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落第剣士が古代魔法に巻き込まれ一億年修行 ~七王の技を宿して世界を救う~  作者: バナナ


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第11話 無明剣獄のカゲトラ

七つの門が並ぶ白い空間から一歩踏み出した途端、光が消えた。

 夜凪カイの右手には、門前で拾ったささくれだらけの木剣がある。足の裏には乾いてひび割れた土。鼻へ入るのは、古い鉄と獣の脂が混じったような臭いだった。風はない。それなのに、闇のあちこちで刃と刃が擦れる音だけが移動している。

 背後で門が閉じた。

 星仮面の少女アステリアは、七人が七界の王であり、帰還資格を得るためにカイを鍛える者だと説明した。だが、説明を聞いたからといって、この暗闇で何をすればいいのかまでは分からない。

 目の前にいるはずの黒影王カゲトラの姿さえ見えなかった。

 「あ、あの……カゲトラさん?」

 返事の代わりに、背後から低い声が落ちた。

 「名を言え」

 振り返るより早く木剣が脇腹へめり込んだ。骨の砕ける感触が腹の奥まで響き、身体が宙を舞う。息を吐くこともできず、硬い地面へ背中から落ちた。

 「夜凪カイです。……まだ立てます」

 喉に血が絡み、名乗りの最後だけが掠れた。

 「帰る場所は」

 カゲトラの問いは、倒れた身体より先に心の向きを測っていた。

 「星環学園。ミナたちが、いる場所です」

 散りかけた意識の奥で、帰るべき校舎の輪郭が灯る。

 「守る者は」

 痛みで視界のない世界がさらに遠のく。ミナの伸ばした手、セレスの鋭い横顔、リゼットの不安そうな目。同じ組の生徒たち。現世で帰還座標を守ると約束した天城レイガ。

 「ミナ、セレス、リゼット……同じ組の皆と、天城先生です」

 一人ずつ口にするたび、地面へ沈みかけた指へ力が戻った。

 「なら、死ぬ前に立て」

 土を踏む音が一つした。

 闇に慣れたわけではない。男の輪郭だけが、周囲より濃い黒として浮かんだ。灰色の髪を後ろで束ね、黒い布で片目を覆っている。細身なのに、木剣を下げて立つ姿には隙がなかった。切っ先を向けられただけで、カイの喉は勝手に狭くなる。

 この人に勝つなど考えられない。まともに一度受けることさえ無理だ。

 「黒影王カゲトラだ。構えろ」

 気配だけが一歩近づき、見えない切っ先が喉元を指した。

 「でも、何も見えな――」

 言い終える前から、空気の裂ける音が横合いへ走る。

 「敵は待たん」

 二撃目で頭蓋が割れた。

 次に目を覚ましたとき、カイは同じ土の上に仰向けになっていた。脇腹も頭も元どおりだったが、砕けた瞬間の痛みだけは記憶に残っている。喉を押さえる指が震えた。

 少し離れた場所に、木剣が十万本積まれていた。

 「一日、十万回。正しい構えで振れ」

 カゲトラの教え方は、説明より訂正が先だった。足幅が広ければ脛を打つ。腰が高ければ膝裏を払う。柄を握り込みすぎれば指を砕く。肩へ力が入れば鎖骨を折る。

 「待って、ください。せめて、正しい形を先に……」

 腫れた指では柄を握ることさえ難しく、懇願が息と一緒に漏れた。

 「今の痛みが違う形だ。次で直せ」

 一万回を越える頃には掌の皮が剥け、木剣が血で滑った。九万九千九百九十九回目まで形を保った日、最後の一振りで安堵した肩がわずかに上がった。

 「最初からだ」

 カゲトラは血に濡れた木剣を足先でカイの前へ戻した。

 「そ、そんな……あと一回だったのに」

 積み上げた数が崩れる音を聞いた気がして、カイの膝が震えた。

 「最後に崩れた者は、最後に守るべき者を死なせる」

 言い返せなかった。泣きながら新しい木剣を拾った。指の骨が露出しても振り、吐いたものを踏んでも振った。再生すれば傷は消える。けれど、痛みへの恐怖と、数え直す絶望までは消えなかった。

 一年目、闇に棲む獣剣が放たれた。

 湿った吐息が右前方から聞こえ、次の瞬間には喉を刀身が貫いた。再生後、カゲトラは獣剣の姿を一度だけ松明で見せた。狼に似た四肢。胴体から肋骨の代わりに何本もの刃が生え、口には歯ではなく短剣が並んでいる。赤い眼は飾りで、獲物を音と体温で追うという。

 松明はすぐ踏み消された。

 「見えません。音で追うやり方を、教えてください」

 闇へ向けた木剣の先は揺れていたが、もう目を開けてくれとは頼まなかった。

 「見るな。聞け。土を踏む重さ、空気を裂く刃、己の恐怖が向く先を読め」

 カイは目を凝らすことをやめられず、何千回も首を落とされた。音を拾おうと耳へ意識を集めると、背後の地面が伝える震動を逃した。逃げようと大きく踏み込めば、別の獣剣へ自分から近づいた。

 百年後、ようやく一頭目の刃を受けた。衝撃に腕は折れたが、死ななかった。千年後、三頭を斬った。一万年後には千頭を退けた。しかし勝ったと思って一頭を追い、空いた背中を裂かれた。

 再生したカイは、木剣を拾えずに座り込んだ。

 「斬った後、構えへ戻れてませんでした」

 自分の死因を言葉にすると、痺れた腕の位置まで鮮明になった。

 「斬撃は当てて終わりではない。構えへ戻り、次を迎えて初めて一手だ」

 カゲトラは地面へ四本の杭を打った。肩幅の二倍もない四角だった。

 「ここから出ずに百頭を迎えろ」

 足が線を越えるたび両脚を打ち砕かれた。前へ逃げても失格。後ろへ退いても失格。カイは歩幅を指一本ずつ削り、爪先の向きだけで身体を入れ替えた。剣を振る前より、振った後にどこへ立つか。その問いを持たなければ、二頭目には間に合わない。

 カゲトラはさらに、杭の外へ鈴を百個吊した。獣剣が通った風で鈴が鳴るが、音は岩壁へ反響し、実際とは違う方向から返ってくる。カイは大きな音へ釣られて左を向き、右から胸を裂かれた。今度は反響を疑いすぎ、足元を這う一頭へ腿を食いちぎられた。

 「全部を聞こうとするな。今の一歩へ必要な音を選べ」

 反響に埋もれた足音の中から、カイは最も近い一つを探した。

 「必要な音だけ聞きます。外したら……次で直します」

 恐怖は消えなかったが、選ぶ責任を口にした声は先ほどより強かった。

 「選ばぬ者は、すべてに遅れる」

 カイは失敗のたび、地面へ小石を置いて死因を記録した。踏み込みの音、刃が空気を押す音、反響、囮。小石の列は荒野を埋め、やがてカイは恐怖に引かれて振り向くのではなく、自分で選んだ一音へ足を置けるようになった。間違えば死ぬ。それでも、選択をカゲトラへ預けたままでは先へ進めなかった。

 長い歳月のある夜、カイは木剣を抱えたまま動けなくなった。

 死ぬのが怖い。次の一撃を待つ時間が、死そのものより怖かった。自分が誰だったかも、少しずつ遠くなる気がした。

 カゲトラはその夜だけ隣へ座った。

 「怖いか」

 焚き火もない夜に、カゲトラの低い声だけがすぐ隣から届いた。

 「はい。死ぬのも……帰れなくなるのも。みんなの顔まで、いつか思い出せなくなりそうで」

 隠していた不安を吐き出すほど、握った膝へ爪が食い込んだ。

 「恐怖は逃げ道を探す目だ。捨てるな。どこが危険かを聞き、足へ渡せ」

 慰めではなかった。それでも、立つまで待ってくれたことが分かった。

 各日の始まりと終わりに、カイは名と帰る場所と守りたい者を答えた。無数の死は封蔵記憶へ沈み、必要なときだけ七界転輪機の保管領域から重さを返す。足裏の角度、刃の音、復帰の呼吸は身体記憶へ刻まれた。カゲトラの声と最初の成功は、索引記憶として残った。

 二千万年目の合格試験で、一億の獣剣が闇を埋めた。

 条件は全滅ではない。中央に立つカゲトラの背後へ、一度だけ踏み込み、木剣を触れさせること。

 正面から挑んで一万回死んだ。速さだけで抜こうとして十万回死んだ。獣剣を斬りすぎ、刃の音で自分の位置を教えて死んだ。

 死角は、単に相手から見えない場所ではない。

 相手が次に処理しないと決めた、一歩分の位置だ。

 カイは基本の構えを取った。最初の獣剣を半歩でかわし、二頭目の重心を盾にする。三頭目が地面を蹴った音へ、自分の足音を重ねた。斬らない。急がない。獣剣が攻撃後の姿勢へ戻る、その意識の空白へ爪先を差し入れる。

 闇が縮み、身体が影の裏へ滑った。

 次の瞬間、木剣の切っ先がカゲトラの背へ触れていた。

 「第一技法、黒影歩」

 カゲトラは振り返り、カイの足元を木剣で示した。

 【技能獲得】

 名称:黒影歩

 未獲得 -> B/Lv.1

 できること:相手の意識から外れた一歩へ入り、攻撃後に基本の構えへ戻る。

 制約:安全に使えるのは一歩だけ。二歩続ければ、自分の位置と足順を失う。

 【技法成長記録】

 安全死角歩数:0歩 -> 1歩 (+1歩)

 攻撃後の復帰成功:0回 -> 1回 (+1回)

 相手の意識から外れた一歩へ入り、構えへ戻るところまでが可能になった。ただし二歩を連続させれば、自分の位置と足順を失う。

 「門は開いた。だが未完成だ。今のお前は一歩しか意識を外せん。二歩続ければ、自分の位置を見失う」

 カイは試しにもう一歩を重ねた。闇がねじれ、右足が左足へ絡む。無様に転び、獣剣の爪が肩を裂いた。

 成功したのに、万能にはほど遠い。その事実は悔しかったが、不思議と安心もした。失敗の理由が、もう「自分が弱いから」だけではなかった。

 「名を言え」

 最初の日と同じ問いに、今度は倒れず正眼で向き合った。

 「夜凪カイです」

 名乗りは暗い荒野の端までまっすぐ届いた。

 「帰る場所は」

 カイの脳裏に、待つ者たちのいる校舎が迷いなく浮かぶ。

 「星環学園」

 カゲトラは何も褒めず、最後の答えだけを待った。

 「守る者は」

 木剣を握る手に、修練を始めた日にはなかった静かな強さが宿る。

 「ミナ、セレス、リゼット。同じ組の皆と、天城先生です」

 カゲトラの口元が、ほんのわずかに緩んだ。

 「次の世界でも、剣は足から始まる」

 闇が割れた。雷光が傷だらけのカイを呑み込み、次に足を置く場所を考える暇もなく、地面そのものが消えた。

 骨の内側で熱が一周し、散っていた足運びが初めて一つの型へ収まった。種族が変わったわけでも、力が際限なく増えたわけでもない。一歩を選び、一歩で止まり、構えへ戻る。その狭い成功が身体へ定着しただけだ。二歩目で崩れる制約まで理解した時、カイの喜びは緊張へ変わった。


【主人公ステータス】

対象:夜凪カイ

種族:基底人族

個体ランク:G

レベル:Lv.11

HP:1/18(ランクG)

魔力:1/10(ランクG)

攻撃:4(ランクG)

防御:3(ランクG)

速度:5(ランクG)

技能:基本剣術(ランクG・Lv.1)

状態:入学候補・未登録。現世の基礎鍛錬段階で、七技法は未修得。

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