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落第剣士が古代魔法に巻き込まれ一億年修行 ~七王の技を宿して世界を救う~  作者: バナナ


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第27話 白帝領域

地下第一訓練場には、四つの出口があった。

 正面の北門は、地上へ続く搬送路。

 左右の東門と西門は、医療区画と待機室へ通じる退避口。

 カイたちの背後にある南門だけが、開始位置に最も近い通常出入口だった。

 訓練場の中央には、胸の高さほどある黒い円柱標的が据えられている。その北側、正面出口との中間には、左脚を負傷した想定の救助用人形が倒されていた。

 今回の勝利条件は、標的を破壊することではない。

 五人のうち一人以上が救助用人形へ到達し、四方いずれかの出口へ搬送すること。

 レイガへ有効打を与えれば追加評価になるが、必須ではなかった。

 カイ、ミナ、セレス、リゼット、ガロウの五人は、南門から十歩進んだ開始線に横一列で並んでいる。

 カイの両手首と両足首には、灰銀色の《封力具》が巻かれていた。保存技能から流れ込む出力を十分の一へ絞るだけでなく、レイガの《白帝領域》が通常の三倍の重圧を身体へかける。模擬戦は復学試験であると同時に、ここから毎日続く集中修行の初日だった。

 観察窓の上には、四帝の紋章が同じ高さで並んでいる。四帝は制度上同格で、上下ではなく専門の違いによって互いの判断を照合する。その一角、白帝レイガの白冠院は救命・退路・現場指揮を担う。天城レイガが白帝であるのは、最強という順位を示すためではない。危機の場で、誰をどの順に生還させるかを決め、その結果を引き受ける役だからだった。

 試着した監査官は十歩も歩けず膝をついた。だがカイは開始線まで呼吸を乱さず歩いた。観察窓の教員たちが顔を見合わせ、ガロウは悔しそうに、それでも隠しきれない感嘆を浮かべた。

 「その重さで普通に立つのかよ。やっぱり今のお前、弱いどころじゃねえな」

 対する天城レイガは、中央標的の東側に立っていた。

 黒い教師服の上から灰色の外套を羽織り、鍛えられた身体を自然に立たせている。左眉から頬に走る傷も、組んでいない両腕も、昨日までと何も変わらない。

 武器さえ持っていなかった。

 それなのに、カイの身体は開始前から警告を発していた。

 肩が硬い。

 舌の奥が乾く。

 膝の力を抜こうとすると、逆に太腿が強く緊張した。

 七界には、レイガより大きな力を持つ者がいた。

 一振りで大地を割る剣士。

 時間の流れから外れて攻撃する戦士。

 世界そのものを修行場へ変え、カイを何千年も敗北させ続けた師もいた。

 保存された技量だけを比べれば、レイガの構えを解析することはできる。

 だが、目の前の教師を、七界の師たちと同じ基準へ置くべきではないとカイは感じていた。

 レイガの強さには、七界の圧倒者たちとは違う重さがある。

 誰もいない世界で頂点へ立った者の強さではない。

 生徒がいる学園で、事故が起きるたび前へ出て、危険な技能を止め、負傷者を背負い、何年も人を守り続けてきた者の強さだった。

 灰色の外套に残る補修痕。

 古い傷に重なる新しい薄傷。

 五人だけでなく、四つの出口と救助用人形、観察窓の監査官、待機している医療担当者まで視界へ収めた立ち位置。

 レイガは戦う前から、全員が倒れた場合の手順まで選び終えている。

 その事実に気づいた瞬間、カイの背中を冷たい汗が流れた。

 尊敬と恐怖は、同時に存在できる。

 「試験条件を確認する」

 レイガの声が訓練場へ響いた。

 「五人で救助用人形を出口まで運べ。私への攻撃は許可する。致命技能は禁止。夜凪は基本剣術のみ。全員、生きて線を越えろ」

 ガロウが左拳を握った。

 右肩には固定帯が残っている。

 「先生を倒した場合は?」

 ガロウは握った拳を半ばまでほどき、白帝を倒すという条件が冗談でないかレイガの傷顔を見た。

 「その時点で合格とする」

 合格の二文字を聞いたガロウは右肩を回し、痛みより先に言質を取る笑みを浮かべた。

 「言ったな」

 ガロウの踵が訓練場の床を鳴らす。引き出した条件を撤回させぬよう、レイガを睨んだ。

 「言った。試してみろ」

 ガロウの口元に笑みが浮かぶ。

 だが、カイには分かった。

 軽口を交わしながらも、ガロウの呼吸は普段より浅い。

 ミナは両手の指を組み、《火花》を作る準備をしている。

 セレスは銀の記録杖を胸元に構え、四つの出口までの距離を順番に確認していた。

 リゼットはガロウの左隣へ立ち、彼の横顔を見上げる。

 「先ほど確認した通りですわ。あなたが圧力を広げすぎた場合、私が《蒼律》で『停止』を表示します」

 蒼い「停止」の文字を想像したカイの視線が、リゼットの青い腕輪へ落ちた。

 「分かってる。表示が出たら切る」

 リゼットは「切る」という軽い言い方に眉を寄せ、同意を残す青い腕輪をカイへ向けた。

 「同意を撤回するなら今のうちです」

 右肩の震えを見抜かれたガロウは、リゼットの表示だけは信じると決めて腕を下ろした。

 「しねえよ。俺の右側は信用するな。お前の表示は信用する」

 リゼットは一瞬だけ目を見開いた。

 すぐにいつもの気位の高い表情へ戻り、顎を上げる。

 「当然ですわ」

 五人は事前に役割を決めていた。

 ガロウが《白牙皇》で正面の障害を押し開く。

 ミナが《火花》を出口表示として維持する。

 セレスが術式変化と距離を記録し、安全な経路を選ぶ。

 リゼットはガロウへ停止条件を示し、右肩の負傷による範囲暴走を防ぐ。

 カイが人形へ到達し、搬送する。

 派手ではない。

 全員が今できることだけを組み合わせた計画だった。

 レイガが右手を上げる。

 「開始」

 白い光が、足元から広がった。

 眩しさはなかった。

 目を閉じるほど強い光でもない。

 ただ、床の灰色が白く塗り替えられ、壁も天井も四つの出口も、薄い白の中へ沈んでいく。

 《白帝領域》。

 光が訓練場を覆った瞬間、カイは音を失った。

 完全な無音ではない。

 ミナの呼吸も、ガロウが床を踏む音も聞こえている。

 だが、どこから届いた音なのか分からない。

 右から聞こえたはずの靴音が、次の瞬間には背後から響く。セレスの衣擦れが、実際より十歩も遠く感じられる。

 距離も狂っていた。

 中央標的は先ほどまで開始線から二十歩先にあった。

 今は十五歩にも、五十歩にも見える。

 四つの出口は目に映っているのに、そこへ至る床の長さが呼吸のたびに伸び縮みした。

 最も近かったはずの南門さえ、振り返れば遠い。

 退路がある。

 しかし、どの退路を選べば本当に近づけるのか分からない。

 レイガは、一歩も動いていなかった。

 それでも空間の主導権は、完全に彼の手にあった。

 「行くぞ!」

 ガロウが叫んだ。

 左拳を前へ突き出す。

 「《白牙皇》!」

 白い圧力衝撃が正面へ広がった。

 開始線から中央標的まで、扇状に床を押し下げるはずの一撃。

 だが、ガロウの目前に白い障壁が立ち上がった。

 薄い光の壁だった。

 《白牙皇》が衝突する。

 轟音は生まれなかった。

 白い圧力は壁面へ吸い込まれ、広がることも、跳ね返ることもなく消えていく。

 障壁には傷一つつかなかった。

 「まだだ!」

 ガロウが左腕へさらに力を込める。

 右肩が引かれ、顔が苦痛に歪んだ。

 リゼットが即座に手を上げる。

 「《蒼律》――条件、『停止』!」

 蒼い二文字がガロウの視界へ現れた。

 一呼吸目。

 ガロウは圧力を切った。

 事前の同意通り、自分の意思で止まった。

 リゼットの役割は果たされた。

 少なくとも、そのはずだった。

 次の瞬間、白い細線が床から伸び、二人の足首へ絡みついた。

 拘束術式。

 ガロウが左脚を引こうとしても、靴底が開始線から離れない。リゼットも蒼い表示を維持したまま、姿勢を変えられなくなった。

 「障壁を攻撃すれば、拘束が来ます!」

 セレスが叫んだ。

 記録杖を床へ向ける。

 「《術式記録》、距離測定!」

 銀色の線が中央標的と四つの出口へ伸びた。

 記録板に数値が浮かぶ。

 北門まで二十四歩。

 東門まで十六歩。

 西門まで十九歩。

 南門まで十二歩。

 「東門が最短です!」

 セレスが示した方向を見る。

 確かに、東門の輪郭が最も近い。

 だが、カイの感覚には違和感があった。

 表示された距離と、白い光の流れが一致していない。

 「セレス、待って」

 カイが止めるより早く、セレスが東門へ一歩踏み出そうとした。

 足は開始線を越えなかった。

 床に白い枠が浮かび、セレスの身体を四方から囲む。

 記録板の距離が一斉に書き換わった。

 東門まで四十七歩。

 西門まで七歩。

 次の瞬間には、すべてが零歩と表示される。

 「偽の距離……」

 セレスの顔色が変わった。

 《術式記録》は見えている術式を正しく記録している。

 だが、領域そのものが偽の距離を提示しているため、記録した結果も正しく誤っていた。

 「ミナ、出口を固定して!」

 カイが言う。

 「うん!」

 ミナは指先へ赤い光を灯した。

 「《火花》!」

 拳大の火が安定する。

 ミナは自分たちの背後、南門の位置へ火花を送ろうとした。炎を目印にすれば、距離が揺れても同じ光へ戻れる。

 火花が開始線の上を離れた。

 その途端、赤い炎が細長く伸びる。

 ミナは操作していない。

 火は白い床へ吸い込まれ、四つに分かれた。

 北、東、西、南。

 すべての出口の前に、同じ赤い火花が灯る。

 さらに床へ赤い矢印が現れ、それぞれ異なる退路を示した。

 《白帝領域》が、ミナの火を退路表示へ変換したのだ。

 「どれが本物なの?」

 ミナの声が震える。

 四つの火花は、すべてミナの魔力で燃えている。

 見分ける基準がない。

 レイガは攻撃していなかった。

 ガロウの衝撃を吸収し、ミナの火花を利用し、セレスへ偽の距離を記録させ、リゼットとガロウを拘束した。

 障壁、拘束、退路管理。

 三つを同時に展開しながら、中央標的の横から一歩も動いていない。

 五人もまた、開始線から一歩も出られていなかった。

 驚愕が、遅れて絶望へ変わる。

 勝てない。

 その考えが、カイの中へ明確に浮かんだ。

 一億年分の技量があっても、現世で使える身体がない。

 四人の技能を合わせても、レイガは一撃も返さず無力化した。

 有効打を与えるどころか、救助用人形へ近づくことさえできない。

 カイは木剣を握り直した。

 それでも、何か一つは見つけなければならない。

 白い光にも流れがある。

 障壁がガロウの衝撃を吸収した瞬間、東側の光がわずかに薄くなった。

 拘束が二人へ伸びたとき、西側の床に細い途切れが生じた。

 ミナの火を四つへ分ける直前、北門へ向かう光だけが半呼吸遅れた。

 領域は完全に均一ではない。

 複数の制御を同時に行うため、術式同士が切り替わる継ぎ目がある。

 七界で積み上げた観察と解析が、その継ぎ目を拾った。

 北西。

 中央標的の左奥から西門へ抜ける線。

 一呼吸にも満たない間だけ、障壁と距離操作の両方が薄くなる。

 そこを通れば、人形へ近づけるかもしれない。

 「見つけた」

 カイは呟いた。

 木剣を下げ、腰を落とす。

 黒影歩は使わない。

 許可されているのは基本剣術だけだ。通常の一歩で継ぎ目へ入る。

 右足に力を込める。

 だが、身体は保存された判断速度についてこなかった。

 継ぎ目はもう開いている。

 今、踏み出さなければ閉じる。

 焦りが筋肉を硬くする。

 足を出そうとした瞬間、太腿が痙攣した。

 膝が床へ落ちる。

 木剣の先が白い床を打った。

 乾いた音だけが、異なる三方向から返ってきた。

 「カイ!」

 ミナの声が聞こえる。

 カイは立とうとした。

 脚に力が入らない。

 見えていた。

 確かに救助経路の候補は見えていた。

 だが、その道を通る身体がなかった。

 白い拘束線がカイの手首へ巻きつく。

 木剣を奪うほど強くはない。

 ただ、これ以上無理に動けば自分の脚を傷める位置で、正確に止められていた。

 レイガの声がした。

 「終了だ」

 白い光が消える。

 音が戻った。

 中央標的までの距離が二十歩へ戻り、四つの出口も本来の位置に見える。

 ミナの火花は南門の前ではなく、開始線から半歩先の床で消えかけていた。

 セレスは一歩も動いていない。

 リゼットとガロウの足首にあった拘束も解除される。

 五人全員が、開始位置のままだった。

 レイガは中央標的の横に立ち続けている。

 外套の裾さえ乱れていなかった。

 カイの胸に、強い悔しさが湧いた。

 何もできなかった。

 一億年修行した。

 数え切れないほど敗北し、立ち上がり、技を学んだ。

 その記憶を持ちながら、現世では一歩も進めなかった。

 驚きが絶望になり、絶望が悔しさへ変わる。

 それでも、レイガへの敬意は失われなかった。

 むしろ強くなった。

 一撃も返さず、誰も傷つけず、五人の選択だけを封じた。

 ガロウの右肩を悪化させず、ミナの火を暴走させず、セレスの術式を壊さず、リゼットの同意条件も奪わず、カイの脚が損傷する直前に拘束した。

 勝つためではない。

 全員を安全に敗北させるための領域だった。

 レイガが開始線まで歩いてくる。

 初めて、中央から動いた。

 膝をついたカイの前で止まり、五人を順に見た。

 「お前たちは、開始直後から自分の技能を使うことしか考えていなかった」

 ガロウが悔しそうに拳を握る。

 「道を開かなきゃ、進めねえだろ」

 ガロウは自分がこじ開けようとした白壁と、開始線に残した救助人形を交互に見た。

 「誰を帰す道だ」

 ガロウが言葉を失う。

 レイガはミナを見る。

 「火を出口へ置く前に、誰がその出口を使うか決めたか」

 西門へ置いた火だけを見ていたと気づき、ミナは仲間の間で小さく肩をすぼめた。

 「……決めてません」

 ミナの否定が落ちると、セレスの筆先も距離だけを並べた記録欄の上で止まった。

 「セレス。距離が正しいと確認する基準は用意したか」

 絶対距離を書きかけた一行に基準の印がない。セレスは空白を隠せず筆を浮かせた。

 「いいえ」

 リゼットはガロウを止めた瞬間の空いた前列を思い返し、揃えた手袋の指を強く押し合わせた。

 「リゼット。ガロウを止めた後、誰が代わりに前へ出る予定だった」

 リゼットは唇を引き結ぶ。

 「決めていませんでしたわ」

 最後に、レイガの視線がカイへ向く。

 「夜凪。お前は継ぎ目を読んだ」

 カイは顔を上げた。

 「北西の経路です」

 カイは北西の白壁に見つけた隙間を思い返し、それが一人分の幅しかなかったことまで飲み込んだ。

 「候補としては正しい」

 胸の奥がわずかに動く。

 完全に間違っていたわけではない。

 だが、レイガの声は厳しいままだった。

 「お前一人で通るならな」

 カイは救助用人形を見る。

 北西の継ぎ目は狭い。

 身体一つなら抜けられても、負傷者人形を運ぶ幅はない。ミナたちを逃がす順番も決めていなかった。

 見つけたのは救助経路ではない。

 自分だけが前へ出るための隙だった。

 「強さを見せる前に、誰をどこへ逃がすか決めろ」

 レイガの言葉が、白い光より深くカイを押さえた。

 「救助試験で先に決めるのは退路だ。敵の撃破でも最短到達でもない。全員が帰る順番を作れ」

 カイは木剣を握ったまま、俯いた。

 悔しかった。

 自分は、また一人で進む方法を選んでいた。

 一億年の孤独で身につけた判断が、仲間を救う場面でも先に出た。

 観察窓の向こうで、監査官が数値板を閉じた。

 「有効打、零。救助対象への到達、零。全員が開始位置で無力化されています」

 冷静な声が訓練場へ届く。

 「この結果は、夜凪カイが集団環境における危険技能保持者として適性を欠く証拠です。条件付き復学ではなく、退学案へ戻すべきです」

 カイの胃が冷たくなる。

 敗北は、ただの失敗ではない。

 学園へ残れなくなる理由として記録される。

 レイガは監査官を見上げた。

 左眉から頬へ走る傷の下で、目だけが鋭くなる。

 「一度負けた生徒を退学にするなら、訓練場など必要ない」

 レイガは開始線から出口まで一歩も縮まらなかった距離を示すように、白い床へ視線を落とした。

 「結果は明確です」

 開始位置で光に縫い止められたまま、カイは「明確」という語が退学と失敗のどちらを指すか見極めようとした。

 「ああ。明確だ」

 レイガはカイたちへ向き直る。

 「こいつらは、自分の技能を使う前に退路を決められなかった。夜凪は一人で通れる経路しか見つけられなかった」

 監査官へ背を向けたまま、レイガは言った。

 「だから次に直す場所が分かった」

 灰色の外套が揺れる。

 「試験は始まったばかりだ」

 レイガは床へ新しい開始線を示した。

 今度は五人が横一列に並ぶ線ではない。

 四つの出口と救助用人形を囲むように、異なる五つの開始位置が浮かび上がる。

 「十分後、再戦する」


【主人公ステータス】

対象:夜凪カイ

種族:七紋人

個体ランク:C

レベル:Lv.3

HP:176/176(ランクC)

魔力:164/164(ランクC)

攻撃:62(ランクC)

防御:54(ランクC)

速度:72(ランクC)

技能:基本剣術(ランクC・Lv.3)/黒影歩(ランクC・Lv.2)/迅雷駆(ランクD・Lv.1)

状態:レイガの集中同調修行中。格上には届かず、複数技能の同時使用は不可。

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