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落第剣士が古代魔法に巻き込まれ一億年修行 ~七王の技を宿して世界を救う~  作者: バナナ


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第26話 危険物ではなく生徒として

学園評議室の中央には、三枚の審議板が浮かんでいた。

 左の板には、赤い文字で「退学」。

 中央の板には、黒い封印環に囲まれた「永久封印」。

 右の板には、白い文字で「条件付き復学」。

 どれも、夜凪カイの今後を決める案だった。

 天城レイガは教師席に座り、三枚の板を正面から見据えていた。

 評議室は円形だが、出席者の立場は対等ではない。

 最も高い位置には、学園評議員が半円状に並んでいる。全員が同じ深い青の長衣をまとい、胸元には学園章を留めていた。固有名は審議記録に残されず、発言時には座席番号だけが表示される。

 彼らは処分案を採決する権限を持つ。

 一段下の教師席には黒い制服や実技外套が並ぶ。教師は教育上の意見を出せるが、決定権はない。向かいの医療席は銀糸入りの白衣と身体数値を、奥の監査官は皺のない濃紺服と隔離・封印権限を示していた。監査部が危険認定を解かない限り、教師は生徒を授業へ戻せない。

 各席には四帝各院の照合票も置かれていた。黒帳院は十二秒の記録欠落を未解決とし、赫陣院は保存技能の最大危険度を下げず、蒼廷院は停止命令と班行動の再現性を求め、白冠院は救助時に本人が選んだ出力と帰還人数を評価している。どれか一つだけなら、結論は簡単だった。

 権限の差は、座席の高さより明確だった。

 そして、審議対象であるカイは、部屋の中央にいなかった。

 扉の脇に立っている。

 通常なら、処分を受ける生徒は中央の証言円へ立たされる。だがカイは、入室後に誰からも位置を指示されないまま、最も邪魔にならない場所を選んだ。

 逃げ道に近い場所ではある。

 同時に、誰の視界にも入りにくい場所だった。

 治療衣から制服へ戻っていたが、腰に武器はなく、両手も空いている。背筋は伸びている。それでも、右手の指先だけが制服の縫い目を軽くつまんでいた。

 緊張している。

 レイガには分かった。

 地下封印機関室から帰還した直後、カイは監査官を前にしても静かだった。退学や拘束を提示されたときも、表情を崩さなかった。

 しかし今は違う。

 今回は一時的な隔離ではなく、学園に残れるかどうかが決まる。

 本人も、その重さを理解していた。

 評議員席の中央で、第一席を示す光が点灯した。

 「夜凪カイに関する特別審議を開始する」

 低い声が円形の室内へ響く。

 「審議対象者の保存技能はS級二種・A級五種。現世通常安全出力はD、条件付き上限はB。帰還時には未登録技能を複数使用し、測定装置に判定矛盾を発生させた」

 左の審議板が拡大される。

 「第一案、退学。学園管理外へ移し、王都危険技能管理局へ対応を委ねる」

 三案の下には代償も併記された。退学は教育機会を奪い、永久封印は成長期の身体と記憶を傷つける。条件付き復学だけが訓練を残すが、危険な挙動があれば永久封印へ移る。

 レイガは三枚の板を見ながら、奥歯を噛んだ。

 退学させれば、危険を学園の外へ押し出すだけだ。

 永久封印は、事故が起きる前に生徒の可能性を潰す。

 条件付き復学だけが教育の形を残しているが、その文面ですら、カイを生徒ではなく管理対象として扱っていた。

 怒りが腹の底で熱を持つ。

 レイガは、机の下で拳を握った。

 ここで声を荒らげても、評議員に「感情的な担任」と記録されるだけだ。教師の言葉を通すには、怒りを事実へ変えなければならない。

 学園監査官が立ち上がった。

 硬い靴音が一度だけ響く。

 「監査部は、第一案または第二案を推奨します」

 評議員たちの視線が監査官へ集まる。

 カイは扉脇で動かない。

 「夜凪カイの通常安全出力がD、条件付きでBへ達することは認めます。しかし、保存領域にはS級二種・A級五種の技能情報が存在します。本人の意思にかかわらず、精神動揺、外部干渉、封印破損によって技能情報が現世へ流出する危険を排除できません」

 審査板に、帰還時の記録が表示された。

 黒影歩、一歩。

 虚空掌握、一歩一呼吸。

 蒼天鎧、一層。

 「実際に、帰還直後には三種の未登録技能が使用されています。結果として本人は膝の崩れと筋損耗を起こし、測定器は保存領域と現世出力の乖離によって判定不能となりました」

 第二席を示す光が点く。

 「本人が制御できるという保証はあるのか」

 監査官は即答した。

 「ありません」

 室内の視線が、扉脇のカイへ向いた。

 カイの指が制服の縫い目を強くつかむ。

 レイガは、その動きを見逃さなかった。

 一億年を生きた意識があっても、十六歳の少年は恐怖を感じる。

 自分が何を言っても、危険物として処分されるかもしれない。

 その恐怖を抱えたまま、カイは逃げずに立っていた。

 レイガは席を立った。

 「監査部の説明には、意図的に抜かれている事実がある」

 監査官が銀縁眼鏡を向ける。

 「事実の隠蔽は行っていません」

 レイガは監査官の審議板に並ぶ出力値を一瞥し、欠けた停止欄を指で示した。

 「ならば、なぜ出力値だけでなく停止記録も示さない」

 レイガは審議板へ手を向けた。

 地下機関室での行動記録が開く。

 「夜凪は黒影歩を三歩で止めた。虚空掌握は一歩一呼吸に限定した。蒼天鎧も一層だけだ。力を使えたことではなく、使える力を途中で切ったことが重要だ」

 監査官が答える。

 「限界を超えた結果、膝が崩れています」

 レイガは留め具に置いた指を止め、崩れた膝を安全の証拠へすり替える余地を塞いだ。

 「だから安全だとは言っていない」

 レイガの声が低くなる。

 怒鳴らない。

 だが、評議室の空気を押さえるには十分だった。

 「俺が言っているのは、S級二種・A級五種の保存技能と現世の行動を同一視するなということだ。こいつの通常安全出力はD、条件付きでB。赫陣院の危険値は必要だ。だが白冠院は、使わなかった力と連れて帰った人間も記録する。片方だけで生徒を決めるな」

 評議員の一人が無意識に記録板を伏せた。D級の出力で、教員級の停止精度。しかも条件が揃えばBへ跳ね上がる。危険を論じる者でさえ、その完成度への驚きを隠し切れていなかった。

 審議板には、肩を痛めた八十振り目、保存軌道を捨てた九十振り目、短軌道で止めた百振り目と、測定場で連携へ流れなかった剣先が映る。

 「保存されている完成技を弱く出そうとすれば、こいつの身体は壊れる。夜凪はそれを理解し、現世の肉体に合わせて技を作り直し始めている」

 第三席が尋ねる。

 「それは教師であるあなたの指示に従った結果ではないのか」

 レイガは隔離室へ続く通路の静けさを背に、最初の訓練が命令だった事実を飲み込んだ。

 「最初はそうだ」

 レイガは認めた。

 「帰還直後の夜凪は、自分の判断より俺の許可を優先していた。歩けるかと聞けば歩けると答え、休めと言わなければ倒れるまで動く。危険性を自覚していても、自分で訓練を求めることはなかった」

 カイの視線がレイガへ向く。

 責められたと思ったのか、顔がわずかに強張った。

 レイガは続けた。

 「だからこそ、今の本人に聞け。教師が安全を保証するかではない。監査部が危険と断定するかでもない。夜凪自身が、自分の危険性をどう扱うつもりなのかを」

 評議室に沈黙が落ちた。

 第一席がカイを見る。

 「審議対象者。中央へ」

 カイは扉脇から離れた。

 カイは床を確かめるような歩幅で証言円へ入り、S級二種・A級五種の保存技能を意識する全員の視線を受けた。指先には力が入っていたが、レイガへ答えを求めなかった。

 第一席が問いかける。

 「夜凪カイ。あなたは、自身が安全であると主張するか」

 カイはすぐには答えなかった。

 安全だと言えば、復学へ近づくかもしれない。

 だが、それは事実ではない。

 保存領域には、現世の肉体では扱えない力がある。帰還時には仲間を救えたが、自分の膝は崩れた。わずかな判断の違いで、周囲を巻き込んでいた可能性もある。

 カイは一度、息を吸った。

 「安全だとは言えません」

 評議員席に小さなざわめきが走る。

 監査官は数値板へ記録する。

 レイガは動かなかった。

 ここから先は、カイ自身が選ばなければならない。

 「保存されている力を、俺はすべて把握できていません。使い方を知っていても、今の身体でどこまで止められるか分からない技能があります」

 声には恐怖が残っていた。

 それでも、一語ずつ明確になっていく。

 「帰還したとき、仲間を助けるために使いました。必要だったと思っています。でも、同じ状況でも必ず安全に使えるとは約束できません」

 第二席が問う。

 「では、封印を受け入れるのか」

 カイの肩がわずかに固くなる。

 レイガは怒りを抑えた。

 危険を認めた生徒へ、すぐ封印を迫る。

 それが制度の習性だった。

 だが、カイは視線を落とさなかった。

 「永久封印は望みません」

 カイは開いた掌に爪跡が残るほど力を抜けず、永久封印を拒む理由を問われるのを待った。

 「理由は」

 修行場で力に身体を潰された感触が膝へ戻り、カイは短い問いを安全の言い訳には使わなかった。

 「危険だからです」

 評議員の一人が眉を動かした。

 カイは続ける。

 「危険な力を、分からないまま閉じるだけでは、封印が壊れたときに何もできません。俺自身も、周囲の人も守れない」

 声が少し震えた。

 それでも言葉を止めない。

 「自分は安全だと言い張りたいんじゃありません。怖い力だから、止め方を身につけたい。俺が止まれない時の合図も、先にみんなへ頼みたいです」

 カイは評議員席へ向かって頭を下げた。

 「訓練を受けさせてください」

 レイガは、握っていた拳をゆっくり開いた。

 自分の危険性を理由に、自分で必要な訓練を選んだ言葉だった。

 評議室の空気が変わる。

 医療担当者たちは、カイの身体記録へ視線を落とした。教師席では、数名が小さく頷いている。

 監査官だけは表情を変えなかった。

 「訓練中の事故について、本人の希望だけでは責任を担保できません」

 レイガは窓に映る七つの評議員席を見渡し、事故時に立つ名前を自分一人へ絞った。

 「担保するのは俺だ」

 レイガが言った。

 監査官の視線が向く。

 「条件付き復学試験の監督を、天城レイガが引き受ける」

 第一席が問い返す。

 「白帝自らが?」

 レイガは外套の肩についた訓練場の白粉を払い、自分だけが止め役になれる理由を伏せなかった。

 「他の教師では、夜凪が判断を誤った場合に止められない可能性がある」

 レイガは事実として告げた。

 「第一試験は、俺の《白帝領域》内で行う模擬戦とする」

 審議板に、新しい条件案が表示される。

 《白帝領域》。

 レイガが認識した範囲の動きと魔力変化を把握し、危険な出力が発生した瞬間に制圧できる監督領域。

 内部ではレイガが圧倒的な優位を持つ。

 カイが保存技能を暴発させても、現世の肉体が動きを完了する前に止められる可能性が高い。

 「模擬戦で確認する項目は三つだ」

 レイガは審議板へ条件を入力する。

 「攻撃可能な状況で攻撃しない判断。技能を開始した後に中断する判断。そして、本人が事前に定めた勝利条件を守れるか」

 第二席が口を開く。

 「教員との一対一を通過しただけで、通常授業へ戻すのか」

 レイガは七席すべてから通常授業の文字が見える位置へ移り、その誤解を一語で断つ息を吸った。

 「戻さん」

 レイガは即答した。

 「第二試験として、クラス合同戦を行う」

 複数の生徒が同じ空間で動く実戦形式。

 一対一とは違い、味方の位置、敵役の動き、予測できない失敗が同時に発生する。自分だけを守ればよい試験ではない。

 「白帝領域内の模擬戦で個人制御を確認し、その後、クラス合同戦で他者がいる状況での停止判断を測る。両方を通過した場合に限り、段階的復学を認める」

 監査官が条件を確認する。

 「模擬戦で規定外技能を使用した場合は」

 規定外技能の項目で監査官の筆が止まり、レイガは《白帝領域》を展開する右手を卓上へ出した。

 「その場で俺が止める」

 レイガは半開きの扉から医療班までの動線を測り、停止に失敗した後の処置まで切り分けた。

 「停止不能と判定された場合は」

 レイガは担架が通れる幅を残して踵を引き、敗北を根性で引き延ばさぬ構えを示した。

 「試験中止。医療措置の後、評議会へ再報告する」

 外套の襟元に触れた指が一瞬止まる。再報告の先にある永久封印を、レイガも承知していた。

 「永久封印案への移行も含むと理解してよいですか」

 レイガの胸に再び怒りが湧く。

 だが、カイが先に答えた。

 「はい」

 レイガは横目でカイを見る。

 顔色は悪い。

 永久封印の可能性を受け入れることが怖くないはずはない。

 それでも、カイは条件から目を逸らしていなかった。

 「失敗したときの危険も含めて、試験を受けます」

 第一席はしばらく沈黙した。

 やがて、三枚の審議板が並び替えられる。

 退学案が暗くなる。

 永久封印案も、警告色を残したまま縮小する。

 条件付き復学の板が中央へ移動した。

 「採決を行う」

 評議員席の七つの光は、反対二、保留一を残して条件付き復学へ傾いた。

 「決定する。夜凪カイについて、退学および永久封印の即時執行を保留。天城レイガ監督下で、条件付き復学試験を実施する」

 カイの肩から、わずかに力が抜けた。

 「試験終了まで、単独隔離は継続。第一試験は《白帝領域》内模擬戦。第二試験はクラス合同戦。結果は医療部および監査部が共同評価する」

 監査官が立ち上がる。

 「監査部は危険認定を解除しません」

 監査官が閉じかけた危険認定簿へ、レイガは視線を落としたまま首を振った。

 「解除する必要はない」

 レイガは答えた。

 「危険だから訓練する。それを本人が選んだ」

 監査官はカイを見た。

 初めて、数値板ではなく本人の顔を見たようにレイガには思えた。

 「申請を記録しました」

 それだけ告げ、監査官は席へ戻った。

 審議終了の鐘が鳴る。

 カイは評議員席へ一礼し、扉へ向かった。

 入室時と同じ扉脇を通る。

 だが今度は、壁へ寄って姿を消そうとはしなかった。

 レイガは、その半歩の違いを見た。

 ***

 評議室を出た廊下には、夕方の光が差し込んでいた。

 カイは窓の前で足を止めた。

 緊張が切れたのか、右手が小さく震えている。

 「怖かったか」

 レイガが尋ねる。

 カイはすぐに頷いた。

 「はい」

 審議室で答えた「はい」が硬い壁に残る気がして、カイは無意識に背筋を伸ばした。

 「永久封印を受け入れる可能性まで口にしたな」

 永久封印の語で喉が狭くなっても、カイは条件から退かなかった理由を自分の声で渡そうとした。

 「条件から逃げたら、危険を認めたことにならないと思いました」

 言い終えたカイは呼吸を四つへ割りかけたが、レイガの眉間が動くのを見て息を止めた。

 「違う」

 カイが顔を上げる。

 レイガは窓の外を見た。

 「怖い条件から逃げないことと、条件をそのまま受け入れることは別だ。必要なら反論しろ。お前には、訓練を求めたのと同じように、条件の変更を求める権利もある」

 レイガは外套の裾を足元から払い、カイが自分でうなずくまで待った。

 「……はい」

 まだ理解し切れていない顔だった。

 長い孤独の中で、カイは与えられた状況へ自分を合わせることに慣れすぎた。

 だが、現世では一人ではない。

 教師がいる。

 仲間がいる。

 制度に対して意見を述べ、自分が進む条件を選ぶこともできる。

 レイガはカイへ向き直った。

 「明日の模擬戦について、一つだけ教えておく」

 カイの表情が引き締まる。

 「私に勝つ必要はない」

 圧倒的な格上であるレイガに、現世安全出力Dのカイが正面から勝つことなど想定されていない。同年代には規格外でも、教師の頂はまだ遥か上にある。

 試されるのは、勝敗ではない。

 「だが、自分で勝利条件を選べ」

 カイは黙った。

 レイガは答えを与えなかった。

 白帝領域の中で、何を守り、どこまで進み、何をもって勝利とするのか。

 それを選ぶところから、試験は始まっている。

 翌朝。

 屋外訓練場は、白い霧に覆われていた。

 石畳も、標的も、周囲の壁も、数歩先から輪郭を失っている。

 霧の中央に立つ天城レイガの灰色外套が、静かに揺れた。

 左眉から頬へ走る傷の下で、レイガは目を開く。

 白い霧が訓練場全体へ広がり、空気の流れも、足元の振動も、内部に立つ者の呼吸さえ彼の認識へ収まっていく。

 《白帝領域》が、完成した。


【主人公ステータス】

対象:夜凪カイ

種族:七紋人

個体ランク:D

レベル:Lv.6

HP:128/138(ランクD)

魔力:97/112(ランクD)

攻撃:48(ランクD)

防御:41(ランクD)

速度:55(ランクD)

技能:基本剣術(ランクD・Lv.1)/黒影歩(ランクD・Lv.1)

状態:帰還後の測定段階。無位・未登録だが、通常安全出力D・条件付き上限Bで運用する。

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