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落第剣士が古代魔法に巻き込まれ一億年修行 ~七王の技を宿して世界を救う~  作者: バナナ


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第1話 門前の無音

夜凪カイは、星環学園の正門から十歩ほど離れた石畳の上で、もう三度も立ち止まっていた。

 夜明け前に家を出て、乗合艇と登山軌道を乗り継いで四時間。肩には一泊分の荷物が食い込み、慣れない革靴の中では踵がひりついている。それでも今の目的は、休む場所を探すことではない。正午までに候補生登録を済ませ、入学式の剣名奉唱へ出ること。そのために、まず目の前の門をくぐらなければならなかった。

 分かっているのに、足が動かなかった。

 黒鉄の門柱は、カイが両腕を広げても抱えきれないほど太い。そこから左右へ延びる白い城壁は山肌に沿って霞の向こうまで続き、頭上では巨大な星環紋が淡い青光を帯びて回転している。門を通るたび、生徒の登録証へ光が触れ、澄んだ鐘のような音を返した。

 その音が鳴るたび、カイは腰の黒い鞘を意識した。

 十五歳になる頃までに、多くの者は自分の剣から「剣名」を聞く。剣につける愛称ではない。持ち主と剣が契約を結んだ証であり、その者がどんな力を扱えるかを示す最初の資格でもある。剣名を学園へ登録すれば、正規の訓練を受け、やがて冒険者ギルドの依頼へ参加できる。実績次第では実戦科や特務科へ進み、浮遊島や遺跡の調査隊にも加われる。

 カイは、その名を一度も聞いたことがなかった。

 腰の鞘は、幼い頃から家にあったものだ。墨を固めたように黒く、朝日も門の青光も吸い込んでしまう。布で磨いても、油を塗っても、表面には艶一つ浮かばない。中に刃がある重みは感じるのに、抜けば指三本分ほどで引っかかり、それ以上はびくともしなかった。

 家を出る前、母は「駄目でも帰っておいで」と言った。その優しさが、今はかえって胸に重い。

 駄目だった時の帰り道まで用意されているようで、怖かった。

 「……入るだけだ。受付をして、聞けばいい」

 自分へ言い聞かせた声は、飛空艇の風切り音に消えた。

 門の向こうには、募集要項の小さな絵では伝わらなかった世界が広がっている。薄灰色の石で築かれた校舎が段丘ごとに並び、その間を硝子張りの空中回廊が結んでいた。中央の訓練塔は雲へ刺さるほど高い。上空では翼の短い小型飛空艇が旋回し、着陸場から吹き下ろす風が旗と新入生の外套を一斉にはためかせている。

 さらに遠く、山の外側には浮遊島が見えた。岩盤の下から滝が霧となって落ち、その周囲を訓練用らしい飛行標的が巡っている。あそこも実習区域だと知ってはいたが、実際に目にすると、自分が場違いな場所へ来た感覚が強くなった。

 門をくぐっていく新入生たちは、誰もが剣を堂々と帯びていた。柄へ刻まれた紋章を見せ合い、剣名や出身道場の話をしている。背の高い少年が笑うたび、仲間の剣から赤い光が散った。

 カイは無意識に鞘を外套で隠した。

 ここで学ぶ者は、いずれ魔獣や犯罪者と向き合う。名前すら答えない剣を持つ自分が混じれば、誰かの邪魔になるのではないか。受付で追い返されるだけならまだいい。周囲に笑われ、やはり来るべきではなかったと自分でも認めてしまうことの方が怖かった。

 「あの、新入生の受付って、あっちでしょうか」

 すぐ横から声をかけられ、カイは肩を跳ねさせた。

 振り向くと、赤みのある茶髪を肩口で切りそろえた少女が立っていた。陽の下では髪の先だけが銅色に透けている。大きな栗色の目と、少し上向いた口元がよく似合う、かなり可愛らしい少女だった。

 カイより少し背が低い。新しい制服にはまだ布の硬さが残り、胸元の留め具がわずかに斜めになっている。少女は笑っていたが、片手では鞄の持ち手を強く握り、もう片方の指で留め具を何度も直していた。

 同年代の女子から声をかけられることに慣れていないカイは、一瞬、後ろの誰かに話しているのかと思った。だが少女の視線は自分へ向いている。整った顔を正面から見続けられず、門柱の根元へ目を逸らした途端、耳まで熱くなった。赤くなっている気がして、余計に顔を上げられない。

 「え、えっと……俺、で合ってる?」

 少女は戸惑うカイを急かさず、小さく頷いた。

 「はい。あなたも新入生ですよね? 同じ制服を見つけて、ちょっと安心しました」

 同じ不安を抱えていたと知り、カイの肩からわずかに力が抜けた。

 「そ、そう。新入生……です」

 最後だけ敬語になった。自分でも変だと思ったが、言い直せなかった。

 少女は少しだけ目を丸くし、それから困ったように笑った。

 「よかった。私、門が大きすぎて、どこへ行けばいいのか分からなくなっていたんです。一人で間違えるより、二人で間違えた方が、少しだけ怖くないかなって」

 堂々として見えた少女も緊張している。その事実に気づくと、カイの肩からわずかに力が抜けた。

 周囲を見直す。門の右側、風にあおられる案内板に《新入候補生登録所》という矢印があった。さっきから視界に入っていたはずなのに、自分のことばかり考えて見落としていた。

 「右だと思う。案内板の矢印が登録所を指してる。……一緒に確かめよう」

 少女はカイの示した先を追い、風に揺れる案内板を見つけた。

 「本当だ! 門に驚いて、案内を見るのを忘れるなんて。私、自分で自分にツッコミたいです」

 少女は胸を撫で下ろし、今度は少し自然に笑った。

 「私はミナです。ミナ・フェルン。北の農業区から来ました」

 名乗られたカイは、遅れまいとして背筋を伸ばした。

 「夜凪カイ。俺は……西の港町から」

 ミナは途切れた言葉を詮索せず、その名を確かめるように頷く。

 「夜凪君ですね。よろしくお願いします」

 差し出された手を見て、カイは半拍遅れて握り返した。指先は自分と同じように冷たかった。明るく話しかけてきたからといって、平気なわけではないらしい。

 二人で歩き出すと、門上の星環紋が低く唸った。カイは身を固くしたが、青い光は制服の候補生章をなぞっただけで通り過ぎた。腰の黒い鞘は、何の音も返さない。

 門を越えた。それだけのことなのに、胸の奥で張り詰めていたものが少し緩んだ。

 「夜凪君は、剣名奉唱、楽しみですか? 私は楽しみと怖いのが半分ずつです」

 石畳の両側には、食堂や購買所、治療棟への案内が立っている。ミナは目移りしながらも、歩幅をカイへ合わせていた。

 すぐには答えられなかった。

 ここで「剣名がない」と言えば、今できたばかりの知り合いが離れていくかもしれない。そう考えた瞬間、自分が彼女の親切に甘えながら、肝心なことを隠そうとしているのだと気づいた。

 「楽しみというより……確認したいことがある」

 ミナの表情から笑みが薄れ、続きを待つ真剣な眼差しに変わった。

 「確認?」

 カイは背負った重みを意識し、黒い鞘へ指をかけた。

 「この剣のことだ。まだ、よく分かっていなくて」

 全部ではない。だが嘘でもない。カイは黒い鞘の上へ手を置いた。

 ミナは鞘へ視線を落とした。光を返さない表面を不思議そうに見つめたものの、触れようとはしなかった。

 「分かるといいですね」

 あまりに素直な返事に、カイは鞘へ置いた手へ力を込めた。

 「変だと思わないのか」

 ミナは問いの裏にある怯えを感じ取ったように、柔らかく首を振る。

 「ちょっと変わった鞘だとは思います。でも、私の剣だって、家のかまどに火をつけた時しか返事をしてくれなかったんですよ。剣なのに台所限定って、変でしょう? 学園なら分かることがあるかもしれません」

 それだけ言って、ミナは登録所の列へ向かった。根拠のない励ましではなく、自分にも分からないことがあったと話してくれた。その距離の取り方が、カイにはありがたかった。

 候補生登録所は、天井の高い円形建物だった。紙とインクの匂いに、濡れた外套の湿気が混じっている。壁際では記録用の青白い術式盤が回り、受付係たちが氏名、年齢、出身地、所持武器を順に確認していた。

 カイの番が来る。

 差し出した申請書を、受付の女性が手際よく読み上げた。ところが黒い鞘を測定台へ置いた途端、術式盤の光が消えた。

 一度。再起動して、もう一度。

 結果は同じだった。

 発行された仮登録証には、氏名と所属だけが刻まれ、能力欄は白いままだった。

 「すみません。ここが空いています」

 声が思ったより小さくなった。

 受付係は登録証を見直し、次に黒い鞘を見た。さきほどまでの仕事用の笑顔が薄れ、奥の職員へ短く目配せする。その変化だけで、胃の辺りが縮んだ。

 「現時点では未登録として扱います。入学式の測定結果を受けて更新します」

 受付係の事務的な口調に、カイは聞き返すまで一拍を要した。

 「未登録というのは……珍しいんですか」

 受付係は登録証を机へ戻し、慎重に言葉を選ぶ。

 「多くはありません。ただし、今日は予備登録です。今の段階で合否を判断することではありません」

 丁寧な答えだった。しかし受付係は、黒い鞘へ触れる時だけ厚い手袋を着けた。警戒されている。その理由を尋ねる勇気は出なかった。

 建物を出ると、昼前の陽射しが目に痛かった。

 ミナは自分の仮登録証を見せた。能力欄には《火花》とあり、その横に小さな赤い点が灯っている。

 「私も、まだ指先くらいの火しか出せません。鍋を焦がしたことならありますけど」

 冗談めかしているが、視線はカイの白い欄を気にしている。無理に「大丈夫」と言わないのは、受付の反応を彼女も見ていたからだろう。

 事情を隠したまま気を遣わせている。その申し訳なさに喉が詰まり、それでも何も返さない方が失礼だと思った。

 「……ありがとう」

 ミナは思いがけない礼に目を丸くした。

 「まだ何もしてませんよ」

 カイはうまく説明できず、並んでいた列へ視線を落とす。

 「一緒に並んでくれた」

 ミナは少し驚いた後、「私も一人じゃなくて助かりました」と答えた。

 始業鐘が、広い学園のあちこちで重なって鳴った。訓練塔の鐘は低く、空中回廊の鐘は高い。その響きの中で、周囲の候補生たちが一斉に校舎へ走り出す。

 カイは白紙の登録証を握り、ミナと並んで歩き出した。

 剣名奉唱が終わるまで、自分がここにいてよいのかは分からない。けれど門前で引き返していたら、能力欄が空白だという事実さえ確かめられなかった。

 今、増えたのは力ではない。自分の空白を、一人だけに見られたという事実だ。

 それでもミナは隣にいる。

 その小さな変化を失いたくなくて、カイは次の鐘が鳴る前に教室へ着こうと、痛む踵で歩調を速めた。


挿絵(By みてみん)


【主人公ステータス】

対象:夜凪カイ

種族:基底人族

個体ランク:G

レベル:Lv.1

HP:18/18(ランクG)

魔力:10/10(ランクG)

攻撃:4(ランクG)

防御:3(ランクG)

速度:5(ランクG)

技能:基本剣術(ランクG・Lv.1)

状態:入学候補・未登録。現世の基礎鍛錬段階で、七技法は未修得。

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