友人
「ともかく、向こうが距離感を間違ってくるなら、晶が毅然とした態度で接しないと。ヴァンパイアだか狼男だか知らないけど、このままじゃあんた良いように扱われて都合の良い女にされるよ」
「ひえっ…」
香月が人外かどうかはこの際置いておくことにして、有紀の言いたいことは何となくわかった。まるで男女のいざこざのような話だが、あくまでこれは雇用主との距離感の話だ。
確かに晶は好待遇な職場環境に甘えて、香月との接し方も馴れ馴れしくなっていたかもしれない。それに、香月の距離感がおかしいのはきっと、彼が世間慣れしていないフェミニストなお坊ちゃまだからだ。彼は年の近い使用人である晶を身近に感じて、無意識のうちに特別待遇してしまっていたのだろう。
「晶の『推し』認定も向こうにとっては思う壺じゃない?それこそ良いカモにされるっていうか」
「…でも、『推し』認定は私の中でだけだし、香月さんは気付いていないと思うけど」
そう言うと、有紀は目を見開いて驚きの声を上げた。
「はぁ?気付かないと思ったの?あれで?晶が今朝彼に向けてた表情見たら、誰でも一発で分かるわ」
「え!?…うそ…」
自分は一体どんな顔をしていたというのだろう。愕然とした顔で頬に手をあてた晶に向けて、有紀は呆れた溜息を吐く。
「どこから見ても、恋する乙女って感じだったよ。―――やっぱり好きなの?彼のこと」
「ええっ?……いや、好きと言われればそうだけど…恋とかじゃ……ないかな?」
晶は考えながら答える。香月のことはとても素敵だと思うし、格好良いとも思う。姿を見れば胸がどきどきするし、笑顔を向けられたら爆発しそうになる。でも、それは香月を知っている人なら当たり前の反応ではないだろうか。
彼の美しさはそれくらい規格外で、それこそ人外めいている。見た目を抜きにしても彼は優しい人だと思うし、真剣に仕事に向き合っている姿は好感が持てる。彼に対してそれくらいの好意は抱いているが、それが『恋』かと言われれば、違う気がする。
晶が今まで経験してきた恋は、もっと穏やかな感情を伴っていた。気付いたら目で追っているとか、その人のことを考えている時間が増えたりして、自然と自分の恋心を自覚した。
以前一度だけ、香月と恋人になった自分を想像したこともあったが、あまりの釣り合わなさに自分で笑ってしまった。やはり香月は晶には手の届かない世界の住人で、晶の現実とは交わらない人間なのだろう。この際、彼には綺麗な物語の中で美しい人と素敵な恋愛をしてもらいたいと思う。そしてそれを外から鑑賞したい。
そんなことを話すと、有紀は「ふーん」と頬杖をついた。
「最後のあんたの願望は良く分からないけど、要はスペックが違い過ぎて恋愛対象にならないってことね」
「う…まぁ、『ならない』というか、そもそも『してもらえない』というか…」
「うわ、すっごい受け身発言。まあいいや。とにかく、いくら今は『推し』でも、血を吸いつくされる前に彼に依存しない道を探しなさいね」
「えっ…」
思いもよらない言葉が出てきて、晶は驚いたように有紀の顔を見返す。
「依存……?今の私って、依存してるのかな…?」
晶の問いに、有紀は困ったように眉尻を下げた。
「言い過ぎだったらごめん。でも、話を聞く限り、晶は……お父さんを亡くした喪失感を、その香月さんに夢中になることで埋めているのかなって」
言われたことがショックで、晶はつい黙り込む。頭が急激に冷えていくのを感じた。そんなつもりは一つもなかったが、確かに香月に救われて日々の心の糧にさせてもらっている今の状態は、彼に依存していると言われても仕方がないのかもしれない。
晶は想像する。もし、今すぐにあの屋敷を出て一人で暮らすことになったとしたら、自分はどうなるだろう。再び一人きりで孤独な夜を過ごすことが、今の自分にできるのだろうか。もしできないのなら、それはすでに依存症と同じではないか。
晶は深いため息を吐いて両手で顔を覆い俯いた。
「…依存…してるのかも。気付かなかった…。私、ヤバいね…このままじゃ良くないよね」
見るからに落ち込んだ晶を、有紀は努めて明るい調子でフォローした。
「まぁ、でも前向きになれたのはその人のおかげなんでしょ?ようは晶の気持ちの持ちようじゃない?ズブズブに嵌る前に気が付いて良かったじゃん。これからゆっくり自立の道を探していけばいいと思う。彼も応援してくれてるんでしょ?」
「…うん。そうだよね…」
もしかしたら、香月はすでに晶の依存心に気付いていて、楽しみを見つけるよう自立の道を示唆してくれたのかもしれない。だとすると、彼に対して無性に羞恥心が湧いて、晶は心の中でのた打ち回りたくなった。
その心の内を誤魔化すように手に持ったままだったミルクティーをごくごく飲むと、晶は自分が考えていたことを話し始める。
「…私、最近自分が空っぽだって気付いてさ。お父さんが死んだ後、それまで当たり前に持ってた、好きとか夢中になる気持ちが全部分からなくなっちゃって…。その時はそれでもいいやって思ってたんだ。でも、香月さんに会って、失くしてた気持ちが少し戻ってきたら、それって生きるために大切だったんだって気付いて。だからこれから色々探してみようかなって思い始めてたんだ」
自分の思いを口にするとさらに恥ずかしくなってきて、晶はつい俯く。今までこんな風に自分の思いを父親以外に聞いてもらうことはなかった。こんなことを突然聞かされた有紀は一体どんな顔をするだろう。不安な思いに駆られていると途端にガシッと肩を掴まれた。
驚いて顔を上げた晶は、目を爛々と輝かせた有紀と間近で目を合わせることになった。有紀はそのまま晶の肩を掴む手に力を込める。
「それって自分探しってやつだ!うん。わかる!私も同じような気持ちだもん。じゃあさ、これから一緒に探そうよ!トキメキとか、好きだなって思うことをたくさん探して吸収しよ!」
「…う、うん!!」
自分の思いを受け入れてもらえたことが嬉しくて、晶は安堵の笑みを浮かべる。有紀とこんな風に意気投合するとは思ってもみなかった。
「じゃあ、まずは手始めにまた近々遊びに行こう!彼氏も紹介したいし。あ、気を遣わないでね。その時は彼氏はついでだから!本命は晶と自分探しだからね」
「わ、わかった」
晶が頷くと、有紀はニンマリと嬉しそうに笑って握った拳を突き上げる。
「これから新しい自分探し、お互いに頑張りましょう!!」
「お、おおぅ!!」
つられて拳を突き上げた晶は、その行為が何だか可笑しくてその後爆笑してしまった。
***
「はぁ~…」
仕事を終えてシャワーを浴び終えた晶は、寝る支度を整えると自分の部屋を出て、香月の待つ部屋へと薄暗い廊下を歩いていた。既に日課となってしまったその道すがら、今日の有紀との会話を思い出した晶は、重い溜息を吐く。
「やっぱり、おかしいよね…。ううん、でもこれはある意味医療行為なのかな…?」
この屋敷に勤め始めてからほぼ毎日、晶は香月と夜を共にしている。これは一人きりでは眠れない晶のために決められた条件だったのだが、同じように睡眠障害のある香月も晶と一緒なら眠れる事が分かり、利害が一致したことで取り敢えず今まで問題なくやってきた。
と言っても、同じ部屋にいるだけで、大体は仕事の続きと言ってPCに向かう香月の背中を見ながら晶が先に眠ることが多く、ごくたまに彼と同じタイミングで眠ることもあるが、ベッドは別だし、間違っても疚しいことは一つも起こっていない。ただ同じ部屋で眠るだけ。でも、常識的に見れば若い男女が同じ部屋で眠ることは充分に疚しい行為と見なされるだろう。
「ここはやっぱり毅然とした態度で断る?…でもお互いのためになってるなら、それを止めるのもおかしいような…?」
考えがまとまらずにぐるぐると思い悩む晶は、すぐ近くにいる気配に気付かなかった。
「こんばんは、お嬢様。何かお悩みですか?」
「うわぁぁぁぁっ!!」
突然話しかけられ、文字通り飛び上がった晶が急いで振り向くと、そこには年季の入ったメイド服を着た中年女性が穏やかな微笑を浮かべて立っていた。
「キ、キヌさん!こ、こんばんは!」
白髪交じりの髪をきっちり結い上げ、使用人の鏡のように背筋を伸ばして立つこの女性はこの屋敷に住み着いている幽霊で、この屋敷のことなら何でも分かるらしい。彼女はニコニコと穏やかな顔で首を傾げると、口に手を当てて上品に「ふふふ」と笑いを零した。
「お嬢様は、相変わらず可愛らしくていらっしゃる。ご主人様との関係に悩んでいらっしゃるのね?」
「!!」
図星を刺された晶はあわあわと狼狽える。その様子を微笑ましそうに眺めていたキヌは、何度か頷くと晶の前に立って薄暗い廊下をゆっくりと歩き出した。と言っても、彼女に足はないので歩く速度で音もなく移動しているだけなのだが。晶はその後にそろそろと付いていく。
「お嬢様、一つだけ良いことを教えてあげますわ」
「…良いこと、ですか?」
振り向いて楽しそうに笑いかけるキヌに、晶は期待に身を乗り出す。年頃の娘に悩んだ時に有効な心構えでも教えてくれるのだろうか。幽霊に教えを乞う図はとてもシュールだが、悩める乙女の晶は藁をも掴みたい気持ちだった。
「はい。お嬢様にとって耳寄りな情報です。…ご主人様は、意外と…」
「え、香月さんが?…意外と…?」
「鈍感でいらっしゃいます」
「ど、どんかん……?」
思いもよらない言葉が出てきて言葉を失う晶に、キヌはニコニコと頷く。
「はい。お嬢様が思っている以上に、ご主人様は分かっていないご様子。なので、あまり深く考えるのは取り越し苦労になると思われますわ。オホホホホ」
「ほあぁ……」
本当だろうか。あの何でも完璧に熟す香月が鈍感?信じられない思いでキヌのことを見返すと、彼女は香月の待つ部屋まで目と鼻の先というところまで来てから動きを止めた。
キヌはくるりと体の向きを変えて晶に深くお辞儀をする。
「ですのでお嬢様、どうかあまり悩みすぎませんよう。せっかくの夜ですので、楽しんでお過ごしくださいませ」
「は、はぁ…」
そう言った彼女は、やがてその姿を闇に溶け込ませるように消えていった。晶は狐に抓まれたような気分で彼女がいたはずの空間を見つめる。もしかしたら彼女は消えたように見えるだけで、ずっと近くにいて自分たちのことを見ているのだろうか。
「鈍感……香月さんが?……本当に?」
キヌに言われたことを考えていると、視線の先で部屋のドアが開いた。ドアを開けたのは香月で、昼間よりも幾分ゆったりとした光沢ある白いシャツに着替えていた彼は、晶の姿を見つけるとふわりと笑みを見せる。
「静野さん、お疲れ様」
「はっ、はい!香月さんも、今日はお疲れさまでした!」
まるで歓迎されているように錯覚してしまう笑顔にドキリと大きく心臓が跳ねる。有紀の話が本当なら、今の晶は目も当てられないような顔をしているはずだ。今更かもしれないが、昼間に有紀に指摘された通り、香月への依存心をなくすためにも毅然とした態度で接しなければと、晶は緩みそうになる表情を引き締める。
「学校はどうだった?」
「はい、特に問題は…なかったです」
今朝、香月のことを目撃されて質問攻めにあったことを思い出したが、特別報告することでもない。促されるまま香月と共に部屋へ入った晶は、それよりも気になることがあったので香月に質問しようと口を開きかけ、そのまま固まった。
「こ、これは……!?」
目線の先に広がる光景に、晶は驚きのあまり目を限界まで見開いた。
何と、部屋中が黒猫で溢れかえっている。晶たちの眠るベッドには大小様々な黒猫のぬいぐるみが鎮座していて、奥の机にも様々な黒猫の置物が置かれている。さらにベッドカバーも猫のモチーフが刺繍されたものに変わっていて、壁に掛けられた風景画なんかも、よく見ると猫が描かれているものに変わっていた。
「どっ、どうしたんですか!?これ…」
「この部屋を静野さん好みにしようと思って、色々工夫してみたんだ。けど、少しやりすぎだったかな?」
そう言って、ベッドに鎮座していた一番大きいぬいぐるみを晶に渡す香月は、いたずらが成功した少年のような顔で楽しそうに笑う。
その珍しい表情に見惚れつつ、受け取ったぬいぐるみをよく見ると、丸々と太っていて目つきの悪さがどこか大将に似ていた。大将というのは以前住んでいたアパートを縄張りにしていた野良猫のことで、晶の寂しさを慰めてくれた存在だった。
晶はぬいぐるみと香月を交互に見比べて、戸惑いつつも感想を述べる。
「ええっと、うれしい…です。でも、何でここまで?」
「今朝言ったでしょ?君が喜ぶ顔を見ていると、こっちも嬉しくなるって」
「はぁ……」
香月の言葉をどう受け取っていいのかわからなくて混乱する頭に、先ほどのキヌの言葉が蘇った。彼女が香月を『鈍感』と評したのは、深い意味もなく良いと思ったことをそのまま言動に移してしまうところを指していたのだろうか。つまり、こんな風に。
(香月さんみたいな人が、とても信じられないけど)
その言動の根底には何があるのか。はたまた何もないのか。それは今の段階ではわからないが、とにかく、晶を喜ばせたい気持ちでこんなことをしてくれたのは素直に嬉しい。普通だったら自分に気があるのではと疑ってしまうところだが、香月に限ってそんなことは一ミリもないだろうし、下心がないと分かればこちらもそのつもりで素直に喜ぶことができる。
「とっても、嬉しいです。ありがとうございます!」
じわじわと嬉しさが湧いてきて、自然に笑顔を見せる晶に、香月も穏やかな笑みで応える。
「良かった。これよりもっとこの部屋を君の好きな猫で溢れさせることも考えたけど、堀越に止められてね」
「え…もっと…?」
「さすがに多すぎるって言われて。でも、好きなものなら多いほうがいいよね?」
本気で不可解そうに首を傾げる香月に、晶は心の中で『マジか…』と呟く。ちょっとこの主人はおかしいのかも知れない。初めての感情を香月に向けた晶は慎重に言葉を選んだ。
「えっと、これくらいでも、十分すぎるくらいです。…好きなものがたくさんあったら、それはそれで嬉しいですけど、でも、私は一つ一つを大事にしたいですから」
「……そういうもの?」
「はい。だから、例えば香月さんが私に用意してくれたものなら一つでも嬉しいし、それを大事にできることが嬉しいです」
先日、晶は香月の調査のお土産で真珠のバレッタを貰った。香月はたまたま手に入ったもので自分で選んだものじゃないと申し訳なさそうにしていたが、晶はとても嬉しくて、仕事の時は毎日髪に飾っている。そのバレッタをつけていると、なんだかご利益があるような気がするし、実際、真珠の女神様に加護をつけてもらったのだ。それがなくても香月に貰ったというだけで力が湧いてくる。これはきっと『推し』の力の成せる業なのだろう。
香月は「そういうものか…」と視線を宙に留めて少し考える素振りをみせたが、やがて納得したように頷くと晶に向き直った。
「まぁ、静野さんが喜んでくれることが目的だったから、これで喜んでくれたなら成功だね。これからも君を喜ばせる方法をいろいろと考えるよ」
「えっと…そこまでしてもらうわけには…私はただのバイトですし」
そう言って晶は困ったように眉を下げる。さすがにこれ以上はやり過ぎではないだろうか。昼間の有紀との会話でも発覚した通り、ここまでしてもらうのだって雇用主と使用人の関係としてはおかしい。
そう思って遠慮すると、香月は晶の態度に少しだけ驚いたような表情を見せたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべる。
「君が気に病むことはないんだ。これは僕がしたくてやっていることなんだから。言ったよね?君の喜ぶ顔を見たいだけだって」
「はぁ…」
「それに、これも仕事のうちだと思ってくれれば良いんだよ。僕の自己満足に君が付き合ってくれるなら、僕も嬉しい」
そう言われてしまえば、晶には断る理由がない。晶の目標である香月への恩返しの一つとして彼の役に立ちたいと思っていた晶は、これも恩返しになるとわかれば了承しないわけにはいかなかった。
「…そういうことなら、喜んで受けて立ちます!」
拳を握って言った晶の言葉に、香月は思わずといった風に噴き出した。
「…ありがとう。ふふふ、受けて立つって…」
笑いながら自分のベッドに腰を下した香月は、自身のベッドに寝そべっている太々しい顔のぬいぐるみを抱える。その様子を見て、晶は首を傾げた。
「香月さんのベッドまで猫ちゃんで溢れさせる必要はなかったのでは?」
「ああ、そうだね。でも、僕だけ添い寝してくれる子がいないのも、何となく寂しくて。静野さんが代わりに添い寝してくれるなら問題ないんだけどね」
そう言って香月が妖艶な笑みを見せた途端、彼の周りの空気までもが濃厚な色香に染まったような気がして、くらりと眩暈を覚える。
先ほどまで真っ新で純粋な少年のようだったのに、途端に大人の色香を漂わせてくるこの人は、本当にただの人間なんだろうか。そう思った時、晶は有紀との会話に出てきた『ヴァンパイア』という言葉を思い出した。
「…香月さん、ちょっと質問があるんですが」
「何?」
「…トマトジュースはお好きですか?」
「トマトジュース?あまり好んでは飲まないかな。どうして?」
「いえ…。あと、にんにくはお好きですか?」
「にんにく?にんにく自体はそこまでじゃないけど、にんにくを使った料理なら好きなものは多いよ?それがどうかした?」
「いえ…忘れてください。大したことじゃないので」
至って普通の回答に、やはりヴァンパイアの線は薄いと判断した晶は誤魔化すようにコホンと咳ばらいをする。そして肝心な話をしなければと居住まいを正し、意識を切り替えて切り出した。
「あの、香月さん。今朝話してくれたことなんですが、やっぱり仕事時間の調整をお願いしても良いでしょうか」
「もちろん構わないけど、何か予定が入ったの?」
「はい。実は今度学校で―――」
晶は体育祭実行委員を請け負った件を話し、放課後の集まりが多いこと、しばらく帰りの時間が定まらないことを伝えた。すると、香月は全く問題ないという風に頷いた。
「そういうことなら、不足分は朝や休日に働いてくれれば問題ないよ。それよりも、大変だろうけど頑張ってね」
「はい!香月さんが応援するって言ってくれたので、やってみようと思ったんです。頑張ります」
「うん。僕のできる限り、全力で君のことをサポートするよ。何かあったら相談してほしい」
「はい…」
その言葉の全能感に、晶は逆に畏れ戦く。この知力も財力も顔面力もある香月に全力でサポートされることになったら、それこそ何でもできてしまうのではないだろうか。そんなことを考えていた晶は、ハタと大事なことを思い出す。
(あれ!?そういえば私は毅然とした態度で一緒に寝ることを断ろうとしていたんじゃ…)
見渡せば、晶のために集められた猫たちと視線が合う。ここまでしてもらって、今更それを断ることができるだろうか。晶にはその勇気が持てず、心の中でガクリと肩を落とした。
「じゃあ、そろそろ眠ったほうがいいね」
そう言って、香月は部屋の明かりを消すために立ち上がりライトを消すと、そのまま晶に「おやすみ」と言って奥の机に向かい、PCを開いた。
今日も彼は遅くまで作業を続けるつもりだろう。晶はごそごそとベッドに横になり、ぼんやりと香月の背中を見つめながら、そういえば香月も今日は登校したはずだったことを思い出す。
「…香月さんは、学校どうでした?」
ベッドの中から晶が尋ねると、香月は振り向きながら「うん?」と不思議そうな顔をする。
「特に、何もなかったよ?」
「何も?…というか、学校では何をしてきたんですか?」
「え?特に何も…。誰もいない教室でモニター見ながら校長とか他の先生の話を聞いてきただけ…かな?」
「そ、そうなんですか。じゃあ本当にクラスメイトとか同級生と話すこともなく?」
「そうだね。確かもう一人同じコースの子がいたはずなんだけど、夏前に留学したって言ってたかな?だから本当に一人だったね」
「ほあぁぁ……」
香月が登校したとなれば、校内はちょっとした騒ぎになるのではと思ったが、聞いた感じでは本当に誰とも接触せずに登校してきたようだ。でも、香月が学校の教室の机に座っている姿はちょっと見てみたい気もする。
「えっと、一人きりってつまらなくないですか?」
彼の登校の様子は見てみたいが、一人きりの教室はちょっと寂しい気がする。そう思って訊いてみると、香月は困ったような笑みを見せた。
「別に、そう感じたことはないかな。同年代の友人を必要としたこともないし―――さあ、明日も静野さんは学校があるんだから、早く眠ったほうがいいよ」
「あ…はい。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ。良い夢を」
そう言って再びPCに向かった香月は、やがて静かにキーボードを打ち始める。その音を聞きながら、晶は先程の彼の発言についてぼんやりと考えた。
(「必要としたことがない」って、つまり、今まで友達がいたことがないってことだよね…)
もし友人がいたなら、そんな発言はしないだろう。では、年が離れた友人ならいるのだろうか。
(でも、友達って必要なら作るもの?…それって何だかすごく…)
晶の中で友達とは必要性など関係なく気が合えば自然とできるものだという認識がある。確かに作ろうと思って作る場合もあるが、それこそ幼い頃からの友人などは自然な成り行きでできた友人関係のほうが多いのではないか。
そう考えると、香月はあまり同年代の人間と接してこなかったのかもしれない。彼が年齢よりも大人に見えるのは、もしかしたら大人に囲まれて育ったからなのだろうか。
(あぁ…だからかな?私との距離感がおかしいのは)
もしかしたら、香月にとって気安く接することができる同年代の人間は、晶しかいないのかもしれない。だから、色々と気を遣ってくれているということだろうか。
(なるほどね。何となく納得した。『友人』認定されてたってことか)
友人としてなら、色々と手助けしたくなるのもわかるし、応援もしてあげたくなるだろう。香月の中で何がどうなって晶を友人認定するに至ったのかは分からないが、これまでの彼の行動原理が友人認定からくるものだと分かれば、途端にストンと腹落ちする。
(距離感がおかしかったのも、親しい友人にフェミニズムを発揮していただけだったのか。なるほど)
今まで分からなくてモヤモヤしていた部分にようやく説明がついて、晶は晴れてスッキリした気持ちで眠りに就いたのだった。




