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落第剣士が古代魔法に巻き込まれ一億年修行 ~七王の技を宿して世界を救う~  作者: バナナ


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第2話 剣名奉唱の列

候補生登録を終えたカイは、ミナとともに一年生の教室へ入った。

 正門前で立ち尽くしていた時よりは足が動く。長旅で擦れた踵はまだ痛み、知らない生徒の声が重なるたび肩が上がった。白紙の仮登録証を上着の内側へしまっていても、能力欄の空白まで隠れた気はしない。昼から始まる剣名奉唱で、聞こえなかった名を聞き取る。それが今の目的だ。そこまでは、余計な注目を集めずに過ごしたかった。

 教室は扇形に広がり、四十ほどの机が段差に沿って並んでいた。高い窓から差す光が、黒板の上に吊られた星環模型をゆっくり回している。磨かれた木の床には新しい蝋の匂いがあり、開け放たれた窓からは訓練場の掛け声と金属音が風に乗ってきた。

 既に半数以上の新入生が集まっていた。腰の剣を机へ立てかけ、同郷らしい者同士で剣名や道場の話をしている。笑い声が上がるたび、話の輪へ入るきっかけを探すより、入らずに済む席を探してしまう。

 カイは一番後ろの空席を選んだ。背後が壁なら、黒い鞘を覗き込まれにくい。

 ところが、ミナは迷わず隣の椅子を引いた。

 「別の席でもいいんだぞ。前の方が黒板も見やすいだろ」

 自分から遠ざけるような言い方になり、言った直後に後悔した。

 ミナは鞄を机へ置きながら、カイの顔を確かめた。

 「私がここに座りたいんです。知っている人が夜凪君しかいませんから」

 迷いのない返事に、カイは空いた前列とミナの顔を見比べた。

 「知り合って、まだ十分くらいだ。前へ行きたいなら、俺に合わせなくていい」

 ミナは椅子を引く手を止めず、むしろ不思議そうに首を傾げる。

 「門前で一緒に迷って、登録所まで行きました。知り合ってからの長さで決めるんですか? 十分でも、私は隣がいいです」

 さらりと言われると反論できない。彼女の中では、自分はもう「知っている人」らしい。その距離の縮め方に戸惑いながらも、嫌ではなかった。

 前の席では、銀色の髪を腰近くまで伸ばした少女が学園案内を読んでいた。背筋を真っ直ぐに保ち、周囲の雑談には一度も加わらない。白い指がページをめくるたび、細い金属製の筆で余白へ何かを書き込んでいる。

 髪の一房が肩から滑り、その少女が振り返った。

 透き通るような肌と、澄んだ青い目。目を引くほど整った顔立ちだった。門前でミナに声をかけられた時とは違う緊張が走り、カイは耳が熱くなるのを感じた。綺麗だと思ったことまで見抜かれそうで、机の角へ視線を逃がす。一方で、周囲ではなく鞘の異常を先に見つけた観察力には、自分より遥かに鋭い相手だという警戒も湧いた。

 少女の視線は、カイではなく机脇の黒い鞘へ落ちていた。

 「その鞘、反射光が見えません。窓光に対する反射率は、見た範囲ではほぼゼロです」

 声は静かで、気味悪がる響きより確認の色が強い。

 「昔からこうだ。磨いても変わらない」

 セレスの視線は鞘の表面を辿り、色より材質を見極めようとしていた。

 「材質を調べるために、触れても?」

 カイの肩へ力が入った。受付係が手袋を着けた光景を思い出す。

 「勝手に触らないなら……でも、今は」

 言い切れずにいると、少女は手を引いた。

 「では、触れません。訂正します。今調べても、剣側の反応と、警戒した持ち主の反応を分離できません」

 遠慮というより、正確な観察を優先したらしい。ただ、拒否を無視しない人だとは分かった。

 「私はセレス・ノア。術式記録を専攻する予定です」

 端的な自己紹介に促され、カイも名を返す。

 「夜凪カイ。こっちはミナ」

 隣で待っていたミナが、すかさず身を乗り出した。

 「自分で言えます! そこ、私の出番です!」

 ミナが頬を膨らませて名乗り直す。セレスは瞬きを二度し、「順番を奪ってしまいました。すみません」と真顔で頭を下げた。

 ミナは毒気を抜かれたように手を振った。カイも、セレスは冷たいのではなく、会話の決まった型をまだ持っていないのだと考え直した。

 教室の入口付近が、不意に静かになった。

 金色の髪を高い位置で束ねた少女が入ってくる。制服には皺一つなく、候補生章も襟の正しい位置に留められていた。背筋を伸ばした歩き方に迷いがなく、近くの生徒が声をかける前から自然に道を空ける。

 陽を弾く金髪と、はっきりした目鼻立ちを持つ華やかな美人だった。すれ違うだけでも目を引かれ、また耳が熱くなる。鋭い紫の瞳がこちらへ向くと、カイは背筋を正した。育ちのよさと、他人にも自分にも妥協しなさそうな気の強さが同居している。今の自分を値踏みする相手だと感じたが、同時に、彼女の前では曖昧な返事ほど危険だとも直感した。

 少女は、カイが上着へしまい損ねていた白い登録証を見つけ、机の前で足を止めた。

 隠したい衝動が遅れて湧く。今さら手で覆えば、余計に後ろめたく見える気がして動けなかった。

 「能力未登録の候補生もいるのね」

 落ち着いた声だが、歓迎する調子ではない。

 ミナが椅子から半分立ち上がった。

 「測定前だから空いているだけです」

 少女はミナの勢いを正面から受け止め、わずかに顎を上げた。

 「庇うお気持ちは結構よ。けれど、本人の答えを聞かせてちょうだい」

 少女はすぐ言い返したものの、ミナを睨みつけはしなかった。カイへ向き直り、返答を待つ。

 「リゼット・アークレイン。入学時評価では上位を取るつもりよ。実戦演習では、班員の能力を前提に役割を決める。能力不明の相手と組む可能性があるなら、確認しておきたいの」

 名前を聞いた途端、近くの生徒が小さく息を呑んだ。だがカイには、その家名が何を意味するのか分からない。分かるのは、彼女がただ見下しに来たのではなく、自分の安全と成績に関わる情報を取りに来たことだけだ。

 「ほ、奉唱が終われば……分かると思う」

 声が震えた。自分でも確信していない答えを、リゼットが見抜かないはずはない。

 彼女は数秒だけカイを見つめた後、追及せずに頷いた。

 「そう。では、結果を見ます。分からないことを分かったとは言わないで。それが、ご自分と班員を守る最低条件よ」

 厳しいが、嘘をつけとも、出ていけとも言われなかった。

 リゼットが前方の席へ移ると、ミナはその背中を見ながら息を吐いた。

 「感じがいいとは言いません。初対面であれだけ真っ直ぐ来ます? 受け止める覚悟が要りますよ」

 カイは去っていく背中に、敵意より確かめようとする強さを思い返した。

 「でも、確認する理由は言った」

 ミナは呆れたように眉を下げ、カイの横顔を覗き込む。

 「夜凪君、思ったより人に甘いです」

 その指摘を否定できず、カイは机の木目へ目を落とした。

 「疑われる理由が、俺にもあるから」

 言いながら、胸の奥が重くなる。ミナにもまだ全部は話していない。

 担任教師の案内で、新入生たちは講堂へ移動した。

 教室棟から講堂までは、空中回廊を二本渡る。透明な床の下に谷と水路が見え、強い風が側壁を鳴らしていた。高所が苦手な生徒は中央を歩き、平気な者は遠くの浮遊島を指さしている。カイは黒い鞘が手すりへ当たらないよう押さえながら、ミナの歩調が遅れれば自分も少し遅くした。

 講堂は千人を収容できる半球状の建物だった。中央には白石の祭壇があり、その周囲に百本を超える剣が整然と並ぶ。天井の星環紋から落ちる光が刃へ触れ、色の違う反射を壁一面へ散らしていた。油、金属、香木を焚いた煙の匂いが混ざり、喉が乾く。

 剣名奉唱は、持ち主が聞いた名を声にし、学園が契約と初期適性を記録する儀式だ。一人ずつ祭壇へ上がるたび、歓声や安堵の声が起きた。

 やがて列の前方へ、一人の少年が進み出た。

 黒髪を短く整え、同年代とは思えないほど背が高い。肩幅が広く、制服の上からでも鍛えた身体の厚みが分かる。精悍な顔立ちは、同性のカイから見ても素直に格好いいと思えた。だが、正面だけを見る金色の目には近づき難い鋭さがある。

 威圧する仕草はない。それでも周囲が道を空けた。足音の間隔が一度も乱れず、自分の立つ場所を疑ったことがないように見える。

 その姿だけで、カイは気圧された。比べるのも失礼だと思うほど、自分とは違う。

 「あの人、獅堂ガロウです」

 ミナが声を潜めた。

 「知っているのか」

 ミナは前方の青年へ目を向けたまま、さらに声を抑える。

 「入学試験の実技一位です。模擬戦で教官を一人倒したって、受付の列で聞きました」

 噂だけなら誇張だと思ったかもしれない。

 ガロウが祭壇へ立つと、講堂のざわめきが途切れた。柄へ手を添え、深く息を吸う。ためらいはなかった。

 「白牙皇」

 剣名が呼ばれた瞬間、白い火花が天井まで走った。

 空気が弾け、前列の生徒が悲鳴を上げる。教師たちの防護術式が何層も展開し、光の奔流を半球状に押し留めた。カイは腕で顔を庇った。熱はないのに皮膚が粟立ち、腰の鞘まで微かに震えた気がした。

 眩しさの中心で、ガロウは一歩も動いていない。

 「……あれに、追いつけるのかな」

 ミナの声から、いつもの明るさが消えていた。

 セレスは目を見開いたまま、記録する手を止めている。前列のリゼットは唇を結び、祭壇から目を逸らさなかった。驚き方は違っても、誰も平然とはしていなかった。

 カイにも答えはない。怖い。自分があの前へ立てば、何も起こらずに終わるかもしれない。その差を全員へ見られると思うだけで逃げたくなる。

 それでも、白い光を綺麗だと思った。

 あの強さに近づきたいという感情が、恐怖の底に残っている。

 列へ戻るガロウが、カイの黒い鞘へ一度だけ視線を向けた。関心と呼べるほど長くはない。だが、その一瞥に気づいたカイは、反射的に鞘を隠すのをやめた。

 次は自分の番ではない。それでも列は確実に短くなっている。

 剣名を聞くという目的は変わらない。だが今は、名が聞こえなかった時にも祭壇から逃げず、事実を口にする責任が加わっていた。


挿絵(By みてみん)


【主人公ステータス】

対象:夜凪カイ

種族:基底人族

個体ランク:G

レベル:Lv.2

HP:16/18(ランクG)

魔力:7/10(ランクG)

攻撃:4(ランクG)

防御:3(ランクG)

速度:5(ランクG)

技能:基本剣術(ランクG・Lv.1)

状態:入学候補・未登録。現世の基礎鍛錬段階で、七技法は未修得。

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