5. 世界の構造と鑑定室
不可視の扉を抜けると、そこは事務机と資料の収められた棚がある事務室だ。部屋の隅には給湯室が併設されている。
そこでは一人の人物が事務机で書類整理をしていた。
彼女はリンネ達が転生の間から出てきたことに気付き、視線を上げる。
人間の体に梟の顔と翼を持つ彼女を見て、後ろに付いているアンクが一瞬たじろぐのが気配で分かった。
「お疲れ様です、リンネさん。エリルさんも……おや?」
そう声を掛けてきた彼女は見慣れない存在がいることに眉を上げる。
物珍しそうにベッドシーツを身に纏ったアンクに視線を向けると口元を楽しそうに緩める。
「……いつの間に男を連れ込んだんですか?」
「人聞きの悪いことを言わないで。そんな悪趣味じゃないわよ」
こんな変人が好みだと思われては堪らない。
「悪趣味とは聞き捨てならんな」
「そうですよ! こんな何処の馬の骨とも分からない男をリンネ様が選ぶはずないじゃないですか!」
「分かってたけど追い討ちやめてね」
その様子を揶揄うように、椅子にもたれたまま顎に指を当ててくすくすと笑う。
「愉快な方ですね」
「褒め言葉として受け取っておきます。俺はアンクっていいます」
「申し遅れました。私は守護室所属のノクティ。この転生の間の守りを担当しています」
ノクティはスっと立ち上がり、流れるように一礼するとアンクからリンネへと視線を移す。
「ところで、アンクさんはどのような身の上で?」
「迷い人よ、おそらくね。詳しい素性をこれから調べに行こうと思ってね」
ノクティにこれまでの経緯を簡単に説明した。
転生の間に突然現れたこと、アンク自身の記憶が定かではないことなど、不必要な情報は省いて伝えた。
全裸だったとかは必要ないだろう。
「なるほど。では、鑑定室に向かわれるのですね」
「そのつもりよ。だから少しここを空けるからよろしくね」
「承知しました。鑑定室には私から連絡しておきましょう」
「よろしくね」
気の利く部下がいると上司としては楽が出来て有難い。
不在の間の管理も彼女に任せとけば問題ないだろう。
***
部屋を出る扉を抜けると、そこは巨大な樹々に覆われたアトリウムになっている。
幾重にも伸びた枝がドーム状に空間を包み込み、葉の代わりに広がる透き通った薄膜が、柔らかな木漏れ日のような光を足元へ落としている。
中心には星を思わせる巨大な光球と、それを支える土台を取り囲む噴水が据えられている。
多種多様な姿をした者たちが、その周囲を忙しそうに行き交っている。
「またあの世界からエネルギー追加補充要請届いてんだけど……」
「そんなホイホイ追加出来るかぁ! 異世界頼りで世界運営するなよ! 後回しだ、後回し!」
「神様からの無茶振りクレーム多すぎてもうマジ無理死ぬリスカしよ」
「血で汚れるから却下。神は無理難題を押し通るから神なのよ。諦めなさい」
「本当に死んだら俺たちが転生させてやるよ!」
「うわ、この人詳細やばぁ……リンネ様に回しとこ」
「あれ? これリストと違くない?」
「おいまた回収班がやらかしてんぞ!」
うちの職員達は今日も元気である。
仕事がまた増えた気がするけど気にしない。顔は覚えたからな。
「なぁ、阿鼻叫喚が飛び交ってるけど大丈夫?」
「これが通常営業だから気にする必要ないわ」
「死んでも仕事から逃げられないとかブラック超えて地獄かよ……」
「そんな事よりさっさと行くわよ」
忙しなく働いている彼らを尻目に広間を抜けると、そこは上下に延びる巨大な螺旋階段に繋がる踊り場だ。
壁に沿って果てなく続く螺旋階段。その中心は巨大な吹き抜けとなっており、複数の昇降台が階層間を絶えず行き交っている。
「これ本当に建物の中なのか?」
アンクは天井の見えない吹き抜けを見上げながら、不思議そうに呟いた。
中央の吹き抜け部分には、ランタンに似た四角い足場から四隅の支柱が伸びる、硝子張りの昇降台だ。
リンネ達がいた転生の間が含まれる案内室と鑑定室は距離があるので、移動する際はいつもこれに乗る。
淡い光を灯しながら移動するそれを呼び止め、リンネとエリルは乗り込む。
「呆けていないで、これに乗るから早くしなさい。階段で登らせるわよ」
昇降台に乗り込み、鑑定室のある上層行きのボタンを押す。
リンネに急かされ、アンクは慌てて開いたドアから昇降台に飛び乗った。
三人が乗ると自動でドアは閉まり、昇降台はゆっくりと上昇していく。
「……なぁ、今まで聞くタイミングがなかったんだけど、ここって何なんだ?」
「何、とは?」
「守護室やら鑑定室やら、何となく言葉の意味するところは分かるけど、そもそもここはどういう施設なんだ?」
そういえば、彼には碌に説明なんてしていない気がした。
目的の鑑定室まではもう少し掛かる。説明するには丁度いいかもしれない。
どこから説明するべきか、リンネは頭の中で話の算段をつける。
「それを説明する前に、まず世界の構造について理解した方がいいかしらね」
「世界の構造?」
この世界の構造について、この世界に至った存在ならば自然と理解している内容だが、アンクは正式にこの世界に来た訳ではないので、当然知らない。そこから説明する必要があるだろう。
「まず、大前提として世界というのは無数にある。その無数の世界にはそれぞれ内包しているエネルギーがあって、それは魂として全ての存在に含まれているの。
それが一定量溜まると存在の格が上がって生まれ変わるわ。無機物から人工物、そこに生命が宿り記憶となって積み重なることで生物として本能が目覚め、やがて知性を得る。進化を続け、理を解した魂はいつしか境界を超え、世界を生む存在となる」
存在が進化する過程で、多くはこの世界構造に気付くようになる。
この進化のスピードは魂によって異なるのだが、大抵は時間経過によってエネルギーが蓄積することで進行する。
……たまに管理者が成長させようと啓示を与えることもあるが、上位存在から干渉を受けて無事でいられる個体は少ないので、失敗に終わることも多い。
「……へぇ、じゃあ俺にも魂があって、エネルギーを持ってるってことか」
アンクは不思議そうに自身の身体を見回している。
「そうよ。そして、貴方はここで一番格が低い」
「それ態々言う必要ある?」
「ないけど、事実よ。そして自覚しなさい。貴方ここで一番弱い」
アンクは納得できないのか、昇降台から見える人物を指を指す。
「あのグラサン着けた正に天使って感じの赤ん坊よりも?」
「足元にも及ばないわね」
まじかよ、と呟いてアンクは肩を落とした。
ついでにその赤ん坊は結構ベテランなのでこの世界でも結構強い部類に入る、という事実は言わなくてもいいだろう。
「で? その魂とこの施設がどう繋がるんだ?」
「ここはそんな無数にある世界の上位世界にあたるわ。魂が生まれ変わる際に全ての存在はここを経由するの。その時に生前内包していたエネルギーを精算し、その魂の格が決められて世界に生まれ変わる。その転生システムを利用して、世界のエネルギー維持、管理、発展を担っているのがここ、異世界人材派遣センターよ」
「……つまり転生って形で異世界に人材を斡旋してるってことか?」
「そう。そうすることで世界が崩壊しないようにエネルギーバランスを保つのが私達の仕事ってわけ。──着いたわね」
そうこうしているうちに目的地に到着した。
リンネ達が昇降台から降りると、一人の職員が一礼をして迎えてくれた。
「お待ちしておりました、リンネ様。お話はノクティから伺っているので、鑑定室までご案内します」
「態々出迎えてくれるなんて……仕事を増やしてしまったわね、ロンディーダ」
柔らかな物腰で対応する紳士然とした彼は鑑定室所属のロンディーダだ。
鑑定室室長の腹心である彼が直接出迎えに来るということはどういう意味なのか、直ぐに察してリンネは思わず溜息を吐いた。
「たかが迷い人一人に室長が出張ってくるなんて思わなかったわ……彼女暇なの?」
リンネの予想は当たっているようで、ロンディーダは和かな笑顔で応える。
「ふふっ、それはリンネ様も同じでしょう? 迷い人など本来、部下に任せれば良い案件ではないですか」
「今回はちょっと特殊な状況だから、仕方なくよ」
「左様ですか……しかし、我が主人はリンネ様が来ると聞いて、大層上機嫌でしたよ。できれば、定期的に顔を出していただけるととても助かるのですが」
「リンネ様にそんな暇はありません」
エリルの反論に冗談ですよ、とロンディーダは楽しげに笑う。
──定期的に来て欲しいというのは、半分本気だとは思うけど。
「さて、ここから先が鑑定室となります。無闇に部屋の中にある物に触れないよう、注意して下さいね」
『鑑定室』と表札に書かれた扉の前でロンディーダが主にアンクに視線を向けて注意する。
鑑定室という場所の役割は、その名の通り鑑定だ。
持ち込まれた物を審査、分析、評価し、その物の価値を定める。
つまり、ここにある物の多くはまだ詳細が判明していない、ということである。
鑑定室の入口には守護室の衛兵が常駐しているが、ロンディーダと一緒なので顔パスである。
扉を開けると、リンネは思わず足を止めた。
リンネの管轄である案内室に比べると横に広く、奥へと深く伸びていてより広く見える。視界が水平方向に引っ張られる感覚がある。
「……また少し広くなった?」
「先月、区画を一つ増設しましたので」
「どうりで」
入口付近には検閲所が設けられており、持ち込まれた品を職員が手際よく受け取り、簡易的な検査を行っている。危険性があると判断されたものはその場で別ルートへ回され、問題なければ奥の棚へと運ばれていく。
仕切りで区切られた各区画では、それぞれの担当職員が品と向き合い、記録を取ったり、何かに照らし合わせたりと黙々と作業をしていた。騒がしいアトリウムとは打って変わって、ここは静かに熱量がある。
「なんか、空港みたいだな」
アンクが率直な感想を口にする。
「よく分かりましたね。設計の参考にした世界がそのような交通施設を持っていたようで」
「へぇ」
廊下の脇、大きな窓の向こうには搬入口が広がっており、大型の荷物を運ぶ職員たちの姿が見えた。
大人数で運ばれるそれと職員とのサイズ差で、それがどれだけ大きいのかがよく分かる。
「何だあれ、山でも運んでるのか?」
「あれは超大型の魔獣ですね。ある世界で生物が異様に巨大化したようなので、その原因を調べるために一匹捕まえてきたそうです。あの個体が特別という訳じゃなく、デフォみたいですね」
「……あんなのが闊歩してる世界があるとかヤバすぎだろ」
「まあ、世界というのは広いものよ」
リンネは特に感慨もなく答え、奥へと歩を進める。
奥へ進むにつれ、作業している職員の密度が下がり、静けさが増していく。
「なんか急に静かになったな」
「この先は精密な鑑定作業が多いので。騒がしいと集中できないのですよ」
黙々と品と向き合う職員たちの横を、会話を控えめにしながら通り過ぎる。
廊下の突き当たり、他より一回り大きな扉の前でロンディーダが足を止めた。
「着きました。どうぞ、中へ」




