点では測定不能とし、私の保護観察下に置く」

 ざわめきが戻る。「失格ではない」という言葉に安堵した。それなのに、自分の力で残ったのではなく、教師に守られて残されたことが苦しかった。

 「先生」

 声を出すと、膝まで震えているのが分かった。

 「俺は……この学園にいていいんですか」

 レイガは火傷した手を隠さず、カイを見た。

 「その答えを出すために学ぶ。俺が今決めるのは、お前を退学させることではない。次の事故を防ぎ、正体を確かめることだ」

 慰める口調ではなかった。問題を先送りにもしない。ただ、今の失敗だけで全てを終わらせないと言っている。

 カイは黒い鞘を抱え、列へ戻った。

 ミナがすぐに口を開きかける。カイは今、励まされれば自分が泣くか、逆に彼女へひどいことを言う気がした。

 「ご、ごめん。今は……何を言えばいいか、分からない」

 首を振ると、ミナは傷ついた顔をした。それでも別の場所へ行かず、半歩だけ距離を空けて隣へ戻った。

 その沈黙がありがたく、同時に申し訳なかった。

 剣名は得られなかった。代わりに、カイは隠していた事実を皆の前で明かし、制御できない反応を起こした。

 能力欄の空白は、もう自分一人の秘密ではない。

 そして明日からは、天城レイガの保護観察下で、自分が危険ではないと行動で示さなければならなかった。


挿絵(By みてみん)


【主人公ステータス】

対象:夜凪カイ

種族:基底人族

個体ランク:G

レベル:Lv.3

HP:14/18(ランクG)

魔力:4/10(ランクG)

攻撃:4(ランクG)

防御:3(ランクG)

速度:5(ランクG)

技能:基本剣術(ランクG・Lv.1)

状態:入学候補・未登録。現世の基礎鍛錬段階で、七技法は未修得。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ